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偽悪のネコ耳魔法少女  作者: しわ
第一章 夢幻遊園濃霧森林カヴト
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第一話 “霧の森”

 

 そこは獣のような森だった。

 見渡す限り一面に巨大樹が乱立し、樹間を縫うように白い霧が漂う。


 耳を澄ませば、どこからともなく小鳥の歌い声が聞こえる。

 目を瞑れば、爽やかな冷たい風が朝を告げる。

 意識すれば、五感すべてが豊かな自然を伝えてくれるだろう。


 しかし霧によって光は遮断されており、木立からチラチラと伸びる影だけが太陽の存在を証明している。辺りの景色はようとして知れず、視界には薄く霞がかかる。シンと静まり返った世界を包む霧は、花嫁が持つ神秘的なベールのようだ。


 ここは“霧の森”。

 日夜を問わず、森の全域を霧が覆う神域だ。


 曰く、現世の楽園。

 曰く、()()()の天国。


 ゆえに侵入者は数知れず。


 しかし彼らの9割が森を抜けることが叶わず、脱出することも叶わない。“資格”がない者は前後左右の方向感覚が失われ、足元の感覚すら真っ白に塗り潰される。

 どれほど旅慣れた人物でも、この“万年霧”を前にすれば哀れな幼子と化すだろう。


 耳を澄ませば、どこからともなく罪人の呻き声がバラードを刻む。

 目を瞑れば、咎人の乾いた吐息がヒューヒューと風を作る。

 意識すれば、五感すべてが愚かな人間の末路を伝えてくれるだろう。


 彼らは夢を見る、温かな幻を見る。

 目的すら忘れ、手足が棒切れの細さに枯れ果てようとも。


『愛しき迷い子よ、無知なる小羊よ。―――汝、天を望むか』


 もしあなたが旅人なら、優しい“霧の声”に耳を傾けない方がいい。どうせ、いつかは彼らと同じになるのだから。


 ◆  ◆  


 ――――ぴくッ。


 朝露に濡れた草を踏む音に、柔らかな髪の中に伏せられていた両耳が飛び跳ねる。鼓膜を震わせるのは知らない歩調だった。


 一定のリズムを刻んでいた足音は、とある大樹を前にして止まる。幹の三分の一が空洞になっている、生きた家だ。()()は飛び跳ねてから器用にドアノブを捻り、手慣れた様子で室内へ侵入する。


「うぅ・・・・」


 藁の敷き詰められたベッドで、恐怖に体を震わせる少女がいる。

 シャルティだ。


 明日“成人の儀”を迎えれば十歳になる、白髪紅眼の少女だ。腰まで流れる白髪に埋もれるようにしてシャルティは息を潜めている。


「ああもう・・・・」


 これでは危険こそないが、問題の解決には至らないだろう。胸の内で舌打ちをして、シャルティが恐る恐る右目を開くと、目の前に()()はいた。


「まじまーーーーーーっ!!」


「・・・へ?」


 一瞬の錯覚、視界に小さな夜が差す――――()()は帽子を被ったネコだと思われた。光を飲むような夜色のネコだ。その瞳は金に染まり、深夜の雲間に浮かぶ月を連想させる。


「・・・なんですかコレ」


 霧の森にもネコは生息している。群れることは好まず、気まぐれ屋で小さくて、かわいい動物だ。シャルティが一番好きな動物でもある。


 だからこそ、()()はネコのような何かだと形容する他なかった。別に身体的特徴に差異がある訳ではなく、なんというかデフォルメされていて、むしろ特徴だけを捉えた形をしている。それはネコらしい何かと呼ぶのが正しいだろう。


