第40話 鳥殺しの唄 nocturne
「 毒が来るぞシェルターに隠れろ 」
ユウリの声に私とユキはトーマに肩を貸しシェルターに避難する。ユキが少し離れたユウリにガスマスクを投げて渡した、私はシェルターの入り口で。
「 ユキちゃん 私も行ってくる 」
「 ダメよツクさん ここでやり過ごせばいい 店長は私がブン殴ってでも連れて来てあげる 世界なんてどうなったっていいじゃない 私たちに関係ないわ 」
「 私は鳥殺しの月夜 その為に今ここにいる これは最初から決まっていたことだと思うの じゃないと私は意味を失ってしまうわ 」
「 そんなことない ツクさんはツクさんよ 意味なんて後から私がいくらでも作ってあげる 」
「 ありがとうユキちゃん でも行かなくっちゃ じゃないと私の呪いは終わらないの 鳥追いの呪いは 」
私はシェルターの扉を閉めて開かないように封を施した、これなら毒も入らないしユキも出てこれないだろう。
「 月夜 いいのか 僕と死ぬことになっても 君は死なない選択も出来るんだよ 」
「 ユウリと死ねるなんて素敵です 」
「 わかった じゃあ一緒に生きよう 」
「 はい その方がもっと素敵です 」
「 マスクはいいのか 」
「 大丈夫です あいつの天敵ですよ 耐性は持ってます ユウリは大丈夫なの 」
「 なに言ってんだ ちゃんと耐性はもらってるよ 君の血の味は今でも口に残ってる 」
「 ちょ ちょっと 何言ってるんですか お 思い出しちゃうじゃないですか やめてくださいよ 」
「 ツクは可愛いな そろそろ来るぞ 」
「 … はい 」
穴から黒い羽毛のようなものが吹き上がり霧状になる、そしてその下からそれが姿を現した。
それは黒い木の根のようなものに覆われている、木の根のようなものは常に形を変えながら伸びたり縮んだりくっ付いたり離れたりして液体なのか固体なのか判別出来ない。まるで触手のように動き続けている。
なんだか鳥籠のようだ、そして、その鳥籠の中には、踏み潰して赤い中身がはみ出した鳥の死骸のようなものがワイヤーに絡まりバサバサと羽ばたいていた。
「 さっきと随分形状が違うな 」
「 卵が孵って雛になったんでしょう 」
バサリと羽ばたく度に羽毛のようなものを撒き散らす。そして黒い霧になる。
コォォォォォッ
鳥が舌を突き出して鳴いた、と同時に百の目がギロリと見開かれた。
「 おいおい どこが結晶体だよ 話が違いすぎるだろクニガミ ツク離れるなよ 」
「 はい 」
鳥籠の前面が開かれそのまま触手となり氷柱のように降り注ぐ。
ドドドドドドッ 寸での処でユウリに抱えられ後退し難を逃れる、さらに追撃して来た1本をユウリが左手の刀で斬り落とした。斬り落とされた触手は黒く霧散する。
「 硬質化と液状化が自由に出来るのか 切り離せば無力化出来る 削っていくしかないか しかしデカすぎるぞ 月夜 なんかないか 」
「 えェェ でも削ったら全部ガスになっちゃいますよ それじゃあ元の木阿弥ですよ 」
「 そうだよな でツクの肩の上の子達はだいたいなんなんだ なんかの役には立ってくんないのか 」
「 四月と㮈虎ですか お母さんを応援してくれてますよ お話し出来ればいいんだけど 」
「 そうか とりあえず僕にしっかり掴まっていろ 向かってくるものは総て斬り落とす 」
コォォォォォォォォッ
鳥はバチバチと絡んだワイヤーを引き千切り、洞穴の壁画に触手で体を固定してから真っ赤な舌を突き出した。
上からもの凄い音と振動が伝わる、おそらくクレーンが倒壊したんだろう。
鳥は百の目で私達を見据えている、まるで憐れむかのように、そしてゆっくりとニタリと嗤った。
それから触手による猛攻が始まる。
私は邪魔にならないようにユウリの背中に掴まった。ユウリは前から横から突き刺さってくる硬質化した触手をことごとく斬って捨てる、が、このままではどう見ても手詰まりだ、どうにかしなければ、この緋い小太刀は何故抜けない、役立たず、ユウリの力にならなきゃなんないのに何故抜けない、ユウリのために、ユウリのために、ユウリのために。
