アイラちゃん1
書きたくなったので閑話として学園編の三人のそれぞれの出会いを書いて見ました。
「はあ」
とある木の下で少女はため息をついた。
少女の目に映る景色に何らかの少女を憂鬱にするものがあるわけではない。
むしろ景色としては少女の好みに分類される。
人の町の中にあるにしては自然が豊富な場所。
財力がなせる技なのか、広い庭に大きな木。ドライアドの彼女からしても落ち着くだけの自然があった。
「くだらない、くだらない、くだらない、くだらない。」
環境としてはいいのだが、この場所に来なくてはいけなかった理由が彼女を憂鬱にさせる。
少女は聖樹のドライアドであり、とても貴重な存在。
少女の生成できる液体がエリクサーの原料ともなる貴重なものなのだ。
その少女を獲得した育て親のドライアドが権力を好む人物であったので
連日あいさつ回りに付き合わされていた。
少女は大人の話から抜け出して、庭に出てきて話が終わるのを待っているのだ。
「だいたい、なんであんな人のために例のアレを生成しなきゃいけないのさ。」
生まれて数年もたってない少女であったが実はもう、能力的には自立できた。
すでに自立できる理由はその種族にある。
ドライアドは木から生まれるが、その寿命は木の寿命とは関係ない。
そのため、木が朽ちたり、倒れたりするより先にドライアドが死ぬことも当然ある。
その場合、そのドライアドの記憶は生まれた木に保存されるのだ。
その記憶は同一の木から生まれたドライアドは引き継ぐことができるのだ。
もちろん、それぞれの自我は別々である。
「だいたい五パーセント。二十人に一人、か。」
だから、少女には何代も生きてきた記憶があり、それを生かせば一人でも生きていける。
しかし、慣習がそうはさせてくれない。
新しく生まれてきたドライアドは成人になるまでは育て親の元で育つのが慣習だ。
その育て親は新しく生まれてきたドライアドを最初に見つけた者が成る。
「私はきっと十九人のほうかな。」
そして聖樹のドライアド、というのは特別な存在。
エリクサーの原料の一つを作れる唯一の存在。
長らく聖樹のドライアドは生まれてなかったのでその存在の貴重さはお察しのとおり。
「はあ、幸せになりたい。」
そしてその貴重さから厄介ごとに巻き込まれ、悲劇で人生の幕を閉じた者はおおい。
少女のつぶやいた通り、幸せな終わりを迎えれた者は五パーセントにすぎない。
少女は自分がその五パーセントに成れるとは思っていない。
記憶を引き継いだせいか、若くして人生に絶望している、という状態と言えよう。
「だいたい、私が苦労してるのもこれのせいなんだよね。」
少女は正式名称を知らないので例のアレ、と呼んでいるものを指先から生成する。
服を濡らしたくはないので液体ではなく、粘度の高いものを生成した。
手慰みにそれを人差し指と親指の間でねちゃねちゃさせる。
育て親からは無駄に作るな、と言われているが、別にばれなければいい、という少しの反抗心もあった。
「こんなもののせいで私が苦労するならこんなのいらなかったのに。」
これがすごい薬の原料になるとは記憶を引き継いでるので知っている。
しかし、生まれてこのかた病気も怪我もしたことのない少女にとってそんな薬に何の価値もなかった。
そういう意味では大事に育てられてきたのだ。
さて、ここで突然の事になるが、少女には当然のごとく護衛がつけられていた。
しかし、それを窮屈に感じ、一人になりたかった少女は護衛をまいてこの庭にいた。
子ども相手に大人がなにしてるんだ、となるかもしれないが、少女は聖樹のドライアドである。
その力もお察しのとおり。せめてここが市街地であったならよかったのかもしれないが、
広大な庭に自然がたんまりと有ったことが裏目に出た。自然は彼女の味方である。
だから、今も護衛達が遠くで見当違いの所で自分を探しているのも把握していた。
把握していたが故に油断していた。
だから気づかない。
樹上に人影がある事に。
その人影が少し枝をたわませ、飛び降りてこようとしていることに。
スタッ、と少女の目の前に降り立つ人影。
少女が驚きの声を上げようとするが、もう遅い。
人影は恐るべき速度でもって少女に近づき、咥えた。
・・・・・・指を
「ん?」
指に生暖かい舌がはい回る感触を感じる。
口の中でぺろぺろとなめられている。
驚きのあまり悲鳴を上げるタイミングを逃してしまった少女。
完全に不審者だが、その人影が実は自分と同じぐらいの女の子であった事もあって対応に困る。
「えーっと」
少女が眺めている間のも女の子は一生懸命に指をちゅーちゅーしている。
しかし、指についていた例のアレが味がしなくなったのか残念そうにしながらもまだ指をくわえている。
どうしてそうしようと思ったのかは謎だが、少女は例のアレを女の子が咥えている指先に生成した。
そうするとまた、少女は指をなめだす。
ぞわ、っときた。
その一生懸命な女の子の様子を見て、餌付けをして、少女は女の子に感じ入るものがあった。
その感情が母性本能というべきものだと先代までの記憶から察した。
その母性本能を自覚してから、女の子の事がとても愛おしく感じた。
「かわいい子。」
母性本能のなせる技か、普段生成する限界量よりか多くの例のアレを生成出来た。
そのおかげもあってお腹がいっぱいになったのか、女の子は少女の投げ出した足を枕にして寝ている。
女の子の頭を撫でながら少女は思った。この子が私の生きがいになる、と。
そう思ったからこそ決心した。この子のために生きよう、と。
そして気づいた。
聖樹のドライアドの五パーセント程しか、幸せな最後を迎えれなかったが、
その途中の人生は幸せなものが多かったのだ、と。
さて、少女は女の子に母性本能を感じたが所詮少女。
いい母親とは、何ぞや、と考えるも、少女の育て親は参考にならない。
先代までの記憶に頼ってみるも、どの世代の人物も浮世離れした人物ばかりなのだ。
特別な力を持つが故のずれである。
その中でも少女が比較的まし、だと判断した人物をまねる事にした。
そうして出来上がったのが今の彼女だ。
「ムーちゃん、かわいかったよね~」
「失礼な!今もかわいいよ!」
「うん~。今もかわいいよ~」
「そ、そうストレートに褒められるとてれるんだけど」
妙に優しい視線を向けられる時がある事は気づいていても、
実は友人が自分に母性本能を感じているとは予想外だろう。