「まじまじ」


 謎の生き物が腹の上で謎の鳴き声を発している。というかそもそもがネコの鳴き声ではない。


「どこから来たんですか?」


「まじま」


「まじ?」


「まじまじ」


「まじですか」


「まじまんじ」


「!?」


 うーん、とシャルティが首を傾げていると、半開きのドアから声が掛けられる。


「シャル・・・まだ寝てるの? はやく行かないと全部採集されちゃうよ・・・ってなにそれ」


 アイルだ。

 シャルティと同い年の男の子である。だがまだ二次性徴前であるためか中世的な顔立ちをしている。艶やかな茶髪、華奢な痩身の少年だ。


「マジマです」


「まじま!?」


 シャルティは考えた上で思考をすぐさま明後日に放棄する。分からないモノをいくら考えても答えは出ないのだ。


「何その名前・・・猫じゃないよね。翼がないから鳥じゃないし、イノシシみたいに体も大きくないし、虫の仲間?」


「まじ・・・?」


 マジマは疲れたようにグッタリと藁のベッドに項垂れる。しばらくすると鼻をスンスン鳴らし、その奥に隠してあった木の実を発見して上機嫌に齧り出した。


「まじっまじっまじまっ」


「わ。かわいいね、この子」


「――――」


 その木の実は『ストンの実』。茎を離れた瞬間が、最も果肉が柔らかくておいしい。反対に言えば、時間が経てば経つほどに硬くなるということ。

 『神気楼樹(しんきろうじゅ)』曰く、放置すればその強度は鉄をも超えるという。


「あれって半年前に隠したおやつなんですけど・・・・・」


「・・・・・」


 いけない、これ以上は考えてはいけない気がする。きっと金属の擦れるような不協和音が聞こえるのも気のせいだろう。


「はっはっは。今の内に早くいきましょう。ご飯が食べられなくなりますよー」


「なんかゴキグシャベリッて聞こえるんだけど・・・」


 知らない方が幸せなこともある、とは誰の言葉だろうか。

 そして最後の三日間が始まった。


 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 


 『霧の森』に住まう者は、衣食住を森と共にする。

 服は葉を加工したモノで、食料は木の実や果実などで補い、大樹の洞で生活するわけだ。


 とはいえこれらの恵はあくまでも共存関係を構築するための報酬である。森が人を生かすのは、それに見合ったメリットがあるからだ。

 『森の子』には、モノ言わぬ植物同士の調停を担う役割を課されている。


 では食料を手に入れる方法はというと―――――――。


「ほらやっぱり!シャルが遅いから、どの木も何もくれないじゃないか!」


「アイルだってマジマと遊んでたじゃないですかっ!」


 木々に『お願い』すればいいのだ。

 それは存在の根本から森と繋がっている『森の子』だからこそ出来る芸当。しかし一本の木が一日に生成できる恵の量には限りがあり、必然的に早い者勝ちとなる。


 一応のルールとして、採集は7時から9時までの間でのみ許可されている。ちなみに『お願い』という体裁を取っているのは、『禁忌第一条』に対する例外を示すため。


 現時刻は八時を越えただろうか。シャルティとアイルがいくら声を掛けても、木々はただ沈黙を携えるのみ。本来の植物としての役割を果たすばかりだ。


 霧によって二人の足音や衣擦れ、息遣いすらも吸い込まれてしまう。耳が痛くなる程の無音状態には、流石の『森の子』も辟易を禁じ得ない。


「あ、誰か来ますよ?」


 しばらくしてシャルティの耳は、前方から三人分の足音を感知した。森の子らは、なぜか特徴的な歩き方をするので簡単に判別出来るのだ。


「あれ。なんだ二人ともまだ採集してるのかい?」


「ちがうよリック!きっとシャルティが寝坊したんだぜ、だよなオシット?」


「・・・? うん! オシットもそう思う!」


 のんびり屋リックと、お調子者マウと、()()()オシットだ。


「あ、ズルいです!アイルが遊んでたのが悪いですよねー、わたし悪くないですよねーオシットさん」


「・・・?うん!オシットもそう思う!」


 オシットの特徴を利用して、シャルティは満面の笑みで自分の罪を擦り付ける。リスクはヘッジされるのが社会の縮図だ。


「・・・へぇオシット?」


「・・・?うん?オシットは・・・オシットは??」


 対して、アイルが血の凍りつくような笑みを浮かべる。賢しい小細工を叩き潰す圧力だ。


「…もうダメだってのに。オシットはゴミ箱に()()()を落っことして来たんだからさ」