ガン ユウリの手から刀が弾かれた。
「 クソッ 」
3本の触手がユウリを今にも捕らえようとしている。
ダメッ
パキッ
その瞬間、時間が青白く凍りついた。
ユキが停止させたんだろうか。
肩の上て四月と㮈虎がゴソゴソしている、動けるんだ、それなら私も。
弾けるように静止した時間が砕け散っていく。
凍結した時の中でそっとユウリの背中から手を回してぎゅっと抱きついた。
「 君が止めたのかい 」
「 ユウリ 」
「 僕はここまで深くは潜れない ユキが静止させたならユキが触れて同期してないと僕は動けない 今僕に触れているのは月夜だ だから僕を離さないでいてくれるかい 」
「 はい 」
そのままユウリの横に回り込んだ、抱きついたままだと手に持った小太刀が邪魔だ、とその時。
「 ありゃ なんか小太刀が抜けちゃいました 」
「 そういう事か 抜けないわけだよ そもそも時間が違うんだからね この限り無く静止した時の中でのみ使用する為に存在する それが鳥殺しの小太刀なんだ 」
「 じゃあ 」
「 ああ 君なら殺せる いや 君にしか殺せない 」
「 一緒にやってくれますか ユウリ 」
「 当たり前だろ 」
私とユウリは2人でお互いの体にしっかりと手を巻き付け、空いた方の私の右手とユウリの左手で小太刀を握った。そしてユウリの目の前まで迫っていた触手に振り下ろす。すると触手はすとんと斬り落ちた、霧散する事もない。ユウリは落ちた触手を穴へと蹴り落とした。
「 こりゃいいや 小太刀で斬り取られた物は動かせるのか ツク 小太刀をしっかり持ってて 」
そう言うと、私の体を両手で抱き寄せる、私の足は宙に浮いてしまった。
「 行くよ 」
ユウリは私を抱えてひょいと触手に飛び乗る、とそのまま醜い黒鳥まで風のように駆け上がる。軌跡には砕け散った時がキラキラと舞ってゆく。
「 さてどうする 」
「 とりあえず コォコォうるさいこの舌をちょん切っちゃいましょう 」
「 そりゃいいな 」
「 ユウリ 知ってる 舌を切ったら御礼に葛籠が貰えるんですよ 」
「 また葛籠か 欲張りだな月夜は 」
「 はい 私は欲張りなんです こんどこそはおばけじゃない方の葛籠を選んでみせます 自信があります 」
「 めいいっぱいフラグ立ちまくってんだが大丈夫か 」
「 失敗したらユウリがまた助けてくれるから大丈夫です 」
「 はいはい じゃあ始めますか 」
「 はい なんかケーキ入刀みたいですね 」
「 初めての共同作業にしてはグロすぎるんだけど 」
それから私達は鳥の解体を行なった。小太刀は豆腐を切るように鳥を裂いていく、舌を切り目を潰し首を切り裂き触手を斬り落とし翼をズタズタにしてやった。
「 やはり本体は動かせないか でもこれだけやれば穴に堕ちてくれるだろう 最後の触手を切り離したら時間を解除しよう月夜 」
「 ラジャー 」
パリン
静止した時間が砕け散り凍結した時がほどける。と、同時に。
舌を無くした鳥が声を失い鳴き叫ぶ、百の目が黒い霧を噴き出し潰れていく、体の支えを失い羽をバタつかせる、がその翼はすでにボロボロだ。どうにか壁画にへばりつこうともがくが。
「 無理だよ どういう原理か知らないが お前みたいに重い質量を持つ物が持ち上がる方が間違ってる 物理法則に従って沈んでくれ 」
鳥がしがみついた洞穴内の壁画が振動と共に崩れ落ちる、足場を失った鳥は液状化した新たな触手を作りだすが重過ぎる体を支えられずに千切れていく、そして、鳥は底なしの穴へと堕ちていった。
コォォォォォッ 深くから声がする、切られた舌が蘇生したのか、それとも新しい頭が生えたのか、その声は恨みがましく遠ざかっていった。
「 終わったな 」
「 はい 終わりました 」
「 結局そいつら役に立たなかったじゃんか 」
「 そ そんなことないです 四月と㮈虎は癒しキャラなんです 私の肩に乗っかってる事に意味があるんですから って㮈虎 オシッコしちゃダメでしょ 」
「 んじゃ 帰りますか 」
鳥殺し完遂であります。次回エピローグ。




