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偽悪のネコ耳魔法少女  作者: しわ
第一章 夢幻遊園濃霧森林カヴト
31/46

第三十一話 “正義の味方”

 

 ――――擬似・第五宿業天使、顕現。


 大自然の猛威を前にした人など、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うだけ――――それがシャルティ・クーレの感じた印象だ。


(・・・?)


 彼の水竜が誇る威容に疑いはない。しかし同時に、どこかでネットリとした違和感が付き纏っているのも、また疑いようのない事実だ。

 鋭敏なまでの五感が、目の前の脅威を見て、逃げろと声高に叫んでいるというのに。震える心臓を、うぶ毛立つ体を、芽生えた違和感がその全てを押し留めた。


「・・・概念化進行―――規定値以下。・・・宿業結界展開―――輪郭不定形。・・・禁忌条件指定―――仮定理論破綻」


「――――シャル・・・?」


「・・・なにか・・・ちがいます。弱い、足りない、宿業が・・・薄い」


「なにを・・・言ってるのさ・・・」


「えっ。あっ・・・はい?」


「・・・・」


 もごもごと口ごもるアイルに、疑問符を込めた瞬きを送る。―――遠慮がちに返された視線では、言葉を失くしたように不安げな瞳が揺れていた。


「・・・あれは。・・・天使なのだろうか?」


 ふと、隣から漏れた掠れた声に、シャルティは顔を向ける。呆然と神経質そうな細長の顔を青ざめているのはロインという鎧を纏った男だ。


「あ? なに言ってンだ?」


 対して、返答というには相応しくない、ポッドの侮蔑に染まった声が返される。傍から聞いていても、場違いにも優しい響きを伴ったそれは、嘲笑の意を存分に含んでいると分かってしまう。


「・・・あンた達は知らないのか。ハッ、いいな羨ましいよ。正義の味方は脳ミソがお気楽で、やること為すことの責任をすべてカミサマとやらに押し付けられるんだからな」


「“未来ナシ”が・・・なにを言いたい」


 ちらと、込められた殺気が緩々と引き締まっていく。


「偽物に決まってンだろ。――――天使、なめてンじゃねえよ」


「・・・理由を教えたまえ」


「親の顔を。・・・忘れる奴がいるのかよ」


 神気楼樹は、子供だけが住む霧の森にとっては親のようなものだ。それを、よりにもよって醜い肉塊と一緒くたにされたのだ。親を馬鹿にされていい気分の子供はいないだろう。


「そうだろ。おまえら」


「―――あ」


「そう、・・・だね」


 もっとも、今のシャルティにとっては安易に同意することはできない。上手く紡がれない言葉は空虚な沈黙を産み、それはポッドとの埋めがたい心の距離を示しているようで、シャルティは気付かれないようにそっと目を反らした。


「・・・・」


 ズレた視線の先で、痰を絡ませたようなアイルの表情を見た。どうやら彼にとっても、その感情は少なからず同じのようだった。


「おい、らしくないぞ。仲間内で言い合ってる場合かロイン・・・・そら。来たぞ!」


 例えるなら、天が落ちて来る錯覚。

 天変地異の驚天動地。


 二本ずつの手足を掻いて、空を泳ぐ姿は流麗にも過ぎる。顎の奥からは水晶のように透明な犬歯がギラリと顔を覗かせているが、そこに野性的な荒々しさは見受けられない。

 むしろその逆。人工物では到底表現できないだろう、神がかった水竜の造形美には、思わず感嘆の息が零れてしまう神秘を内包している。


 だが、薔薇のように、美しさと凶悪さは同居するものだ。水の体ソレ自体に破壊力はなくとも、体内に取り込まれたら最後、溺死しても逃れられないだろうという激流には体が震える恐ろしさがある。


「――――grua――――aaaa―――!」


 やはり空に君臨する迫力は、決して神気楼樹に見劣りするものではない。

 ただ自然に思うことが一つ。


 ()()


「―――出し惜しみはしないンだよ。一回も二回も同じだ」


 刹那―――苦々しく言って、ポッドが取り出したのは小包。

 件のビックリ草が詰まったものだ。


「分かンだろ、()()()()()()()()()()()