「この辺りはおれらが採集しちゃったからな。行くんなら・・・ああ、東の森がいいぜ」


 マウとリックは言葉を残し、混乱するオシットの手を握って集落に連れて行く―――――左右のバランス感覚が曖昧である彼らの足取りは不思議と()側に偏っていた。


「うーん。やっぱり『神気楼樹』様の近くはダメだよ、もうみんなが採集した後みたいだ」


 長い息を吐いて、アイルが呆れたように言う。

 “森の子”は、“神綺楼樹”と呼ばれる巨大樹を中心に集落を運営している。したがって中央部に位置する“神気楼樹”から外周部へと遠ざかるほど、未採集の木々が多くなる。


「でもあんまり遠くには行くなって言われてますよね・・・。まったく、寝坊助の気持ちにもなって欲しいです」


「それは寝坊するなってことなんだよ・・・。それにほら『禁忌第二条』があるでしょ」


 シャルティはやけに大股でドンドン歩き、アイルは小走りでため息を吐く。

 これが二人の関係性だった。


 やがて周囲は雑多な森林帯へと移行する。東の森だ。


「あ。また近くに誰かいますよ。・・・これ歌ですね」


「やっぱり耳いいね。ボクには何も聞こえないけど」


「ふふん。ネコ耳なので。よゆーです」


 ぴくぴく、と両耳を髪の毛から出してアピールしてみる。そしてシャルティが目を閉じれば、霧の流れに乗った一縷のメロディーを捉えられる。


「――――――~~~~♪」


 霧で埋め尽くされる視界の中、その細糸のような音を頼りに、二人は歩き続ける。


「ここは・・・『ビックリ草』の群生地だね」


 生い茂る森の中にあって不自然に広がる空間。霧の森においてビックリ草は至る所で発見できるが、一か所に集中する場所は限られる。


「わっ」


 木立を抜ける刹那、霧をかき分けてサアッと風が吹き抜ける。朝露に濡れた涼しい春風だ。目の前に黄色い花弁が舞い、甘酸っぱい香りが漂っている。


「わぁ…」


 目を見開いた瞬間、世界に色彩が灯った。

 一面に広がる鮮やかな黄色い花畑。これは自然の中でしか生まれない黄色いカーペットだ。これまでに灰色の世界で慣れた瞳には、暴力的なまでの色彩だった。



「――――門から~五人の天使~~♪」



 風吹き花咲き乱れる中、それらの中心に座すは一輪の花にも似た少女―――――歌好きミルだ。 


 そして脱線しがちなミルの歌を、泣き虫カールが草笛で静かに軌道修正し、博識エキゾが木製フルートで調子を整える三重奏。


 彼女の歌声に合わせて、風の揺り籠に抱かれた周囲の花々は喜々としてワルツを踊る。その三者が作り出す空気は、一種の神聖さを醸し出していた。



「御使いが産んだのは~五つの天国~~♪ ・・・ってシャルティ!?アイルも!?」



「あ、おはよう」


「おはようございます!お上手ですね、エキゾさんもカールさんも!」


 感動したシャルティが、キラキラとした純然たる尊敬の眼差しを向けると――――。


「・・・っ!ぅ、うぅぅぅ~~~~~~!!」


「カール!? どうして急に泣いて・・・ああ恥ずかしいのか! 君は他人の目が恐ろしいのか! この泣き虫め!」


「う・・・うわぁぁぁぁぁん!!」


 泣いた。ガチ泣きだ。

 カールが泣き、ミルが宥め、エキゾがブチ壊す。負の連鎖は留まることを知らない。


「・・・すみません。さっきまでの一体感はどこに行ったんですか」


 こと歌に関わらないと、全く噛み合わない3人だった。逆に言えば、彼ら不協和音を繫げているのがミルの魅力なのだろう。


「ねぇシャル。帰っていいかな」


「ダメですよ。どうして地雷原にわたしを置き去りにしようとするのですか」


 何だか余所余所しいアイルの服に爪を立てて、食い込ませる。

 ギリギリ。


「知らなかったなぁ、袖クイってこんなに圧力を感じるモノだったんだね」


「ふっ。精神的に重くない女の子はいないんですよ? それは男性の理想というものです」


「女子はバカみたいに体重を気にするんだから、そろそろ精神のダイエットでもした方がいいんじゃない? ほらほら」


 …こいつ。

 表情筋が、笑顔の形のままで硬直した。


「あ…! いいこと思いつきました」


「なに?」


「『贅肉を落とすなら精神から』という名目で、受講者の人格を徹底的に破壊するダイエット講座です」


「…それ涙で水分枯渇させただけじゃない?」


「まさに、全米が苦痛に涙した―――ですね」


「・・・まあ、魂はアメ玉ひとつ分の重さらしいし、あながち間違いではないかも」


 講師はストレス解消、受講者は痩せられる。あっれ。これ最高にwin-winの関係では?

 やばい早く特許取らなきゃ!


