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俺、ラインハルト。昨夜のことが気になって、勉強に集中できない。といっても、いつも勉強してるフリなんだけどな。って、そんなことは置いといて、ヴィネスがベッドの下に何か隠していた。見て良い物なのか、見てはいけない物なのか、ウーン…………
「ハルト! まーた自分の世界に入り浸って! 帰って来なさい!!」
ラインハルトの頭上に痛みが走る。眼前には、アンナの姿。右手に持つ本の角が、少し丸い。
今日は、アンナが先生となり、子供達に勉強を教える日。リリアにとって、初めての授業。リリアは、紙飛行機を作ることに苦戦していた。
「母さん、これ以上頭が悪くなったらどうするのさ?」
本の角で、頭を打たれたら痛い。耐え切れず、目頭に涙が溜まる。
「ちょっとくらいショックを与えた方が、ハルトには丁度良い。母さん、そう、学んでるところよ」
「いやぁ……痛いだけだよ……」
声を押し殺し笑う一同。ようやく、満足のいく紙飛行機を作れて上機嫌のリリア。
まだ、頭がいてぇ……腫れてるし、やって良いことと、ダメなことってあると思うんだけどなぁ……はぁ……
頭痛で気持ちは最悪。階段を登る足取りが重い。
「どうしたの? ハルト、元気ないね。まだ頭が痛いの?」
「もう痛くねーよ……ほっといてくれ」
昨夜のこと、聞いても良いのだろうか……
「なぁ、ヴィネス。昨日、ベッドの下に何か隠してたよな? もしかして…………大人の本でも手に入れたのか!?」
「起きてたの? って、違うよ!! 大人の本ってなんだよ!!」
「大人の本を知らないの!? まぁ、今度、兄さんの部屋に二人で侵入しようぜ」
正直に聞けて心が晴れる。梯子を上がる身体が軽い。
「――――僕ね、ハルトに見せたい物があるんだ」
ベッドの下には二十センチほどの隙間があり、本やおもちゃが取り出しやすいよう整理されている。丁寧に畳まれた服と、大事に仕舞われた装飾品を取り出す。
「それって……懐かしいな」
路上で初めて見たときは血だらけだった。体の傷が癒え、服も白さを取り戻した。見つめる眼差しが感慨深くなる。
「懐かしいでしょー。昨日、パパ先生のところに行ってきたんだ。そしたらね! いつも鍵がかかってて入れない部屋に入れてくれたんだよ!」
「まじで! いいなァ。――どんなんだった?」
「うんとね、お薬とか、こういうのとか、大切にしてそうな物がいっぱいあったよ。何に使うのか、よくわからないのもいっぱいだったけどね」
「ほぉほぉ、ちなみにだね、その置物は何ナノかな?」
取り出された装飾品に目がいく。片手に収まる大きさ。水滴型のガラス玉が中央に鎮座し、周囲を金属製の月桂樹の台座が支える。月桂樹の中央には紋章が彫られ、服にも同じ紋章が刺繍されていた。
「これはね、レコーディスっていうんだよ。綺麗でしょ」
「そんなんも持ってたのか。ちょっと貸して」
「ダメー。落としたりしたら大変だし、それに、今は使えないけど、とっても危ないんだよ」
「落とさないし、危ないって、爆発でもするのか?」
「爆発はしないけど……転送装置って言ったら、信じる?」
「信じる。だから、貸して」
「ダメー」
暫く押し問答するも平行線。喧嘩になるのは、お互い本位ではない。気分転換するため、別行動する。
――――うん? あれは、リリア。台所で何してるんだ。
部屋の入り口から覗き込む。台座を使って背伸びし、楽しそうにフライパンを動かす様子が見える。
料理? おままごとでもしているのか? ソフィ姉のマネ事だな。
――――そうだ! 良いこと思いついた。
「なぁ、リリア」
顔を出してリリアを手招きする。ポケットから出したクッキーをチラつかせながら。
きたきた。リリアと遊ばせてる間に、こっそりレコーディス貸してもらおっと。
――――それにしても、涎がすごいな……
クッキーをもらってご満悦のリリア。二人はヴィネスの元へ向かう。
「おーい、ヴィネスー。ってあれ? 居ないのか。てっきり本でも読んでるのかと。ん? リリアー早く上がって来いよ」
梯子の中腹で動きが固まる。小刻みに震える梯子が、不安定さを感じさせる。
「その高さで怖いとか、ないよな?」
リリアの手首を掴む。木登りで鍛えられた腕が、安心感を与える。
――――さて、この辺かな。
「って、リリア! ベッドの上で跳ねるな! うわっぷ」
ベッドの下を漁っていたラインハルトの上に、リリアが落ちる。
「いててて。だから言ったのに……大丈夫か?」
姿勢を直し、優しく頭を撫でる。予期せぬ落下で緊張した表情が、柔らかさを取り戻す。
「お! レコーディスあるじゃん」
衝撃で転がってきたレコーディスに目が輝く。頭を撫でる手が、でかしたと言わんばかりに激しい。
「近くで見ると綺麗だなぁ。ガラス玉の奥、部屋が逆さになってら。ん!? ――――暗くて見えなくなった?」
透明だったガラス玉は、光を受け付けないほど黒く染まる。
「おっもしれぇ。色が変わるんだな。リリアも見るか?」
リリアを膝の上に移動させ、レコーディスはベッドの上に置く。
「こういう形を見てるとさ、この、てっぺんのちょろんっとしたの、ツンツンしたくなるよな」
水滴型の頂点。折らないよう、優しく触れる。二度、三度、感触を楽しむように。刹那、指に痛みが走る。咄嗟に仰け反るラインハルト。マネするリリアの悪い見本。
「危ないからリリアはやめとけって、うあぁぁ。なんだこれっ!」
レコーディスから黒い靄が噴出し、二人を包む。
――咄嗟に息を止めたがどうなってるんだ? 暗くて何も見えない。リリアは? 感触はある。早く出ないと。
リリアを持ち上げ、勢い良く飛び出る。靄から出た視界に、眩しい景色が流れ込む。草や花、木が生い茂る草原。土の感触。木登りしたときのような心地よい風。
「うおォォォォ外!! よくわかんないけど外!! 外!! 外!! ヴィネスのやつ、使えないって言ってたじゃないか!! あ、リリア……ちょと待って……」
喜ぶのも束の間、リリアが蝶々を追いかけ、遠ざかる。後方で黒い靄が薄くなるのを感じつつも、自身も走り出したい衝動を抑え切れなかった。