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「なぁ、リリア、これからどうしよっか?」
草原に寝転がり呟く。花や虫に集中していて、声は届いていない様子。黒い靄は散り、手ぶら裸足で草原に放たれる。混乱して我を忘れないのは、幼少の頃、厳しい環境で育った経験が活きる。
これが外の世界かぁ。まぁ、何とかなるさ。とりあえず人を探そう。
周囲を見渡す。木が生い茂った森を前方とし、右手に山、左手は地平線。後方には丘が映る。草原を縫うように街道が通っており、木造の家が点在する。
「リリアー、その辺の家まで行こうと思うけど、一緒に来る?」
振り返る素振りもなく、自然と調和中。遮るものがない心地よい風が、ラインハルトの心を通過していく。
「――リリアー、これ、なーんだ?」
ポケットから、非常食となるはずだったクッキーを取り出す。エサに釣られたリリアと二人、街道沿いに建つ家を目指す。豆ほどの大きさに見えた家が近くなる。快晴の空。土の感触。広い世界を踏みしめる。
「すいませーん、誰かいますかー! 道を聞きたいんだけど!」
戸を四回叩き、声を掛ける。僅かに聞こえていた生活音が止む。一分、二分、三分…………もう一度繰り返す。
「すいませーん、道を聞きたいんだけど~」
返る音は無し。家を一周。窓を見るも中は見えない。点在する木造の家を数軒回るも、同反応。一軒回る度に日が落ち、額に汗が滲む。
日が暮れる前にあと何軒回れるかな……風は冷たいし、リリアは相変わらず元気だし……腹減ったなぁ……
「あ、リリア! そんな急に走らないで! 俺、疲れ、ちょっまッ!!」
追いかける足に痛みが走る。裸足の足に小枝や石が擦れる。暗くて見えない足元。下を向く顔を上げ、一呼吸。
――視界から消えたリリアを追う。
まったく、リリアどこまで行ったんだ…………ん? 煙?
風に乗った香ばしい香りが届く。空腹で疲れきった身体には刺激が強い。赤い光の元では、手ごろな石を椅子にし、リリアと知らない男性が肉を焼いていた。突然闇から現れた涎少女を、快く席に着ける懐の深さ。ラインハルトが挨拶する間もなく、招いてくれる。
「君もお腹が空いてるみたいだね」
爽やかな青年。歳は二十前後で中肉中背。瞳は綺麗な灰色で、口調や雰囲気はトマスを思わせた。大きなカバンを地面に置き、捕らえたであろうウサギ二羽を焼く。終始笑顔を崩さない青年に、ラインハルトは警戒心を覚えつつも、空腹には勝てない。肉を頂き感謝で返す。
「俺、ラインハルトっていうんだ。みんなからはハルトって呼ばれてる。こっちはリリア。よくわからないけど、基本喋らない。兄さんはなんてーの?」
「僕は、バーラム。バーラム・トリスタッド。よろしくね。リリアちゃんも」
会釈するリリア。口元の肉汁が光る。自己紹介の後は、好きな食べ物や家族のこと、木登りのコツ、お見合いのように会話が進む。そして…………
「ハルトとリリアちゃんは、なんでこんな所にいるのかな? 旅ってほどの装備には見えないけども…………ははぁーん? さては、君達? その若さでやるねぇ」
「ばッ! 妹だし!」
満更でもないリリアが流し目で応える。
「冗談だよ。彼女は不思議と、本気に見えるけどね……」
「リリアは何考えてるのかサッパリ。食べることが好きなことはわかるけども。
――――バーラムはレコーディスって知ってる?」
「そりゃぁ知ってるよ。№零零。彫金師フォカロス伝説の異物だよね。それがどうかしたの?」
「零零……? 家でリリアと一緒に遊んでたら、起動しちゃったみたいで、気付いたら……」
「起動って、実在してるとでも言うの? 冗談がうまいね」
食い気味の反応。冗談ってことにした方が良いのか、迷うラインハルト。相手の出方を待つ。完食したリリアは会話に飽き、石を使ってお絵かきを始めた。
「それが本当だとしたら、爺さんの言っていたことは全て現実のことに…………あっと、失礼。
――――ワイトキングは知ってるよね?」
「ワイトキング……?」
「今の若い子は知らないのかな? ネーブル盆地での大戦。彫金師フォカロス率いるクルコット軍が、ワイトキングに取り憑かれた王と戦う物語だよ。七百年前に起きたとされているんだけど、一切の痕跡も証拠もなくて、ただの伝説として語られているんだ」
伝説の異物、ワイトキング、大戦……ねむい……急になん…………。
勉強嫌いの影響か。他に理由が。世界が回る。バーラムの顔が、身体が、ひっくり返る。
――――白……空間? 扉が六枚?
「おはよう! 目が覚めたな? ってのも変な言い方じゃな。ガハハハハ」
「こんなのが七代目なわけ? もっとカッコイイ殿方が良かったなぁーはぁ」
「まぁ、そう言うな。ようやく庇護下に出てきたんじゃ。ガハハハハ」
男と、女の声が聞こえる……。俺は…………身体は、ある。動く。
終わりの見えない白い空間。扉だけが存在する世界で、男女の声が頭に響く。夢を見る現実の感覚に、少しずつ冷静を取り戻す。