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早朝。マルセルやラインハルトも、早起きして席に着く。
「えっと、食事の前に、大事なお話しがあります。――――今日からこの子も、一緒に生活を共にすることとします。名前が無いと不便なので、昨夜アンナと決めました。――リリア。名前はリリアとします。末妹として可愛がってあげてください。拍手!!」
リリアが顔を上げる。口元にはパンくず。言葉は理解している様子で、会釈を一つ。各自が自己紹介の後、食事が始まる。今日からは五人の子供。窓の外、遠くを見つめるマルセル。ヴィネスだけが、マルセルの表情に気付く。
電灯の明かりが本を揺らす。落ち着かないヴィネスに、ラインハルトが苛立つ。
「なぁ、さっきから、視界内でうるさいんだけど? どうかしたのか?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと、ストレッチしてて……」
「ならいいけど、悩んでることがあるなら教えろよな」
「うん。ありがとう。――――寝る前に、トイレ行って来るね」
屋根裏部屋から梯子で二階へ。階段を降り一階、玄関、外へ。風で木が揺れる音、空一面の星空。診療所には明かりがついていた。
「パパ先生、居ますか~?」
「いるよ~。――ヴィネスかな? すまないが、こっちまで来てくれるかい?」
玄関の先、廊下には戸が二つ。左は診察台や、医療品が置いてある部屋。右は書斎と応接室を兼任した部屋。更に奥の部屋もあるが、先はマルセルとアンナしか知らない。
「一人で来るなんて珍しいね。どうかしたのかな?」
机上の散乱した資料。暗い表情の訪問者。
「黙っててもわからないけど、その表情、大事な話のようだね。
――――うん。わかった。奥へ行こうか」
マルセルに手引きされ、奥の部屋へ。六畳程の部屋に、棚がコの字で並ぶ。ラベルには危険な薬品の名前。見たことの無い調度品。綺麗に畳まれた服や装飾品。
「それは、うちに来たとき、ヴィネスが着ていた服と、持っていた装飾品だよ。これは渡しておこう。――僕はね、診療で外に出る傍ら、世界中の情報を集めているんだ。――――リオネック・スルフール。王子だね?」
なんで? と顔を見上げる。指で装飾品の紋章を軽く叩き、笑顔で返す。
「話を、続けてもいいかな? ――トマスから報告があってね。ヴィネスが隠し事をしてるみたいって、ハルトから相談を受けたらしい。僕は、ピーンっと来ちゃってね。これと、関係があるんだね?」
普段と変わらない、落ち着いた口調に声のトーン。柔らかい笑みで真っ直ぐ、目の奥を見られる感覚。黙っていては進めない。ここまで躊躇していたヴィネスが口を開く。
「――スルフール家、第三王子、リオネック。です。訳あって、王宮から逃れたところ、パパ先生に助けていただきました。言葉では伝えきれないくらい、とても感謝しています。――――言ってもわからないことかもしれない。けど、僕と国は繋がっているんです。戻らないといけません。今なら、僕が居なくなっても、代わりにリリアがハルトと仲良くなれば…………」
屋根裏部屋。トイレへ行ったきり、三十分は戻らないヴィネスに不安を覚える。
もしかして、下痢か? お腹痛そうに見えなかったけど……大丈夫かな? ちょっとだけ覗きに…………
「ただいまー。ハルト、寝たかな?」
返事は無い。心配して起きていたのが恥かしくなり寝たふりをする。音を立てないよう、服と装飾品をベッドの下に隠し、電気を消す。