「いやなに言ってるんですかポッドさんまた中二ですか勘弁してください。ほら来てるんですけど、アレ、アレ・・・!!」


 シャルティが指で示す先には、大口を開けた竜が刻々と迫っている。だというのに、意地でも張っているのか、ポッドは背を見せたままで、碌な説明もしようとしない。


「「「―――」」」


「いやいやダメでしょ・・・! えっと、これはビックリ草っていって――――」


 業を煮やして、慌てたアイルが早口で捲し立て―――、


「説明はいいさ。これが神獣の力か」


 それを、騎士たちのリーダーである男―――シフト・ニアブリッジが静止した。


「・・・は、はい?」


 訳知り顔で頷き合う大人たち。「いける」だとか、「距離が」だとか。あーだこーだと、難しいことを言う彼らの話は、シャルティには呪文のように聞こえた。


「――――gruaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 迫る迫る。

 幻想獣は身をくねらせ、推進力を得たかのように加速を繰り返す。くだらない内輪もめなど気にも留めない無情なる突貫だ。


「「ぎゃあああああああああああ!?」」


 アイルとお互いにしがみ付く。

 もはや回避も間に合わない距離とスピード、その刹那にシャルティは二つの影を見た。


「「「・・・!!」」」


 撒き散らされる覇気。

 騎士を名乗る男たちが、その発信源である自然の具現―――水竜に左右から挟み込む影だ。


「息は・・・・合わせる必要ねぇな。オッ・・・ラァッ・・・・!!」


「あ」


 ポッドの投げた小包はヒュッと鋭く風を切る。

 有機物無機物の区別なく、すべてを喰らう竜は当然、飛来する小さなそれを意にも介さない。つまりシャルティ、アイル、ポッドが倒した歯茎百足の完全な再現だった。


(でも・・・)


 あの打倒が実現したのは、三人の息が合っていたからだ。

 今回は急造のコンビネーション、かつ作戦会議もなし。加えてポッドと騎士たちの仲は最悪。となれば、それを補うだけの“なにか”が必要だった。


 故に無理だ、そう思った瞬間に刃が走った。

 示し合わせたように、あるいは未来を予知したかのように。クロスする銀の光―――水竜が呑み込む寸前のビックリ草に火花が散る。


「「――――ッ」」


 そして、爆発する。

 森を穢す火種を消そうと、連鎖して衝撃波の嵐が乱舞する。


「g、gg――――kya。kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」


「んなぁ・・・なんで・・・・!?」


 惚れ惚れする絶秒なタイミング。一瞬でもズレれば命取りの妙技――――それを練習もなく土壇場で決めたことがシャルティには信じられなかった。


「チッ」


「やりましたね・・・! ポッドさん・・・ポッドさん?」


「まだだ。これじゃあ()()()()()()()()()


「え―――」


 鉄をも粉砕する衝撃波によって、竜を覆っていた水の鎧は薄霧となっている。ポッドの言葉を聞いた直後、もうもうと立ち込める白濁とした円形ホールに怨嗟の声が響いた。


「kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


「「「――――!」」」


 鼓膜を痛める鋭さを持った声量は、霧を裂いて吹き飛ばされるソレの姿を露わにさせた。


「・・・・無傷ですか・・・・」


 溢れ出る唾液の糸、ピンクの健康そうな色合いに陰りはなく、柔らかな弾力性は健在。――――水を束ねた竜の姿はなく、見るもみすぼらしい肉塊がそこにいた。


「kkkkkk――――kyaaaaaaaaaaaaaaaaa・・・・・!」


 女の甲高い声を思わせる絶叫が乱軌道に響き渡り、魔女の家が嘶いているようにシャルティは錯覚した。その原因は、山の巨体を持った歯茎百足が花びらのようにクルクルと空を舞っているためだ。

