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偽悪のネコ耳魔法少女  作者: しわ
第一章 夢幻遊園濃霧森林カヴト
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第七話 “矛盾なき矛盾”

 

 霧の森は深海にも似た深い闇に沈んだ。

 灯火の類は一切なく、例え外部から持ち込んでも『消火菊』が奪い去った。夜は眠り、朝を待つ。ここはそういう森だった。


 ポッドとは別れ、一行は集落から離れた小高い丘に向かう。というのも他の森の子は丘の下で暮らしているのだ。だからシャルティの家は、丁度全体を見下ろす位置にある。

 そんな忘れ去られた場所に一人ぼっちで立つ大樹が、シャルティとアイルとミエーレの家だ。三人は血が繋がらない家族だった。


 夕食はポッドから奪った・・・もとい分けてもらった物と、ミエーレが集めた物で賄う。とある理由から、シャルティとアイルは採集が苦手だった。


「ああ、そういえば。『グリドンの実』を大人が好む理由はね、世界が甘いだけじゃ成り立たないことを知っているからよ。だから落ち着かないの、酸いも苦いもないと。それだけよ」

 

とはミエーレの談。


「えー! でもお姉さまだって甘いのが好きじゃないですか」

 

 シャルティが不満げに言う。好きな物が別にあるのに、どうして必要以上の『グリドンの実』を食べるのか不思議に思う。


「・・・栄養素の問題じゃないですよね、ミエーレさん?」


 続けてアイルが小首を傾げて問う。一緒に暮らしているのに、わざわざ「さん」付けするのは敬意の現れなのだろうか。よく分からない。


「それはおと・・・いえ、ごめんなさい」


 苦笑して何かを言いかけて―――少女は唐突に謝罪した。ミエーレは彼と同じ間違いを繰り返さなかった。魔法は万能だが多用すれば効果が薄くなる、これが世界の真実だ。


 少女は少し真剣な顔で、手を顎に当てる。


「飽きるの」


 そして素っ気ない一言で表現した。


「「・・・飽きる?」」


「大人っていうのは・・・いいえ、人間っていうのはね、下らない生き物なのよ。大事なものほど後生大切にしまい込んで、使いもしないのに自分の中だけで価値が暴騰していって、未来だけを見て今を蔑ろにして、やがて他人に指摘されても飲み込めずに、盲目的にソレ以外を排斥し尽して」


 一旦言葉を切って、息を吸って、唇を舐め、胸の内を吐き出す。


「最後には腐らせるの」


 ミエーレが自虐的に「私みたいにね」と笑う。彼が嘘を魔法に変えたのなら、彼女は魔法を嘘に変えてみせた。この森には魔女がいた。それこそ、いくらでも。


「・・・・・」


 アイルには、ミエーレが何を言っているのか分からなかった。ただ理性が叫ぶのだ、分からないことは言うなと。自分の些細な人生経験で、ミエーレの熱量に物申すことは出来ない。視線は助けを求めるように、親友であるシャルティの下へ向かっていた。


「なら天国に行くしかないですね! この森みたいに、ずっとシアワセな場所へ!」

 

 シャルティは悩むことなく、甘さしか知らない天使の笑みで言祝いだ。


「それは・・・あなたの夢と、どちらが大切なのかしら?」


「はい?」


 質問の意図が分からず首を傾げた。だって前提からして間違っているじゃないか。夢と天国は秤へ掛けるものではない。



「お姉さま。たかが一つの夢も叶えてくれないのなら、そこは天国なんかじゃないですよ?」



 ――――絶句。

 アイルとミエーレは押し並べて、押し黙る。

 無知なる少女の理論は暴力的なまでに、傲慢なまでに正しい。ただし善か悪かで問えば、間違いなく悪に類する正義だった。


「ああ、ついに明日は成人の儀です。早く右目をくり抜きたいなぁ・・・・」


 花咲く笑顔で、両手を広げてクルクルと舞う。

 狂狂と―――舞う。


 まるで、矛盾が艶やかな衣装を着ているようだった。狂気の中に爛々と輝く正気。過程が間違っているはずなのに、どうしてか導き出される結論は正しい。『矛盾なき矛盾』とも呼ぶべき存在が少女の皮を被っている。


「そう。楽しみね」

 

 だからミエーレも分からなくなった。なぜか虚ろな声が勝手に肯定していた。これは外に出して良いモノなのか?私の決断は間違っていたのではないか?


「はーい!」


「じゃほら。明日は早いんだから、もう寝なさい」

 

内に秘めた葛藤を隠して、元気なシャルティと無言のアイルの背を押す。



「・・・・」


「―――アイル君?」


「あはっ! おかしいんです。今までは全然大丈夫だったのに、今シャルの話を聞いて、急に想像したら・・・。覚悟なんてずっとしてたはずなのに、考えないようにしてたのにッ! 今になって・・・手が」


 寒くもないのに、少年が見せた手は可哀想な程にガタガタと震えていた。その手を右目に添え、爪が柔らかい皮膚を貫く。


 理由は問うまでもない。

 明日の『成人の儀』を経れば二人の右目は削ぎ落され、正式に『森の子』となる。例外が許されているのは一人だけ。


「もしかして・・恐いんですか?」

 

目を丸くして、シャルティが疑問を告げる。


「・・・うん。同じく憧れているはずなのに、理性では理解しているつもりなのに、勝手に体が震えちゃうんだ・・・。シャルが羨ましいよ、どうやらボクは出来損ないだったみたいだ・・・」


 少年の言葉は尻すぼみに弱って、最後には虫の声にも満たなかった。


「ねぇアイル君。教えてくれないかしら――――()()になりたいのか、()()になりたいのか」


 それは残酷だが必要な質問だった。幼い少年に対して、今後の人生を決めるのはたった一度の機会。本来ならば十分に成長してから与えられるべき選択を、今迫る。


「ボクは―――」


 目を閉じて逡巡する。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


「みんなと一緒にいたいです」

 

 下手くそな笑顔で、涙を堪え切れずに―――結局は自分を殺した。

 成長という当然の権利を、呆気なくゴミ箱に捨てた。


「―――――――」


 ミエーレは返事が浮かばなかった。


 吐き気がした。


 この天国では正常と非常が反転していた。綺麗な間違いが穢れた正しさに貶められた。


 吐き気が、した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 


 霧の森、禁忌四カ条。


 第一に、自他に関与する徒な傷害を禁ず。

 第二に、境界外への出入りを禁ず。

 第三に、肉の摂取を禁ず。

 第四に、性交渉を禁ず。


 以上悪しからず。



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