第39話 斬
それは、鼬のような川獺のような二匹の小動物だった。まだ手のひらにのるほどで子供なのが見てとれる。
二匹は跪いた形の月夜に駆け寄りそのまま両の肩まで駆け上がった。
「 シヅク ナトラ あなた達どうして 」
月夜の声に二匹はチュンチュンと鳴きながら月夜に顔をすり寄せている。
『 母さま 』
『 母さま 母さま 』
「 これは驚いた 鳥殺しが転生していたとはな どうりで結界が張り直された訳や しかし自から結界から出て来てくれるとはご苦労なこっちゃ 飛んで火に入るなんとやらやな 」
クニガミが落ちていた太刀を拾い上げ、くっついていた玖津和あきらの手首を外して穴へ投げ棄てた。
『 どうしよう四月姉さま こっちにくるよ 』
『 落ち着きなさい㮈虎 』
『 だってさっきの腕チョンパで僕たちの霊力は使い果たしちゃったよ 』
『 喉笛を喰い千切ってやる 母さまをお守りするのよ 』
『 わかった 母さまをお守りする 』
( まあ お前らにしては上出来じゃろうて )
『 あれ 誰かの声がした たしかこの声は母さまと一緒にいたヘビのお姉ちゃん 』
『 ウワバミ様よ㮈虎 失礼なこと言ったら呑み込まれちゃうわよ 』
『 えェェ 怖いよゥ四月姉さま 』
( あっ お前ら 渦潮に飲まれそうになったのをワシが何回助けたと思うておる そもそも泳いで渡ろうとするな泳いで 船を使え )
『 ウワバミ様 どうすればいいんです なんか変なのが刃物を持ってこっちに来ます 』
( どうもせんでよい あやつに任せておけ )
ガコン もの凄い衝撃音と振動が辺りを揺らす。
「 なんや ワイヤーが1本切れたんか 」
5本のクレーンのワイヤーの1本が切れたらしくスルスルと巻き上がっていく、と、その先端に。
「 やあ 遅くなって悪い 月夜君 大丈夫か 」
「 店長 」
ユキを小脇に抱えたユウリがワイヤーの先に掴まって登って来た。
「 これはこれは やっぱ生きとったんか アキラごときにやられるわけないっち思うとうたわ 」
クニガミが後ずさる。
降り立ったユウリは刀を手に月夜を背にして立つ、ユキも怪我はないようで自分で動けるようだ。
ユウリは腰に突っ込んでいた緋い小太刀を後ろ手に月夜に渡す。
「 ユキ 月夜と一緒にトーマの手当てを 僕はこいつらを始末する 」
「 わかりました ツクさん 店長に任せて下がりましょう 」
「 はい 」
「 クニガミ 聞きたいことがある 」
「 なんや左々原少将 」
「 結晶体を見た なんでガスが発生してない 」
「 無理に引き摺り出そうとしたら硬質化してな 今は卵の状態や 液状化せなガスにはならへん 次はウチからの質問や なんで邪魔をする ユウリならわかるはずや 今のこの国のありさまを ウチらはかつてこうならん為に戦ったはずや 西側に飲み込まれた現状を見て何も思わへんのか 死んで行った者らは無駄死にや 」
「 僕らは負けたんだよクニガミ それで終わりだ そのあとのことなど残った者らでなんとかすればいい 余計なお節介はよせ 」
「 変わったな左々原悠吏 うらやましいわ が ウチにはこの国との旧い契約があるんや 反故にはできへん 」
「 なら終わらせてやる 」
クニガミへとユウリが踏み出す、が右鈴原が遮る。
「 やあリンバラ 90年以上音沙汰が無かったくせに最近よく会うなぁ お前には用は無いって言わなかったっけ 」
「 一度勝ったくらいで調子に乗るなサハラよ 」
「 すまん姉キが怖かったからお前には本気を出した事が無かったもんでな どうやら僕の方が強かったらしい 」
「 ふっ こいつは邪魔だな 」
そう言うと右鈴原は自から額の膿んだ角を引き千切った。
「 ありゃりゃ 怒らしちゃったかな 」
「 参る 」
かつて唄にも謳われた右の鈴原と左の左原が斬り結ぶ。
「 トーマさん大丈夫ですか 」
「 悪ィ 肋骨が肺に刺さっちまった あと背骨もいかれてる 」