 霧を滅茶苦茶に搔き乱すその勢いから、ビックリ草が放った衝撃波の威力も伺い知れよう。


「歌姫の尻を追いかけるとは男冥利に尽きる。幸運だ・・・!」


 そして霧の渦を駆ける者は一人ではない。口端をニヒルに歪ませたその男の名は――――シフト・ニアブリッジ。


「――――・・・!!kyaaaaaakkkkk・・・・!!」


 歯茎百足が円形ホールの壁に叩きつけられ、再び魔女の家が揺れる。パラパラと天井の破片が落ちて来る中、肉塊は歯肉に破片が突き刺さることも厭わず、百腕を前方に伸ばす。

 刹那に霧が渦を巻いて集結――――水壁が生成された。


「・・・! コイツ、照れ屋だな・・・・!!」


 シフトは構わず、むしろ一層速度を上げて疾走する。だが彼の剣では流動体の壁を突破できないことは明白で――――。


「戦闘の様子。シャルのネコ耳。復活した魔法のタイミング。ぜんぶ、全部噛み合う――――!」


「わかんないですわかんないです。いやなんで戦うんですか意味わかんないですっていうかツルツルコース歯茎スライダーはいやですまじで・・・!」


 無理矢理アイルに手を引かれ、水壁を目前にしたところで、


「いいから、いくよ―――ぐえっ」


「あー!もうっ」


 アイルを踏み台にした二段ジャンプ。

 続けて円形ホールを利用した壁キックの三角とび。


「越え・・・ましたぁっ・・・・!!」


 思い切り背筋を反らした背面飛び。

 両足を九の字に折って、爪先を濡らしつつのアウトコース。


「―――きゃ」


 背筋に感じる弾力性に富んだマットの感触。

 一回跳ねて、二回跳ねて――――止まる。


「gyagya―――!!?」



 ―――ネコ耳化、成功。



「あっははー、こ、こんにちわー。・・・ネコ耳の押し売り販売です」


 あ自己紹介します。

 どうも。シャルティ・クーレ、チキン系美少女です。


「gya、gaga、gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 怒り、疑念、困惑。それらがない交ぜになった咆哮は、まだ終わっていない、と誇示するように意気軒昂と、


「いや。終わりだな? もう視えた」


 リブとロイン。二人の鎧が、空中に砕け、散りばめるられた、その心細い足場を道に変える。点は線につながり、確かな未来へと導く。

 歯茎百足を覆った水壁は、ネコ耳が移動した時点で掻き消えていた。もはや道を阻むモノはない。


 時が凍り付いたような刹那に、一つの影が空を駆ける。それは鳥か、はたまた雲か。―――否、それこそがシフト・ニアブリッジという男の修練、その成果。

 まるでどこに何があるのか、未来を見通したかのように。


「―――殺った」


 刃一閃。

 如何なる手練手管か、奇跡か。柔らかな歯肉を鉄の刃が貫く。


「gya―――――a・・・a・・・・・?」


「脳を潰しても死なない。足を堕としても、肉を削ごうとも、血が枯れ果てようとも。だが一つ、たった一つの弱点。()()。それを知るために、どれだけ未来を視たか・・・」


