第四話 “ナイフの在り処”
「はぁ・・・」
泉の畔で憂鬱にため息を吐く、見目麗しい少女がいる。
シャルティだ。
「わたしってかわいいから、こんな姿もつい絵になってしまうんです。ああ、悲しいです」
「うっぜぇなコイツ」
そんな無礼千万極まる発言の主はポッドだ。
「あれ。ポッドさんはいつまで一人ぽつねんと虚しく石を投げ続けているのですか?そこに一体どれほどの楽しみが生じるのか甚だ疑問です、願わくば教えて欲しいモノです」
「んなっ―――――」
ポッドが絶句する。
おいこいつは数分前の会話を覚えていないのか、そんな顔だった。
「ほらそんなこと止めてこっち来てください。そしてわたしの悩みを聞いてください・・・」
「なぁシャルティ。どうしてお前は自然に無自覚に、躊躇いなく俺の心を切り裂くんだ?もしかして俺が嫌いなのか?」
「まじまじ」
気休めが半分と適当さが半分で「そんなことないですよ」と口にする直前、何者かが会話を横取りした。
(まさか・・・・)
「・・ああ、そっか。ごめんな、今まで話しかけて。鬱陶しかったよな・・・」
「まじまじ」
「待ってください違いますよポッドさん! それはわたしじゃないですよね!? というかどれだけネガティブなんですか!?」
「え・・・? あれ。なんだ・・・おかしいな涙が」
「ガチ泣きしないでくださいよポッドさん! 罪悪感がすごいんですが!」
「ホントだ。なんだ、コイツ?」
ポッドが見たモノは、夜色の体に金の瞳を持つネコ―――――マジマだった。
「あれ」
残された左目をパチクリさせ、ポッドは気が付いた。黒ネコの頭上に、これまた黒いウィッチハットが乗せられていた。どうしたことか、いくらマジマが歩いてもソレは落ちることなく密着している。
「・・・・?」
なんとなくウィッチハットへ手を伸ばした瞬間――――黒ネコの姿がブレる。
「まじ」
「痛っ・・・血?」
手の平には一筋の切り傷が引かれ、血管から赤い液体が零れ落ちる。粘性を持つ血液は雫の形を伴って、大地に染み込んだ。黒ネコは滲んだ血をペロリと舐めとり、喉仏を大きく膨らませて挑発的に飲み込んだ。
「・・っ、おまえっ!」
「――――――」
体躯が遥かに勝る人間の剣幕に対して、しかし矮小なる黒ネコは動じず物怖じもしない。ただその金瞳に静かな怒りを湛えていた。
「「・・・・・」」
両者が無言で睨み合い、空気が硬直する。
「ポッドさん、やめた方がいいです!」
「止めるなよ!・・・っていうか、なんで隠れてるんだ?」
「え、怖いんです」
情けなく木を盾にしてシャルティは言う。金属並みの硬度の『ストンの実』を嚙み砕いたマジマに、十二歳の子供で勝てるわけがない。
「嘘つけ」
だが――――ポッドは信じない。鼻で笑って聞き流した。
このマジマは精々が手に乗る程度の大きさで、聞きしに及ぶ力があるとは思えなかった。
「じゃあ試してみるか。ホントなら『鉄の泉』で作ったこのナイフも食べられるんじゃないか?」
ポッドが尊大に言い放つ。
そして酷く大事そうに、まるで世界の最奥に秘された至宝の財を触る手つきで、懐からとある石を取り出した。
――――『鉄の泉』は、その水に触れたモノを硬くする性質を持つ。水は対象の固形物に纏わり付くようにして、万物を鉄に変えてしまう―――。
ポッドはソレを利用して、何年も時間をかけて道端の石ころをナイフ状に加工していた。「コイツは俺の最高の友だち・・いや親友と書いて友なんだぜ!ズッ友なんだぜ!」とはポッドの談。
また『採集』の時には、事あるごとに嬉しそうな顔で自慢してきて大変ウザイことに定評があった。間違えた、低評価があった。
そのナイフを地面に突き刺す。
「まじ?」
「ふふん。食えるもんなら――――」
その言葉は最後まで言えなかった。
ゴクリ。
そして一生聞くこともないだろうと、切に思う。
南無。
「親友ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――!!!!!」
ポッドが叫ぶ。慟哭とはかくも空しい響きなのか。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ポッドが泣く。滂沱の涙とはかくも心を打つモノなのか。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ぁぁぁぁぁぁぁあっぁ」
「まじまっ!」
「見てくださいポッドさん! マジマが膝に乗って甘えた声を出してますよポッドさん! あなたは親友を失いましたが、新たな親友を得たのですよポッドさん! これぞ異文化交流と書いてグローバリゼーションですよ!!」
「うがぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁいうえお!!」
「なぜ発声練習!?ポッドさんが壊れましたっ!誰かーーーーーーーーー!!」
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霧の森、禁忌四カ条。
第一に、自他に関与する徒な傷害を禁ず。
第二に、境界外への出入りを禁ず。
第三に、肉の摂取を禁ず。
第四に、性交渉を禁ず。
以上悪しからず。