表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

異世界3

屋根の残った建物は少なかったが、偶然にも一番広めの建物もその中に含まれたようだ。

青年と男性の後に続いて、戸をくぐる。


「っ」

「?!」

「・・・」


明らかなよそ者の姿に、視線が一斉に注がれた。

怯えたり、警戒したりする者もいれば、悲鳴をあげる者もいる。

ただの床に、20人ほどの人々が身を寄せ合っている。


「みんな、この村を救ってくださった方だよ」


ほとんどの人が、驚愕に目を見開いた。

無理もない。あの数に対して、一本の剣を腰に下げただけの若い優男が、どう太刀打ちするというのか。


「この方は魔導士でいらっしゃる上に、稀有な癒しの力もお持ちで、怪我を診てくださっている。皆、お言葉に甘えよう」


初老の男性がそう言えば、彼らは、さらに驚愕に目を見開いた。

村民同士で治癒魔法をかけあわないところを見ると、彼らは、少なくとも治癒魔法は使えないのであろう。


「失礼する」


ルシアは身近にいた、体を横たえて荒い呼吸を繰り返す青年に近づいた。

そっと身を屈め、手をかざす。


治癒(ヒール)


たった一言呟けば、淡い光が青年を包み込み、

あっという間に、青年の傷はふさがり、荒い呼吸は穏やかなものへと変わった。


「信じられない・・・」


呆然とした声が零れる。

青年の隣にいた、年配の女性が涙を浮かべて、ペタペタと青年の体を確認している。

そして、体の傷が完全にふさがっており、何より、彼の表情から苦悶が消えたのを確認すると。


「ありがとうございます・・・っ!!」


縋るように、祈るように、涙を浮かべてルシアを見上げた。


「いいえ。当然のことをしただけです」


短く答えると、ルシアは立ち上がり、ざっと周囲を見渡した。

重症なのは、彼ぐらいだ。

この人数なら、あとは一気にしてしまえば良い。


治癒(ヒール)


