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地上五メートル。木陰から白い影を観察する二人。徐々に白い影の正体を理解する。
「なぁ、あれ、女の子だよな?」
訝しげなまなざし。
「僕達よりも、若い。というか、幼い?」
華奢な腰まで伸びた長い髪、銀髪、ワンピース。来客であれば馬車や車で来るはず。徒歩。一人。幼女。今まで経験したことがない状況。
「迷子かな~? この木を目印に歩いてきたのかな? 木が気になっちゃって」
「そりゃ気になる迷子だな!町の方が近ィんじゃね!」
小声で突っ込むラインハルト。うまいこと言えたかなと自慢げのヴィネス。ため息を吐くのもつかの間、少女の体がゆっくり、膝から崩れた。
大声で助けを呼ぶ。家の中に居る二人に届く声で。
「何事ですか?」
少女に駆け寄ったのは、玄関を掃除していたソフィア。一目で察する。
「おにいちゃんは診察台に運ぶの手伝って。私は冷たいタオルを準備します。二人は勉強でもしていなさい」
涼しい表情で出された指示。頷き、迅速に動き出す。
「さて、おにいちゃん、この子の所見はどうかしら?」
トマスは、父と同じ医者を目指している。稀に、マルセルと出張診療へ行くこともあった。
「多量の発汗、体熱感、意識障害、血圧は問題なし。重度の熱中症……かな? 身体を冷まして点滴すれば良くなるさ。任せといて」
「そうねぇ……可愛い少女と狭い空間で二人きりってのが任せられないわね。仕方ない、私もお手伝いします」
「流石に何もしないって」
「冗談よ」
勉強の指示を受けた二人は、勉強するはずもなく、リビングで寛いでいた。六人が余裕を持って座れるテーブルと椅子。ソファー。広めの台所に、外の光を十分に取り入れられる大きめの窓。窮屈と感じない広さ。
「ねぇ、ハルト。あの子、大丈夫かな?」
「兄さんとソフィ姉に任せておけば大丈夫だろ。――そういえば、ヴィネスが俺以外に大声を上げるのって珍しかったな。兄さんや父さんの前でも喋ろうとしないのに」
「それは、咄嗟で……別に、ただ、恥ずかしいだけだし……」
「昔は干からびたリンゴみたいだったのに、元気になって、兄ちゃん嬉しいぞっ」
「うへぁ……キモチわるいィ」
満面の笑みで頭を撫でてくるラインハルトに、ヴィネスは照れとほんの少しの憤りを感じた。
「勉強は終わりましたか?」
じゃれる二人の背後から声がした。何事も無かったようにテーブル席に着く。
「食べたらします。なので、飯ください!!」
夕刻、マルセル達が帰宅する頃には、少女の意識は戻り、動けるまでに回復した。
「君は、どこから来たのかな? 名前は? お父さんとお母さんは? 歳はいくつかな?」
しかし、少女は言葉を発しない。ただ、真っ直ぐ、目を合わせる。
「困ったね。このままじゃ誘拐犯と間違われちゃうよ。ははは」
「かといって、このまま外に放り出すわけにもいかないわよ」
「そうだねぇ。考えてても仕方ないし、とりあえず、食事にしようか。この子もお腹を空かせてるだろうし…………」
女の子の目に光が灯る。
「おや? 食事に反応したようだね。ソフィ、食事の準備は出来てるかい?」
六人テーブルに一席追加。賑やかな食卓。大皿から肉だけが消えていく怪奇現象。野菜も食べなさい。と、注意される者。周りの騒音を意に介せず、少女は一心不乱に貪っていた。