第 5話 右に左にあれやこれや
三刀小夜は、母 真月の命日に必ず訪れ 私と語らい 帰っていった。別に線香をあげる訳でもなく、仏間にすら立ち入る事もしなかった。車田さん曰く ”真月様との約束を果たす事しか叶わぬ 哀れな女にございます” だそうだ。母と交わした約束とは、いったいどんなものなのだろうか。ものすご〜く気になるのだけれど、なんだか訊いてはいけない事のような気がして、悶悶としてしまう。
私が幼なかった頃の小夜の印象はとにかく ”こわい人” だった。野獣じみた美しさがより一層私をビビり上がらせた。しかし、屋敷の皆の何処か腫れ物を扱うような遠慮がちな態度とは、明らかに違う あけすけに容赦ない接し方は、いつしか ”こわい人” から ”頼ってもいい人” へと変わっていた。母親という未知の存在を彼女に投影してたのかもしれない。
「 ところで 海乃 どうだった 」
「 バッチシっスよ 班長 」
「 よし 夏号は 旧渋谷特区でいくぞ 」
「 旧渋谷特区って焼ケ野原のことですよねえ 」
「 ああ 今から14年前に大火炎に呑み込まれた かつてのこの国の象徴的町 渋谷焼失 その真相はいまだ高い壁の内側だ 」
旧渋谷区特別立ち入り禁止区域。通称 ”焼ケ野原” 高さ114mのコンクリートの壁に囲まれた かつての大都市である。
海乃が取り出した写真には上空から撮影された建物が写っていた。
「 何ッすか 神社かなんかみたいですよねえ 」
「 爆心地にある龍を祀る社ッすよ ここに眠るのは、戦後最強のパイロキネシスの使い手 龍の巫女 ”レイ様” 以外ありえないィィィ 」
「 はあぁ … 」
「 サイキッカーだ 戦後日本に暗脈したナゾのサイキック部隊とファイヤースターター・レイが14年前の渋谷で激突した サイキックバトルが勃発したんだ いけるぞ海乃!」
「 はい班長 レイ様 まってて下さいよ 海乃大洋がいままいります 」
「 あのぅ お2人で熱く盛り上がってるところなんなのですが 老朽化した下水施設から長年に渡り汚染水が地下を浸食し続けて可燃性の有毒ガスが発生 それが一気に地表に噴出して大火炎を引き起こした みたいな話じゃなかったですか 学校で習いましたよ 」
「 ツク そんな話し信じているのか あれは政府の隠蔽だ だいたいガス爆発で町ひとつが消し飛ぶわけないだろう 」
「 超能力者1人で消し飛んじゃうのもどうかと思うんですけど 」
ちなみに、この ”レイ” というサイキッカーは実在した…らしい。炎を操りお弁当なんかを温めたりなんかしてたとかしてなかったとか。とにかく謎の多い女性で以前から百目奇譚の常連さんなのだ。前の特集では、終戦間際、飛んでくるB29を港から焼き払っていた。
「 ところでツク、お前まだあのニコニコマートは辞めないのか 」
小夜にあまりにも唐突に話題を切り替えられ「 へっ 」と間抜けな声を出す。
「 うちも殿様が役立たずのうえ使い物にならない以上 お前にはフル戦力になってもらいたい 」
「 それは … 」
「 なにより あの男は胡散臭い お前をあの男の側には置いておきたくないんだ 」
「 俺もそう思うッス あのロンゲ野郎 超あやしいし 」
2人は面識はないはずだ。
「 ニコニコマートじゃなくてセブンスマートですよ それに店長のことですか どうして2人が …
「 実は お前が3年前 あそこでバイトを始めた時 じいさんに頼まれて調べたんだよ 悪く思うな 」
おじいちゃんが …
「 少々 過保護すぎるとも思ったんだが お前のこととなれば 私も同じだ 」
サヤさんも …
「 まあ じいさんには問題ないと報告したが 少々気になる事がある まず 経歴がイマイチよくわからん そしてもう一つ ”ウリンバラ” やつは此処ぞというとこでこの名前を名乗る 」
「 えっ?」
小夜の言葉の意味がわからない。
「 ウンバラバ?」
海乃も続く。
「 ウンバラバではない 右の鈴原と書いてウリンバラだ 」
違う …
「 鈴原姓は沢山あるが 右を名乗る鈴原は一つだけだ ”みぎのすずはら ひだりのさはら” 」
「 なんすかそれ なんか歌の歌詞みたいッスね 」
「 みたいではなく歌なのだよ 江戸時代に歌にまで謳われた剣の名家の一つなのだよ どうしてやつがこの名を名乗るのか知らんが やつの戸籍上の名は 前角悠吏だ 2つ名を使い分ける人間なぞ大きく分けて2種類だろう 頭が中学二年生のおめでたいやつか もうひとつ戸籍自体が偽物か 私は後者と睨んでいる 」
「 そんじゃ やつは剣豪の末裔でなんかの理由で偽の戸籍を使用してるって事ですか 」
「 いや 右鈴原の家系は戦後絶えている 」
「 なんか訳わかんないッす もう警察届けちゃいましょうよ 」
小夜がチラリとこちらを見遣る。
「 やだなぁ 2人とも何言ってるんですか あの人 中学二年生どころか 頭 小学三年生くらいですよ 冗談よして下さいよ 」
「 まあ 鳥迫の財産を狙っているわけではないだろうし ツクに危害を加えるようにも思えんのだが とにかく胡散臭いやつだ あまり深入りはするな これは忠告ではなく班長命令だ 」
「 ラジャー!」
違う。
違う。
違う。 彼の名は …ササハラユウリ。ひだりのさはら。左々原悠吏だ。
なぁんだ、忘れてなんかないじゃないか。忘れるものか。だって、彼が、彼が、彼が、彼が、名乗ってくれた、大切な名なのだから。忘れてなんかやるものか。
「 どうにしろ うちの方は夏号に向けて忙しくなる こちらに比重は置いてもらうぞ それは構わんな 」
取り乱した事を悟られてはダメだ。
「 もちのロンでやんす 姐御 」
「 それとお前 じいさんに何か言われてるだれう 」
「 …… 」
「 隠す必要はない じいさんにお前の力になってくれと言い遺されている 」
「 えッ でも 」
海乃をチラ見する。
「 こいつなら構わん 支障がでたら車田に処分してもらうから問題ない 」
さらりと言う。当の海乃はどこ吹く風でニコリと返す。
「 さあ 聞かせてもらおうか 鳥迫一族の門外不出の秘め事とやらを 」
前書きは書くことないのでもうやめることにしました。
今回は、いろいろ詰め込み過ぎたかな。伏線という訳ではないのだけれど、話が散らばりすぎないように気を引き締めたいと思います。ではでは