部屋全体を覆うように魔力を展開させれば、巨大な光が彼らを包み。

再び、彼らの身に奇跡を起こす。


「すごい・・・」

「こんな・・・」

「一度で・・・」


あちこちから羨望の眼差しを向けられながらも、ルシアは、話の早そうな、青年と男性に視線を戻す。


「とりあえずは、これでいいだろう。皆さん、今は、とにかく、眠ってください」


家の中の人々にそう告げると、


「ただし、あなた方お二人に関しては。もし、まだ、話ができるようなら、何があったのか、教えてほしい」


二人はすぐに頷いた。


「勿論です。あなた様にはお礼をいくら言っても言い足りない。何でもご説明します。それに、もし、可能なら、あなた様が私たちを救ってくださった理由もお聞きしたい」


ルシアは頷いた。

その反応に、青年と男性はほっとした様子で、


「ここでは皆を起こしてしまいます。隣の家にご案内させて頂いても?」

「はい」


ルシアの返事を聞くと、二人は家を出ようとする。

ルシアもそれに続こうとすると、


「ありがとうございました」

「ありがとうございます」


小さな泣きそうな声があちこちから零れた。

ルシアは振り返り、


「今夜は絶対にこれ以上怖いことは起こらないとお約束します。どうか、体を休めてください」


凛と立つ姿は、これだけの負の中においても、決して折れない強さを放つ。

そんなルシアの紡ぐ言葉は、人々に悪夢の終わりを確信させた。

その瞬間、人々の目から涙が零れ落ちた。

失ったものはあまりにも大きく、悪夢の終わりなどない。

けれど、それでも。新たな災厄からの確かな守護を聞いた皆は、張り詰めきった糸を少し緩ませることができた。




二人は、ルシアを一番広い建物の隣、普通の民家に案内した。

中の物はほとんど壊されていたが、かろうじて、椅子3つは確保できた。

各々、それに腰を落ち着ける。

しかし。

ルシアが腰掛けた瞬間、二人はすっと立ち上がった。

ルシアがそれを見上げると、


「改めまして。この度はこの村をお救い頂き誠に誠にありがとうございました」


初老の男性と青年が深く深く頭を下げた。


「・・・」


ルシアは震える二人の肩を見つめた。

自身も立ち上がる。

二人の肩に、手を添えた。


「どうか、顔を上げてください。私は、私の心のままに行動しただけです」


二人はルシアに導かれ、顔を上げた。

その瞳は、ともに、先ほど集まっていた人々のように、潤んでいた。


「座りましょう。色々とお聞きしたいことがある」

「はい」


二人が座るのを待ってから、ルシアも椅子に腰かけた。


「まずは、自己紹介をさせてください。私は、エイダンと申します。村長である兄を支える、助役のようなことをしています。そして、こちらが、兄の息子マシューです」


マシューが頭を下げる。


「私はルシア=ツァルフェーと申します。この森には事情があって、迷い込んだのですが、その途中でこちらの喧騒を聞きつけ、加勢するに至りました」

「迷い込まれた??そうですか・・・あなたほどのご仁です。何か相当の理由がおありなのでしょう」


しみじみと言われると、“いえ、姉に連れてこられただけなんです”と正直には言いにくい。幼子か。


「・・・」


微妙な表情のまま黙るルシアに、二人は、ああやはり、とか、神が遣わしてくださったのかと感動している。


(神ではない。どちらかというと悪い方のやつだな)


心の中でツッコミを入れつつも、ルシアは先に知りたいことを問うことにした。


「先ほどあなた方を襲っていた生き物は、何者ですか?」

「え?見たことないのですか?」


こくりと頷く。

すると、エイダンがなるほどと、何度か頷く。


「あなたほどの方ですと、魔力に圧されて、ああいう下級魔物は寄ってこないんですね」

「・・・」


単純に生息していなかったからなのだが、まあ、そのまま流しておく。


「ゴブリンですよ。さすがに名前はご存知でしょうか。一応、魔王の配下ですが、あいつらは、こうやって森深くに隠れた我々のような種族を見つけ出しては、遊びのような感覚で、惨殺を繰り返しているのです」

「我々だけでなく、エルフや人間も被害にあっているそうです」


(エルフや人間?だったら、この人たちは、そのどちらでもないというのか?)


一体、どれほどの種族がいるんだ?


「ところで、ルシア様はどうして我々を助けてくださったのですか?あなたほどの上級魔族からすれば、我々など駆逐の対象になれど、助ける義理など」

「・・・」


今の流れで考えると、魔王がいて、上級魔族がいて、下級魔族がいて。これらが魔族という種族でひとまとめのようだ。


(おい。明らかに人間な私がゴブリンと同種?本気か)


「私は魔族ではありません。人間です」


(私の知っている人間というカテゴリーが同じならな)


呼び方だけ一緒で、会ったら全く違う容姿だったらどうしようと思いつつ、ルシアはとりあえず、ゴブリンと一緒は嫌だったので、そう主張してみる。


「え?」

「あの、本気で?」


戸惑う二人に、こくりと頷く。


「それとも、人間の容姿に、私は相応しくないですか?」

「い、いえ!」

「でも、黒髪に、その美しさは」


エイダンは即座に否定してくれるが、マシューは思わずといった様子で気になるワードを口にした。


(黒髪と優れた容姿は上級魔族の特徴なのか?)


「まあ、私のことは置いておくとして。それよりも、あなたがたは具体的にはどういう集落なんですか?」

「ふふ。そうですね。煤と土で汚れ切って分かりにくいですよね。汚れを落とせば、僕らは皆、金髪碧眼の容姿が示すように天使族ですよ。もちろん、本大陸にいるという上級天使族と違って。生活に役立てるくらいの魔力しかありませんが」


(この大陸の支配者は魔族で、その長が魔王。彼らが本大陸と呼ぶ場所は、天使族が支配していて、上級と下級がいる、と)


「魔王はどこに?政策はどうなっているんです?」

「?」


ルシアの問いに、二人はきょとんと眼を丸くした。


「魔王の政策?面白いことをおっしゃる。そんなもの、あるわけない。あの男は、弱いものを屠ることを楽しむ、ただの快楽主義だ。国を治めているわけじゃない」


マシューが吐き捨てるように言う。

握りしめた拳が震えている。

エイダンも頷き、


「ルシア様。あなたはお若い。先代王をご存知ないだろうが、あれもひどかったが、今代はそれにさらに拍車をかけています。強者が弱者を征服する。弱きものは蹂躙されるために生まれる。そういう、いかにも魔族らしい考えだ」


なるほど。魔族には法律はないのか。

あるのは、動物的考えだけ。


「統治者としてはありえんな」


ルシアの尊敬する多くの王と名のつく者たちは、国を守るため、そこに住まう人々のために、多くのルールを作り、国を豊かにするために尽力していた。

“王”を名乗るのならば。


「ルールーには、“王”を名乗る条件がある」


ルシアの中の絶対。ルール―(ルシアのルール)