「・・・というかミルさんの眼帯すごい可愛くないですか!?」


「あ、でしょでしょ! カールとエキゾが作ってくれたんだー」


 ―――だが年頃の少女たちにとっては、そんな下らないコトよりも可愛いモノの方が優先的だった。


 クルクルと入れ替わる話題に夢中な少女らの視界には男子たちの姿はない。アイルの「女子はわからないなぁ・・・」という呟きも認識されることはなかった。


「この眼帯って“ビックリ草”の花ですか?」


「うん、ここはいつも一個だけしか採集させてくれないの。それを二人が何日もかけて集めて、編んでくれたのよ!」


「すごいですねぇ、触ってもいいですか?」


「ふふっ、いいよー」


 手渡された眼帯は、手作りで拙くはあるけれど。

 花のように小さくて、可愛らしくて、見る者すべてを癒す、愛が詰まっていた。


「ああ、この森に来れて・・・幸せだなぁ。幸せ過ぎて、怖いなぁ……」


 夢が覚めるのを恐れるようなミルの儚い笑顔には、花のように小さくて、可愛らしくて、見る者すべてを癒す――――――穴が空いていた。

 右の眼球が埋まっているはずの空間からは、人間という皮を被った獣の内側が透けて見えた。


「んっ…」


 眼帯から解放され新鮮な外気に触れたミルは、こそばゆい感覚に肩を震わせて敏感に反応する。


 脈動する生々しい肉。ぐちゃぐちゃと蠢く血管の密集地。絶世の美少女と称して憚りない造形美に、ポッカリと空いた漆黒が、その調和を再生不可能なまでに破壊している。


「うわぁ、うわぁぁ・・・・!!」


 シャルティは熱の籠った息を発し、両の赤眼を見開き陶酔に更ける。頬を染め、燃えるような瞳を爛々と輝かせた姿はいじらしい乙女の理想像だ。


 ああ、だって、本当に、嘘みたいに、なんて。



「―――――右眼窩(がんか)が最高にかわいいですっ!」



 少女は憧れている。自分にないモノに、自分にあるモノに恋焦がれていた。


 頭蓋骨に空いた眼窩の存在は気高く、蠱惑的な魅力を辺りに撒き散らす。光を通さない黒濁は、ミルという少女にミステリアスな雰囲気を纏わせた。


 他の森の子と比べてもミルの眼窩(がんか)は特別で、真円もかくやの美しさを放っている。

 だからシャルティは、歌好きミルが大好きだった。


「はぁ…。まぁるい形は女の子らしいですし、まるで空に飾られたお月さまみたいです」


 シャルティは両手を頬に当て、熱に浮かされたようにうっとり見惚れた。


「・・・ありがとう」


「羨ましいですっ! 明日の『成人の儀』を執り行ったら・・・・。わたしも・・・・!!」 


 霧の森では、十歳を迎えることで正式な森の子となる。それは自分という個体が認められたことの証左、シャルティにとっては待ち遠しい行事であった。 

 ああ、早く明日にならないかなぁ。


「・・・ねぇシャルティ」


「はい!」


 唇を開いて、閉じて。その繰り返しをたっぷり五秒も続けた後、ミルがおもむろに口火を切る。








「ホントウニソレデイイノ?」









「……?」


 ミルの質問が意味するのは『良いか』であり、『善いか』であり、『好いか』を問うモノだった。あるいは世界の是非を、善悪の価値観を問うモノだった。


 その訳が分からない一言一句は、随分ゆっくりとした電気信号でシャルティの脳内に染み込んでいった。


「ちゃんと・・・考えた方がいいってこと。私達と違ってあなた達は・・まだ、森を出られるんだから」


 ミルが左の目線を落として、ボソボソと言う。


「・・・? わたしの居場所はここですよ?」


「そうじゃ、ないの。あなたが外から来た時、五年前、私達がどんな姿だったか覚えてる?」


 わからない、ふるふると顔を横に振る。


「答えは、不変」


 わざわざミルが勿体ぶって言った割には、その答えは大したコトでもなく、言ってしまえば拍子抜けした。


「ふふっ。そんなの霧の森では普通じゃあないですか」


「・・・そう、そっか」


 ――――森の子は夢幻の中で生きている。


 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 霧の森、禁忌四カ条。


 第一に、自他に関与する徒な傷害を禁ず。

 第二に、境界外への出入りを禁ず。

 第三に、肉の摂取を禁ず。

 第四に、性交渉を禁ず。


 以上悪しからず。


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