神が定めし順番は
この世には決して覆せないことがある。
それは、『生まれてきた順番』だ。
そして、それが、同じ母の腹から生まれ出た順番なら。
それは、その後の人生により大きな影響をもたらす。
そう。
私が生まれたときにすでに存在したあの女は。
永遠に。
永遠に私の姉なのだ。
このインペリア帝国には、首都スピネルを中心に、地方伯が治める多くの地方都がある。
そして、各地方都には、その地域の優秀な学生が通う学び舎、地方都の名を冠にした学園がある。そんな、地方校の一つパライバトル学園。
その学園の朝は、生徒たちの悲鳴とため息で始まる。
女生徒たちの悲鳴とため息の先には。男子用学生服を身にまとった若者が一人。
女生徒が見上げるほどの長身。細身だが、優男ではない。見る者が見れば、ほどよく引き締まっており、武道をする者特有の、静けさがあることに気づくだろう。
短い黒髪は艶やかで、切れ長の瞳は、どこか愁いを含んで色気がある。
長い脚が作る一歩一歩は悠然としているが、周囲を威嚇するような態度ではない。
だが、思わず道を譲りたくなる、絶対的な存在感。
ルシア=ツァルフェー。
高等部 2学年の成績トップの生徒である。
ルシアが通ると、その尊顔を見つめ、男女問わず生徒たちは羨望のため息をついたり、一部の生徒は思わぬ幸運に小さな悲鳴をこぼしてしまう。
「・・・」
周囲からの熱い視線とため息と悲鳴を一身に浴びているのを自覚しながらも、ルシアの脳裏には全く別のことでいっぱいだった。
こびりついて離れない昨夜の“姉”の姿。
お気に入りの椅子に腰かけながら、読んでいた本のタイトル。
(あの女、次は何を考えている)
もうすぐXデー。
奴の誕生日がやってくる。
大概の場合、奴はその1か月前に、本年度献上品について発表してくる。
昨年は、自分だけの温泉に入りたいという願いだった。
なので、秘境の温泉までの旅行プランを提案した。
しかし、おまえの誕生日プレゼントだが・・・とプラン用紙を渡そうとしたら、
その前に魔法で消し炭にされた。
(まさか、自分だけのために“新しく掘られた”温泉に入りたいという意味だったとはな)
あれから、温泉に関する書物を読み漁り、地理を学び、近所の温泉愛好家連盟のロマンスグレーな先輩方と議論を交わし、結果、火山性温泉目指そうという話になり。
火山近くの土地を購入して、1000メートル以上掘って掘って、掘り当てた。
涙と泥で、めちゃくちゃになった顔で、ロマンスグレーな先輩方とは泣いて熱い抱擁をかわしあったのは、良い思い出だ。
しかしながら、これだけ、人々を感動の渦に巻き込むであろうほど壮大なサクセスストーリーで手にした温泉だが、あの女から見れば、火山近くの平野のど真ん中に、湧いたちょろ水。
秘湯と一緒で、くるわけない。
早々に姉の心理を読み解いたルシアは、
小等部4年生のときに秘密基地を建設したときの経験を生かし、そこから、風呂を整え、宿を建てた。
その途中、ロマンスグレーたちの何人かが、「うおおお」「こ、腰がっ」と断末魔をあげて、病院へと消えて行った。
どんどん少なくなる隊員たち。
しかし、やり遂げたときには、まるで青年時代のような輝きを取り戻し。
10歳は若返ったような顔になっていた。
「やったな!!!ぼうずっ!!」
「あんたは最高の隊長だ!!」
「一番風呂はあんだが入ってくれ!!」
そういわれたが、首がもげるほど横に振った。
元も子もない。
あの女は平気で、
「一番じゃないのね。じゃあ、もう一回」
そう、言うのだ。
このままでは、全ての隊員を失うことになる。(いつから隊員になったのかは聞かないでほしい。もはや、そういう団結感だったのだ)
そして、やってきたあの女。
最初は、なんの苦労もしらない女の訪れを、少し尖った思いで待っていた隊員たちだったが。
あの女を見て、さらに10歳若返った顔になっていた。
今では、あの宿は、ロマンスグレー隊員たちに任せてある。
若返りの温泉として、血で血を洗うほどに女性たちに爆発的人気だと風のうわさで聞いたが、何よりである。
その前は・・・
と、さらに、記憶を遡ろうとしていると
きゃああああっ
うおおおおおっ
とんでもない悲鳴が響き渡った。
(ああ、いつものあれか)
ルシアは振り返りたくないが、無視すると後が恐ろしい。
拒否る体に、頼むと言いつつ、ゆっくりと振り返った。
学園入り口からこちらへ向かってくる金髪の女。
ふんわりと波打つ長い髪を優雅になびかせて、聖女のような笑みをたたえた女が歩いてくる。
その周囲には、失神する者や、血走った目で拝む者。
開いた口がふさがらなくなって、後で顎を整復する必要がある者。
様々な生徒たちが群がっている。
そんな彼らに、鈴のような声で、「おはよう」と微笑みかける姿には、嫌みが一切なく、まさに聖女のようである。
マーガレット=ツァルフェー。
ルシア=ツァルフェーの一歳年上の姉であり、この学園の3年生成績トップである。
周囲に挨拶しながら歩いてきたマーガレットは、ルシアの姿を見つけると、微笑みを深くした。
「ルシア」
よし、旅に出たい。
名を呼ばれるたびに、遠い無人島が脳裏に浮かぶ。
が、それを表に出すことは一切なく。
「なんだ」
発せられた声は、非常に低いが大人の男の色っぽさを含んでいる。つまり、非常にいい声だ。
無口なルシアの声を聴けるのは、珍しく、周囲から、きゃあっと再び小さな悲鳴がこぼれた。
「もう。先に行ってしまうんだもの。寂しいわ」
「おまえの支度が遅かったからだろう。私は定刻に出ただけだ」
「ふふ。真面目なんだから」
「今日は魔法学の実地試験がある。遅刻厳禁だ」
「そう。頑張ってね」
こくりと頷く。
「ところで、ルシア。今日はお弁当を作ってきたの」
「そうか。私はいらんぞ」
「はい」
黄色の風呂敷に包まれた包みを渡される。
「私は」
「ルシア」
「・・・」
弁当箱を受け取る。
「お手紙も添えているので、絶対読んでね」
淡く頬を桃色に染め、恥ずかしそうに耳打ちする姿に、周囲から歓声がわく。
どこの少女漫画の登場人物だ。
心の中で突っ込みをいれるが、体からは静かに冷や汗が滝のように流れた。
何か良くない気配を感じたのだ。
しかし、様々思うところがあっても。
こくり
ルシアにできるのは、所詮、静かに頷くことだけだった。