第 8話 2年前のあれやこれや ②
そこには、女の子がいた。白い着物だか布だかを身に纏い荒縄で縛り付けた、尋常じゃない姿をした、可愛らしい童だ。
店長が手招きをすると、ひょい と社の角に引っ込んだ。しばらくすると、また、ひょい と顔を出す。
「 ルー ルールールールー 」
「 ちょっと店長 キタキツネを餌付けしてるんじゃないんすからね 怒られちゃ … お前も近づいてきてんじゃねェーよ 」
店長の声に、社の角から出てきて、女の子は警戒しながら距離を詰めて来る。てか、この子 今どうやって近づいた?歩いた?女の子の動きに違和感を覚える。
「 かの賢人 ”ムツゴローさん” を舐めるなよ 」
「 それって ムツゴローさんでしたっけ 違ったような 違ってないような 」
気がつけば女の子は、私達の目の前まできていた。
その可愛らしい瞳は、お弁当をロックオンしっぱなしである … ゴクリ
私達は、二人の間にスペースを作って、そこに女の子をちょこんと座らせる。私はウエットティッシュで女の子の小さな手と足を拭いてやった。最初は、ビクリとされてたが、足を拭くときには自分から差し出してくれる。その仕草がなんかかわいい。足の裏は思ってるほどというかまったく汚れてはいなかった。ただ、しっとりと冷たい感触が伝わる。
彼女の肌はしっとりとしていて、そして冷たかった。
私は半分ほど食べかけのお弁当を彼女の前に差し出した。戸惑っているようだったので、卵焼きを箸で彼女の小さな口に合う一口サイズに切って箸で摘んで( あ〜ん )( パクリ )ぱっと花が咲いたように堅かった彼女の顔がほどける。よっぽどお腹が空いていたのか、私のお弁当は一瞬で空になる、店長が食べかけのお弁当も渡してくれたので そちらも同じように食べさせてあげた。彼女は小さな口の前に差し出されるもの全てを …
丸呑みにしていった。まるで、蟒蛇のように。
「 ちゃんと噛んでる お腹痛くなっちゃうよ 」
残ってたお弁当をすべて平らげてしまった。食べかけとはいえ、二人分合わせてお弁当一個以上はあったと思うのだけれども。
「 ツクヨ君 お供えのお饅頭開けてあげなよ 女の子は、甘い物は別腹なんだろう 」
言われた通りに、お供えしてた和菓子の箱を開け、お饅頭を二つに割ると餡子の甘い香りがふわぁと広がった。彼女の顔がぱっと華やぐ( あ〜ん )( パクリ )
お饅頭を三つほど平らげようやく満足した顔をした。
「 ささ 」
女の子は、お饅頭を食べおわると、お供えの日本酒の五合瓶を指差し声を出した。可愛らしい声だった。ささとはお酒の事だろうか。
「 これはいけない 飲み物を忘れてた 余分に買ってたお茶どこだっけ 」
「 あっ ありますよ 待って下さい 」
私は、ペットボトルのお茶のキャプを開け、彼女の小さな手に渡した。一瞬だけ恨めしげに五合瓶を見遣り、お茶を手にした。最初、戸惑ったようだったが、飲み口に口をつけると、小さな両手で抱え込んでゴクリゴクリと飲んでいった。
「 お前ら 村から来たのか 」
それは、可愛らしいくも綺麗な声だった。
彼女の突然の問い掛けに思わず戸惑う、店長に目を遣ると、なんとなく困ったような顔をして意味ありげに見返してくる。
「 違いますよ 旅の者です 」
「 名はなんと申す 」
「 私は鳥…
「 こっちのおっちょこちょいな娘はツクヨ 僕はユウリです 」
おっちょこちょいと紹介された事より、ツクヨと呼び捨てられた事に妙にドキドキして顔が赤らんでしまう。なにをやってるんだ私。
それより、なぜ遮った。わからない。
だけど気付いている。今、この場所、この時間は日常じゃないって事くらいは、ここは慣れ親しんだ日常の外側だ。
「 なぜ 村の者達は誰も来ん 」
「 村は もうないのです 」
「 そうか 」
「 はい 今いる人達は別の人達です もう 村は無くなったのです 」
「 無くなったのか 」
「 淋しいですか 」
「 ……………… 」
それから、私達は…
遊んだ。影踏み鬼に隠れんぼ、木登りにしりとり遊び、棒倒し、スマホゲームもした。3人でケタケタ笑いながら、おもいっきり遊んだ。
歌を歌った。彼女が唄ってくれた。可愛らしいくも綺麗な声で、美しい歌だった。豊年を祝う唄だと店長が教えてくれた。教わりながら3人で声を揃えて歌った。
そして、語らった。
ここは関東近郊に位置する農村部のとある村、いや違う、かつて村だった場所である。今でも農業が営まれてはいるが、かつてのそれとはやはり違う。
その場所にある鎮守の杜のその奥の小さき社に座すもの。かつて村を護り恵みを齎し災厄を祓った村の守り神。その名は…
すでに、失われていた。呼ぶものがなければ失われてしまう。当たり前の事だ。
ここにも、かつては人が訪れていた。新年を祝い、豊年を祈り、実りに感謝した。唄や踊りや酒が捧げられた。子供らの遊び場でもあった。共に見守り、共に悲しみ、共にに喜んだ。すべてが共にあった。
黒い大きな鳥が訪れはじめてから人がだんだん来なくなったらしい。「 B29だろうね この辺は 関東空爆のルートに入っていたんだろう あの戦争がこの国の総てを壊した 」店長がそう言った。
そして、誰も来なくなり…忘れられた。
たまに、お山に入る人はいるらしい、たぶん巡回かなんかだろう。ただ、入って出て行くだけだった。
ふと気がつくと日が傾いていた。
「 おっといけない 僕らはそろそろ帰らないと 」
「 ダメじゃ 」
…ゾクリ
空気がピンと張り詰める。
「 店長 …
私は続けるべき声を見失う。
「 ツクヨとユウリはここにいるのじゃ 」
「 私達には 帰らねばならぬ場所があります やらねばならぬ事があります ヒメとここに止まることは出来ません 」
店長はピシャリと言う。
「 イヤじゃ 」
「 ヒメちゃん…
「 また来ます 必ず 」
そう言うと店長は私の手を取りぐいと引き山を下り始めた。私はどうしたらいいのか分からずに泣いていた。
「 ツクヨ 振り返るな 」
彼は言った。
私達が山を降りると、お地蔵さんの前には、山頂に置いてきてたはずの荷物がまとめられていた。
車に荷物を積んで、来た時とは逆向きにお地蔵さんに手を合わせた。お地蔵さんの数は6体だった。
帰りは店長が運転した。
「 すまんツクヨ君 こうなる事はわかってた わかっていたがどうにも出来なかった 」
「 …また 彼女に会えますか 」
「 いや そもそも会うべきではなかった これは僕達2人が体験した不思議な話 それ以上でも以下でもない この話に続きなんてあっちゃダメなんだ 2度とあそこに行ってはいけない 約束してくれるか 」
「 …わかりました 」
この後、店長に泣き顔を見られたくなかったから寝たふりをした。
それからは、2人の間でこの時の話題にふれられることはなかった。
これが、2年前に体験した不思議な話だ。ちなみに ”ヒメ” というのは、呼び名がなかったので私達でつけたあだ名みたいなものだ。その女の子は、お姫様みたいに可愛らしかったから。
なんか足速すぎて単なる下書きの説明文みたくなってしまったかな。難しい。