それに反することが起きると、ルシアの中で、ある静かな静かな火がともる。


「ルール―ですか?」


キョトンとするマシューに、ルシアは緩く首を横に振った。


「なんでもない。それよりも、あなた方のことをもう少し聞かせてほしい」

「天使族である我々は魔族から狙われる。だから、こうして、魔王のいる地からなるべく離れた、この深い森の中でひっそり生きてきました」

「それなのに、ゴブリン共は我々を見つけたようで・・・村は一瞬にして襲撃され、我々はなす術なく」


カタカタと震えだすマシューの肩を、エイダンがぐっと支える。


「マシュー」

「・・・すみません」


思い出させるにはあまりにも酷だ。

ルシアは、話を変えることにした。


「この森には、あなた方以外にも人間やエルフ族が?」

「この森は、どのくらい広がっているのかわからないほどに広いのです。ですから、いないとは言い切れませんが。少なくとも、生活圏を共にする集落はありません」

「では、人間やエルフはどこに?」

「一番近い場所ですと、この森を東に行った先に街があります。人間とエルフの町です」

「魔王はその街をなぜ見逃しているのですか?」

「魔王や上級魔族は、人間やエルフが作る高い技術の装飾品や衣類、料理などの文化を気に入っていますから」

「逆らえば、すぐに潰される。そうとはわかっていても、魔力を持たない弱い者たちは、身を寄せ合って協力して生きていくしかない・・・」


(まるで、飼い殺しだな)


「町には、我々に同情してくれる者たちもいて、彼らが時折、物資を運んできてくれるんです」

「なるほど」

「ここは天使族の住む大陸に最も近い場所ですから。声を大にして言う人はいませんが、もしかしたら、彼らの中にも、天使族を血縁に持つ者もいるのかもしれません」

「天使族の大陸?」

「この大陸から出られれば、こんな迫害を受けなくて済む。そう思って我々の祖先はこの地を目指したのでしょうが。結局は、魔王の魔力に阻まれて、海を渡ることなんてできない」

「申し訳ないが、おおよそでかまわないので、地図を描いてもらえないだろうか?」

「もちろんです」


エイダンの返事に、ルシアは背負っていた鞄からペンとノートを取り出した。

それを見て、二人は目を見張る。


「こんな高価な文具で?」

「・・・気にせず、書いてほしい」


普通のペンとノートだが、彼らにとっては貴重らしい。

これもまた、情報の一つとして頭に入れておく。


戸惑っていたエイダンだが、1ページ目をめくると、地図を描きはじめる。

森が描かれ、その中に×マークがつけられる。

その東側には町が記入される。


「ソプレーズ」


ルシアが読めば、二人はこくりと頷いた。


「はい。この町の名前です」


(文字も方角記号も我々と同じものが使われているのか。助かるな)


「人口はどのくらいですか?入るには手形などが必要なのだろうか?」

「人口は2000人程度でしょうか。手形とは何かわかりませんが、入るのに特に必要なものはありません。ただ、街は城壁で覆われていて、門番がいる入り口を通らなければ中に入れません」

「魔族も住んでいるのか?」

「この辺りは本来天使の臭いが近いと、魔族には好まれない地です。ですから、この街には人間とエルフしかいないはずです」


人間とエルフだけの土地。それも、中央から遠いとなると。


「レジスタンスを作りやすそうな環境だな」


ルシアの意見にマシューは苦笑しながら首を横に振った。


「作ったところで、目をつけられれば町はおしまいですよ」

「・・・」


しかし、エイダンは微妙な表情を浮かべている。


「エイダン殿」

「・・・」


エイダンはルシアを見つめた。

こみ上げてくるものを押しとどめながら、けれど、願う気持ちを捨てられない。

そんな切羽詰まったような眼差しだ。


「ルシア様。街にはジークという男が率いる商会があります」

「・・・」

「もし、もしも、あなた様が望んでくださるなら・・・」


エイダンが何を期待しているのか、察せられないルシアではない。


(この世界に関わるか。関わらないか)


魔王や魔族の力を、ルシアは知らない。

単純に突っ込んでいって良い問題ではない。

自分の力を過信するつもりもない。


けれど。


心の中のルール―を開く。


ルール―の第一は、絶対的倫理。


「敵を知り己を知らば百戦危うからず、か」

「?」

「エイダン殿。私の進む道が、あなたの願う道になるのかはわからない。だが、情報が欲しい」


ルシアの言葉に、エイダンは泣きそうにクシャリと顔をゆがめた。


「“賢者”とおっしゃってください」


ルシアは強く頷いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