「a・・・・a、aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」


「謝罪はいらんさ。ただ黙して血を垂れ流せ」


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa―――――!!!??」


 長い。長い断末魔だった。

 歯肉にポッカリと空いた穴から、赤い噴水を垂れ流し。百の借り物の腕を無闇やたらに振り回し、とても美しいとは言えない惨めな最後だ。


「a・・・―――――――」


 夏の終わりに、ひっくり返った虫のように。

 電気を落とした、昔年の玩具のように。


 肉塊はただの肉塊として、もはや一歩も動かない。天使と見紛う荘厳な覇気や、幻想獣の貫禄など微塵もありはしない。


「――――――」


 ぺたり、と座り込んだ足は一向に動かない。


「おい嬢ちゃん、大丈夫か?」


「――――あ。はい・・・」


 シフトに抱かれ、肉塊から床に降ろされる。

 やはり、足には力が入らない。


「おーい。やった、ああやってやったンだ・・・!」


 駆け寄って来た喜色満面のポッドに、アイルと共に肩を抱かれる。

 見れば、全員が傷だらけ。服も血や唾液で染まり、どこの原住民だと言いたいレベルで野生的になっている。


「・・・・大人って。すごいんですね」


 上手く頭が働かないが。

 ふと、そう思った。


「―――ムカつくンだけどな。でも、ああ、仕方ねぇ、本当にイヤだけど。強いな、あの騎士どもは」


 眉根を潜めて、努めてポッドは嫌そうに言った。


「はは、これでもポッドなりに褒めてるんですよ?」


「うーむ、その少年に関しては些かなぁ、あ―――――は・・・?」


 アイルが微笑みかけ、複雑そうにシフトが応じて。

 音を立てて崩れ落ちる。


「――――え?」


 光。


 光だ。

 死角から光が迸り、シフト・ニアブリッジの体が痙攣した。


 同時、チリチリと空気が悲鳴を上げていた。それは音もなく床からぬっと姿を現した、()()()の腕に纏わり着くようにして、青い電撃が舞っている。


「っくく」


 ――――暗澹たる七色の声がした。


「「―――――!」」


 言葉はなく。左右同時から、矢のような速度でロインとリブが切りかかる。初見にも関わらず、女に対する躊躇いなどない渾身の一撃だ。

 対する女に武器はなく、二人の騎士が振るう剣圧を防ぐ手段はない。


 哀れにも、触れれば折れそうな華奢な細腕を広げ、掌を左右からの殺意の籠った剣撃を迎える。


「「ガッ――――あああ!?」」


 上下に激しく痙攣する体。焼ける皮膚。堅い鎧など全くの無意味だと、嘲笑うように電撃はリブとロインの体をチロチロと舐め回す。


「さぁてお待ちかね。芳醇な香り煙る心臓の収穫祭だぁ♪」


 強制的に筋肉を硬直させ、棒立ちにさせられたリブとロインの肉に、()()()()()()()()()()()。一層の激しさを増した電撃は、鎧ごと肉を丁寧に溶かし崩していく。


「あれー。ない、ない・・・・ないなぁ。うーん―――――あ。あった」


 ぐりぐり。ぶちぶち。

 これは内側から臓器を弄ぶことで生まれる最後の奇想曲。痙攣する体は感動したかのように、その生殺しの痛みを叫ぶことすら許さない。


 やがて探し物が見つかったのか、上機嫌に鼻歌を奏でながら女が腕を引っこ抜く。その動きに呼応して、二人の騎士が崩れ落ちた。――――いや、もはや人ではなく、ただの肉塊か。


「「「・・・・・」」」


 歴戦の猛者が一瞬で殺された――――シンと静まり返った円形ホールが、その絶望を深々と心臓に染み込ませる。


「・・・電気系、だけじゃない。なンか、混ざってンな。・・・昔なら相性は最高だったンだが――――」


 乾いた舌打ちをしたポッドが、「今は」と悔し気に唇を噛む。


 ―――――なんだあの女は。


 苦労して積み上げた成果を、子供の癇癪で台無しにされた感覚にも等しい無力感がシャルティを苛む。そして何よりも恐ろしいのが、それを怒りでもなく、徹頭徹尾冷静さを伴った悪意による被害であるということ。

 これでは触れただけでアウトの爆弾が、我が物顔で歩き回っているようなものだ。


「あーあー勿体ないなー。せっかく()()()を模してみたってのに。はあ。まーた失敗かぁ・・・」


 物憂げに溜息をした深窓の令嬢はカラカラと車椅子を動かし、壊れた玩具でも見るような顔で、歯茎百足の死骸を俯瞰する。そして無造作に、二つの心臓を落とした。歯茎百足は、生きているように、肉を変動させて心臓を呑み込んだ。


 怖ろしいまでの美しさは、そんなドス黒い仕草でさえ、見る者によっては可憐だと誤認させることだろう。奇天烈な七色の声も相まって、魔性の女とはかくやと思わせる存在だ。


「・・・せっかく私がコネ上げたっていうのに酷いことするねぇ。うん、まあ心臓を足せば動くんだけども」


()()・・・?」


 今まで出会った歯茎の化け物、その全てをこの女が作ったのだとすれば、まさに諸悪の根源に他ならない。


「すべて・・・あなたの仕業、なのですか。あなたが・・・魔女?」


「?」


 ぐるり、と辺りを見渡して、女は不思議な表情で、


「っく。くく、くくくく」


 嗤う嗤う―――嗤う。

 それは凄惨に、見る者を底冷えさせる美し過ぎる微笑み。


「いいやぁ? 私はね。()()()()()なのさぁ」


「――――は?」


「待っていたよ。シャルティ・クーレ?」


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