第三話 “唯一の魔法”
「はっ」
「ていっ」
「ほっ」
「ていていっ」
朝食後。シャルティは二人の石投げをボンヤリと眺めていた。
「二人はお上手ですねー、羨ましいです」
嫉妬するでもなく、憧れるでもなく、ただ純粋に漠然とそう思う。なんだか男の子してる、そんな不思議な感じだ。
「いやボクなんか全然ダメ、やっぱりポッドには敵わないや」
ニッコリ幼い笑みを浮かべつつ、アイルが両足を投げだして脱力する。
シャルティの隣で、荒く呼吸を整える彼の首筋には健康的で綺麗な汗が浮かんでいた。そんな汗で湿った艶やかな金髪は光を反射し、いつもより一層の輝きを増しているように見える。
だが足りない。
せっかくの造形美にはあと一歩が足りない。口惜しきは、彼の金髪であり旋毛だった。
ゴクリ。
「アイルの頭はかわいいですね」
「イヤだよ」
「あぅ・・・」
すげなく断られた。だがシャルティは諦めない、ならば別の方法を取るまでだ。
「ポッドさんはすごいですねぇ、もしや石投げの天才なのですか?」
「だろ!?まぁ何十年も練習してるし、本気出したら百発百中だぜ」
ポッドの投げた石が、『鉄の泉』に浮いた葉を寸分違えることなく打ち抜いた。―――と同時にシャルティの紅眼に智慧の色が光る。
「わっすごいですかっこいいです達人です! さあもっと見せてくださいよ、まさかその程度ではないですよね本気とやらは・・・!」
「えっ。あ、ああ。も~シャルティはしょうがねぇなぁ」
口角を僅かに上げ、隠しきれない笑みを含んだポッドは一生懸命に石を投げ始めた。
「よし」
「ポッド乗せられてるよポッド」
「さぁ最速限界低度接水十一連切りいくぞぅ!」
かくして邪魔者を排除し終え、シャルティが浅霧に濡れた瞳で呟いた。
「ねぇアイル・・・いいですよね?」
「や、やだよ」
「なにを照れる必要があるのですか。だって減るモノじゃないでしょう?」
「いや逆に増えるんだけど!」
「えーい、です☆」
「ちょッ――――――」
―――――ポンと、撫でる。
少女の五指が、絹を梳くような繊細さでアイルの頭皮に触れた。
同時、シャルティの耳に溢れていた音がシャットアウト。全ての彩りは灰色へと塗り潰された。
「う・・・。んぅ―――――」
まず最初にアイルが感じたのは違和感だった。石が水を切る音が、チチチと虫のさえずりが、蒼き若葉が身震いして朝露を落とす振動が。
今までは感知出来なかった細やかな音が連鎖して襲い掛かる。それは音と情報の暴力とも形容すべき聴覚過敏な現象だった。まるで外部から、新しく体のパーツを移植されたような感覚。
動かし方すら分からないソレは、ただ在るだけで嫌でも存在を主張してくる。
やがて悪戯な風がアイルの耳に息を吹きかける。それは大して強くもない、木立を通り抜けてきた柔らかい風だった。
「ひぁっ」
未だ新しく穢れを知らないソレは、ただの外気にすら敏感なまでに反応する。
「うぅ~・・・」
シャルティを睨みつけ、丸い瞳を潤わせたアイルが唸った。
「なんですかなんですかズルいですゾクゾクしましたっ!やるじゃないですかアイル!」
それを見た普通の少女であるシャルティは「ほうっ」と、評論家みたいな声で矯めつ眇めつ満足気にまくし立てる。
というのも。アイルの頭には、人間の構造上あり得ない位置に――――――。
「わぁっ!やっぱり似合いますね、わたしのネコ耳!」
――――茶のネコ耳が生えていた。
シャルティ・クーレには、他者から視認出来ないネコ耳が生えている。
理由は知らない。
自意識が芽生えた頃からそうだったので、シャルティはそういうものだと認識している。
また同じように。頭上に獣の耳が付いているのも人間が持つ個性の一環だと考えている。なにせ周囲の人間は皆一様に右目を失っていたのだ、それと自分のネコ耳にどれだけの違いがあるだろうか。
つまり森の中に木を隠せ、ということだ。
異常性の只中にあっては、他のどんな異常性もモノクロに色褪せた。さながら霧に惑わされるように、天国は如何なる不条理をも許容した。
――――無論。禁忌に背かない限りは、という条件付きだが。
したがってシャルティには人並み以上の聴覚が備わっている。
加えてそのネコ耳には四つの性質があり――――。
「うわぁぁぁぁぁばかぁぁぁぁ!シャルはボクにイジられてればいいのにぃぃぃぃぃぃっ!」
「イヤですよ!?どこ行くのですかアイルーーー!」
アイルが『鉄の泉』の畔から逃げ出し、二十メートルも離れた瞬間。
「あーっ。戻っちゃいました」
ぴくッ。
座り込んだシャルティ白髪の中には、同色のネコ耳がシュンと力なく項垂れていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ネコ耳の性質
1、対象の頭に触れることでネコ耳は移動する。
2、対象と二十メートル以上離れた瞬間に解除される。
3、不可視。
4、対象者には、永遠に不可視が適用されない。
以上。是即ちネコ耳は神。
女の子を撫でるだけで惚れさせる一級フラグ建築士が、ナデポ。
撫でるだけでネコ耳にするのが、なでネコ。