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偽悪のネコ耳魔法少女  作者: しわ
第一章 夢幻遊園濃霧森林カヴト
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第二十話 “突発性ネコ耳症候群”

 

 元来た道を戻り、左の道を選び直す。

 重い血の匂いは濁った唾液の匂いに変質し、気泡のように木目から次から次へと湧き出てきた。芯まで染み込んでいるんだろうと、ポッドが言った。


 木が張り巡らされた薄暗い道は、やはりと言うべきか二足歩行の歯茎が一気に増え、足取りは遅々として進まない。そんな狭い通路には二人の少年の声だけがぼそぼそと聞こえている。


「この歯茎の“親”が蜘蛛なのかな?」


「いや、そうじゃないと困る。()()()ことになる」


 まず歯茎に“親”と“子”がいると仮定する。

 しかし、それでは右の道で“子”が現れない現象を説明出来ない。あの円形ホールにいたのは一匹の“親”だけだった。当然“親”がいれば“子”もいるのが自然の摂理だというのに。

 対して左の道は“子”が大量に現れる。当然こちらにこそ“親”がいると考えられる。


「自然の摂理の上では、な。魔女の縮尺を常識で計っても無駄骨だぞ」


 考察を語った上で、ポッドは素知らぬ顔を装い、あえてもう一つの可能性には言及しなかった。乱暴に唾液を踏みつけて水飛沫を飛ばし、足早に道を急ぐことで、自然な流れで話題を断ち切りにかかる。


「じゃあ。アレも“子”かもしれないですよね」


「「・・・・・・」」


 半ばで切断された言葉が強制的に繋ぎ合わされる。アレと言葉は濁すが、少女の清涼な声は暗闇に溶け、彼らの胸中に仄かな影を覗かせた。その可能性は想像するのも恐ろしいが、覚悟がない状況で対面するのも恐ろしい。


「可能性の話ですけどね」


 ただの推測で、根拠もなく。あり得ないことはない、そんな可能性だ。

 酷く退屈そうに、シャルティが拗ねた声で言う。


「なに怒ってるんだよ」


「わたしは忘れてませんからね・・・にゃ」


「はぁ・・?」


 あろうことか、少女の気持ちなんて知りもせず、不思議そうに瞬きをしたポッドが抜け抜けと問う。


「昔、ポッドさんが言ったこと!・・・にゃあ」


「・・・? なんか言ったっけ?」


「んな!?」


 曰く、加害者は忘れても被害者は忘れないという。シャルティはギリギリと歯軋りして、怒りで顔が沸騰しそうになる。感情を反映するように毛も逆立った。


「あざといって言った! すっごい笑った! これが本当のわたしなのにっ! うにゃあああああああああ!!」


 ―――まだ森に来たばかりの頃。

 甦る五年前の黒歴史。まだシャルティは四歳、右も左も分からない状態で、新しい場所が怖かったのだろう。よくミエーレの背中に隠れて森を散歩していたらしい。そこで初めて会ったポッドが、今も昔も変わらぬ姿でこう言ったのだ。


『ぶりっ子あざとすぎわろた』


「ぐああああああああああああああああっ!!!!」


 今でも鮮明に思い出せる衝撃的な出会いだった。

 怒りはなく、ただビックリした。このイタズラっ子のせいで、シャルティは初めて人間に悪意を持った。それが悔しくて憎くて、毎夜枕を涙で濡らしたものだ。


「あ。なんか懐かしいと思ったら、これ昔の可愛かった時のシャルだ」


「今もぜんぜん可愛いんですけどっ!・・にゃあ・・・・」


 もう嫌になる。あんなに元気だった耳も、徐々に力なく沈んでいく。

 自意識では静止しているが、言葉が活性化した体に引っ張られてしまう。せっかく苦心して口調を強制していたというのに、これでは台無しだ。


「あー。・・・あー?」


「ホントに覚えてないんですか!?・・んむっ」


 唇を噛み締めることで、語尾を押し潰す。

 ポッドがあーあー言って腕を組み、何かを思い出したように目を見張る。


「さっぱり」


「こいつ・・・」


「まあ敢えて今の感想を率直に申し上げるなら」


「はい?」


「ぶりっ子あざとすぎわろた」


「絶対覚えてるじゃないですかぁ!!・・・ん・・・にゃ」


「はははは全然我慢出来てねぇなっ!」


「ぐぎぎぎぎぎぎ・・・・っ!!」


 一つだけ釈明。シャルティは口を“もにょもにょ”させて、なんとか言葉を切ろうとしている。だがどうしても、手の届かない場所がむず痒いような、そんな気持ち悪い感覚が邪魔をする。落ち着かなくて耳がそわそわしてしまうのだ。


