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獣の丸焼きが大雑把に切り分けられる。民家までの距離は十メートル程。視線を送ることなく淡々と作業が進む。本日も晴れ。心地よい風が火を炊きつける。
「レアに仕上げてるから、お好みで炙って食べてね」
爽やかな笑顔。後ろの影に唾を飲むも、頷き一つ、笑顔と感謝で返す。
「――――うまああぁい。赤みと脂身のバランス最高!」
「喜んでくれて良かった。まだまだあるから、どんどん食べてね」
「遠慮なく!」
野菜中心の質素な食事に慣れた舌が、肉汁の旨みに味蕾全開で応える。威圧感を放っていた獣が、ただの肉塊に映る。傍らで貪るリリアが残像で捉えきれない。
「ふぅー食った食ったー。ごっそさん!」
お腹を叩き大の字。リリアもマネる。猛獣は骨だけ残し姿を消した。
「どう致しまして。また襲ってきたら食べようね」
「それなんだけど、どうやってこんなでかいの捕まえたの?」
「どうって、バーンッて? 機会があったら、見せてあげるね」
同じ食卓を囲んだ者同志。昨日の今日で突っ込んだ会話も弾む。しかし、夢の中の話は余計なこととし、気軽に言うのをやめようと心に誓うラインハルトだった。
「ハルト君とリリアちゃんは、これからどうするの? 僕は旅の途中、報告のために一旦集落に戻るところなんだ」
「――――俺も付いてっていいかな? 行く当てがあるわけでもないし、世界を見て周りたい!」
「もちろんさっ。リリアちゃんも一緒に行こう、ね……え? もう涎垂らしてるの!」
家族の心配が頭を過ぎる。考えても帰り方がわからない現状。まずは安全と食事、なにより、木の上から憧れ続けた、どこまでも広がる世界。その後も襲ってくる獣を返り討ちにしつつ、三人は街道を西へと進む。
「パーンッて、そういうことかよ!」
獣の腹を割いて出てくるはバーラムの上半身。
「説明が難しくてね」
「そこに隠れててって言うから、岩の後ろから見てけど、いきなり食べられてびっくりだよ!」
「この獣はね、森に住むワイルドボアっていうんだけど、皮は泥で鎧になっていて歯が立たないんだ。だから、一回食べてもらって、中からバーンッてした方が楽なんだよね」
身体に付いた血を拭いながらの軽い説明。リリアが手際よく焚き火の準備をする。
「なんで無事なの!? 食べられてるとき、ゴリゴリって音もしたし、もうだめだーって思ったのに!」
バーラムに詰め寄るラインハルト。横たわるワイルドボアは、息絶えた様子でピクリとも動かない。
「まぁまぁ、落ち着いて。……あまり言いたくないんだけど、僕、ホウホウ族だからね。
――ちょっと見てて」
血を拭っていた手を止め、振りかぶる。
「ピッチャー…………投げましたー!」
陽気な掛け声で勢い良く右腕を振り下ろす。と、同時に、丸い物が放物線を描いて遠くへ放られる。
「え? バーラム! 手が!!??」
振り下ろした腕の先に、手が無い。
「うん。投げたよ」
「投げたよって、爽やかに言われても! 大丈夫なの!?」
「やっぱり、知らないみたいだね。ホウホウ族はちょっと特殊で、他の人とは根本的に違うんだ。ほら、僕が念じただけで戻ってきた」
風を裂くように手首が飛んでくる。残った左手で回収。と、同時にバターが溶けるように吸収されていく。
「条件はあるけど、こうやって、分離した自分の身体なら、吸収から再生まで自由自在なんだ。
――――ハルト君は驚くだけで、逃げないんだね」
「練習すれば俺にも出来るのかな……逃げる? なんで? バーラムは良いやつだよ」
右腕に力を込める。――――何も起きなかった。
「その辺の民家、誰も出てこないでしょ? 僕が居るからなんだよね。森から出てきた猛獣を退治してあげてるのに、ホウホウ族ってわかったらどこも同じ反応。追われるか、逃げられるかなんだよね」
深く息を吐き遠くを見つめる。声色が暗くなる。
「気にしても仕方ないね。さっ、リリアちゃんが涎を垂らして待ってるし、食事にしよう!」
既に着火済みの焚き火を背にし、輝く瞳で獣を見つめるリリア。肉を片手に今日も語り合う。獣が骨だけになる頃には、焚き火の明かりが頼りになっていた。
「靴、欲しいなぁ……」
「それなら、毛皮で作ってあげるよ。明日には出来ると思うから、楽しみにしてて」
「――!! そんなことまで出来て、バーラムはすげぇなぁ。ありがとう! ふあぁぁぁ。そろそろ、眠くなってきた…………」
「見張っておくから、ゆっくりしてていいよ。――お――――・――み」
――――――――ん? またか。
「またかって顔してるわね。多分」
「ガハハハハ。何度でも来るが良い。ここは坊主の世界じゃからな!」
白い空間に扉が六枚。視界には映らない人の声。
「昨日の続きでも、聞かせてもらおうか……」