「 情け無いわね これを飲みなさい 」
「 ユキ なんだこれは 」
「知らないわ 万能薬よ ヒメ神様が前にくれたの 死にそうになった時だけ飲みなさいって 」
「 なんか動いてるぞ 」
「 うわッ トーマさんこっち向けないでください 私そういうのNGです 」
「 いやいや 俺だって …
「 いいから飲みなさいよ 半身不随になるよりマシでしょ 」
「 わぁぁたよ 」
「 どう 」
「 なんか身体の中で動き回ってる気がすンだけど 」
「 モルモットとして … じゃなくって患者として経過はちゃんと報告するのよ それよりツクさんそれが例の小太刀ね 」
「 うん ただ抜けないの シヅク ナトラ あなたたち何かわからないの 」
四月と㮈虎は膝の上で月夜にじゃれつくのに一生懸命でそれどころではないらしい、月夜は優しく撫でてやる。
「 店長の話だとヒメ神様も来てるらしいんだけどわからないらしいの とにかく店長を待ちましょう ツクさんも知ってると思うけどあんな奴らに後れをとるような人じゃないわ 」
「 はい 」
「 ガぁぁぁ おいユギ なんが背中がイダイ 」
「 うるさいわねぇ 痛いんなら感覚が戻って来てるんでしょ 役に立たないなら気絶しときなさいよ 」
ユウリと右鈴原の合わせた刀が鍔迫り合いになり顔が近づく。
「 おいリン クニガミの弱点を教えろ 」
「 甘えるなユウリ 」
「 お前には貸しが残ってたろう 」
「 嘘をつくな 借りだろうが 」
「 いいから教えろ 」
「 弱点などない 物理攻撃は奴にはきかん 再生するだけだ 」
「 それだけ聞ければ充分だ そろそろ終わりにするぞ リン 」
「 ああユウリ 」
鍔迫り合いが弾かれ間合いが生じる、と同時に右鈴原は高くユウリは低く構えて、最上段から振り下ろされる剣と真横に斬り払われる剣が十字に交わる。
ドシャッ
倒れたのは右鈴原だった。
「 左が勝ったか こりゃあかんわ なら奥の手使うしかあらへんな 」
そう言うと、切断された手首を押さえてしゃがみこみ青い顔をしている玖津和あきらに近づいた。
「 クニガミ様 」
クニガミはそのまま玖津和あきらの首を落とした。
「 この穴を封じちょった呪術師一族の首や 受け取り 」
穴へとあきらの首を放り捨てる。
「 これやと制御ができへんのやけど 穴から引き摺り出すだけならこれで充分なんや 」
ユウリはクニガミに突進して両袈裟に斬り下ろすとそのまま柱に串刺しにする。
「 知ってるやろ ウチは死ねへんのや 」
バッテンに切り開かれたクニガミの体が再生を始めようとしている。
ユウリは自身の口の中に深く手を突っ込んで体の中から何かを引き摺り出して引き千切った。
ガハッ 大量の血を吐き出す。
ユウリの手にしたものは脈打ち血が溢れる心臓だった、心臓から伸びる血管は蛸の足のように蠢きながらユウリの手に絡みつく、まるで離れるのを嫌がっているように。
「 すまん姉キ お別れだ 」
「左々原 鈴音の心臓か そうか鈴音が貴様を生かしていたのか 」
「 そして貴様を殺す 姉キは強いぞ 覚悟しろ 」
ユウリは塞がりかけたクニガミの胸の傷の中心に鈴音の心臓をねじ込んだ。
「 グガァァァァッ 」
クニガミの体と顔に血管が張り巡る、ユウリは串刺しにしていた刀を引き抜いた。
「 鈴音 そこにいたのか ずっと探していたんだぞ 鈴音 鈴音鈴音鈴音鈴音鈴音鈴音…
ユウリに斬り倒された右鈴原がヨロヨロと起き上がり苦しむクニガミに手を伸ばし掴みかかる。
「 鈴音を返せぇぇぇ クニガミぃぃぃぃ 」
そしてクニガミと右鈴原は縺れ合いながら穴へと堕ちていった。
コォォォォォォォッ
ワイヤーが巻き上っていく。
コォォォォォォォォォォォッ
地響きが大きく揺らす。
コォォォォォォォォォォォォォォォッ
穴の底から何者かが這い上がってくる。
「 ようやくおでましだ 」
穴の中からおばけのおでましだ。
あと2〜3話。なのであります。ではでは。