「だから敬語を使ってるんじゃないですかぁ・・・・」


 そして少女は語尾を我慢するために敬語を勉強した。その努力の甲斐あって、最近ではすっかり鳴りを潜めていた。


「バカにされないようにって、頑張って・・・・にゃ」


 努力が報われないことなんて多い。それでも自分だけはずっと自分を見ていて、だから余計に悲しくなってしまう。


「つい出ちゃうんですよぉ・・・なんで笑うんですかぁ・・・にゃぁぁぁぁ」


「ああっ、いいよシャルかわいい! ほらもっと・・・!」


「―――きらいですっ! ・・・にゃ。ああああああああああもう!!」


 キッと睨みつけ、すぐさま自己嫌悪に陥る。もはや歩く黒歴史製造機だ。やがて諦めたようにため息をして、二人の後ろでシャルティがとぼとぼと歩き出す。


「・・・それで。その体は?」


 探るような視線が向けられる。ネコ耳、針の細さの瞳孔、伸びた八重歯、顔を出す爪、生えた尻尾。およそ人間の特徴からズレた容姿が、淡い青光に照らし出される。


「強まっているんです。分かりますよね、こう・・・ネコ(りょく)が。おかげで口調まで影響が出てきて・・・・」


「ねえ待て待て待てまって」


「・・・ネコ力?」


「?」


 きょとんと、瞳を丸くする。

 なにを言っているのだろうと、シャルティは思う。


「誰にでもあるじゃないですか、ネコネコ細胞」


 当然のように少女が首を傾げ、当然のように二人の少年が首を傾げる。


「そんな可愛らしい細胞、俺にもあるのか?」


「ええもちろん。全人類にネコ耳の適正があるのですよ?」


 いつか世界がかわいいもので埋め尽くされたら幸せだろうな、とシャルティが瞳を爛々と輝かせる。


「なぁアイル。こいつなんとかしないとヤバい奴なんじゃねぇかな」


「頑張ってなんとかした結果がこれだから諦めた方がいいよ」


「む・・・」


 少年らの呆れた声に文句の一つでも言ってやりたいが、これ以上話を広げる意味を考え、無言を貫くことにした。自分でも上手く説明できる自信がなかったのが理由だ。()()だから()()なる、としか言いようがない。


「まあ、突発性ネコ耳症候群みたいなものです」


 視界の端で強い光を察知すると同時、適当に会話を閉じる。曲がり角を過ぎれば、通路の終わりまで幾ばくも無い。今までの傾向で言えば、恐らく円形ホールに出るはずだ。


「音は?」


「ええ・・バッチリです」


「それって悪い意味だよねぇ・・・」


 これ以上戻ることは出来ない。戻ったところで小型歯茎が待ち受けている。

 ましてや右の道は論外。

 だからあの化け物が待ち受けていようと、必然的にここを進む他ない。


 音を殺して忍び足。内部の様子を伺えば、そこにはやはり鎧の山が積まれていて、光は反射して幻想的な光景を生み出している。その中には予想通りに歯茎蜘蛛がいて――――潰れた虫のように死んでいた。


「・・・・え!?」


 四肢ならぬ六肢は尽くが削ぎ落され、前歯は半ばで折られ、歯肉が叩き潰され紫に変色し、内臓がさらけ出されている。山のような怪物には数多の切り傷が刻まれ、全身から大量の血を垂れ流し続けている。円形ホールは所々で傾き、歪み、軋み。まるで巨大な化け物が死を前にして、闇雲に暴れ狂ったような痕跡が残されていた。


「え?」


 理解不能。

 全力を尽くして逃げ切ることしか出来なかった、人知を超えた存在が倒れ伏している事実。


「・・・・!」


 ガチャガチャと金属の音がして、血の海から鎧が起き上がる。今までに見たものとは違い、血糊がこびりついた鎧には()()が入っていた。


「ヒト・・・です、か?」


 語尾が疑問形になったのは、()()の背が大きくて、手足が長くて、ゴツゴツとした筋肉が付いていたからだ。


「もしかして・・・」


 先ほど見たように、女性は成人しても体型が丸みを帯びており、子供の見た目と近しいものだ。だが男の場合はその例に含まれず、シャルティの目には別の生き物に映った。


「―――オトナッ・・・・!!」


 ポッドが憎々しく吐き捨てたのは、大人と呼ばれる、正しく成長した人間だった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 Filling Number 3


 ・【鉄の泉】


 有機物無機物を問わず、時間をかけて、この泉に触れたものを鉄に変える。原理不明。“泉から霧が発生していた”との目撃例が複数あるが真偽の程は明らかではない。



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