第36話 幽幻の底庭
目の前にいる男はかつて友であり今は討つべき相手である、この男の為に今まで長すぎる時間を生き延びてきたのではなかったのか、この時の為だけに。ぬかるみの中を血反吐に塗れながら踠き抗いながらも生きながらえて、生き恥を晒して。
時としてこの男の名前を名乗った、どこかで引っかからぬものかと、手掛かりを求めて手を汚しもした。
そして、ようやく辿り着いたのだ。それなのに。
「 どうしたサハラ 毒などに遅れを取ったか 」
「 リンバラよ やっと逢えたな この日を夢見 恋い焦がれていたぞ そして 実際こうして目の前にしてやっとわかった 」
「 なにがわかったユウリ 」
「 リンバラ 僕は君なんかどうでもいい 」
「 つれないなユウリ 」
「 すまん勘違いしていた 女との約束がある そこをどいてくれ 」
「 それは叶わぬ 」
「 ならば斬り捨てるまでよ 」
そこには、凄まじい勢いで剣を打ち合う二匹のケダモノがいた、剣で斬り合うというより鉄の棒で打ち合っている、とても人間の動きではない。
鉄と鉄がぶつかり合い火花が散る、残響が空気を震わせる。その光景を玖津和あきらは目にしながら考える。どうして動ける、ガスはササハラに確かに効いていたはずだ、瞳孔の状態や僅かな手の痙攣から一目瞭然だった。耐性を持つあきらでさえ痺れて上手く動けない。なのに目の前のササハラは人間以上の動きをしている、しかし時折不自由な動きも垣間見せる、効いているのだ、効いていて尚もこの剣技なのだ。しかしクニガミが出来損ないという参番と呼ばれる額に角のような物がある男も決して遅れは取らない。
徐々にササハラが押され始める、やはり効いている。
「 地下に追い込んで下さい 」
あきらの言葉に男は睨みつける、邪魔をするなと言わんばかりに。
麻痺しかけた体の動かし方にもだんだん慣れてきた、だがさすがに右鈴原相手にこれではきつい。右鈴原は力とスピードに関しては以前にもましているが、その分直線的だ、柔らかさと繊細さに欠けている、そのおかげでなんとか躱しきれてはいるがそろそろ限界だ。あとがない。
なんとしても小太刀を月夜に届けなければ。
自分が死んだら月夜は泣くだろうか。
今更死ぬのなんてどうでもいい、生きすぎたぐらいだ、だけど月夜が泣くのは嫌だ。だから…
右鈴原を目の前に僕は何を考えているんだろう。
気がつけばひらけた空間に出ていた、おそらく追い込まれたのだろう、背後には直径3mほどの穴があり注連縄が張ってある。大洞穴に繋がる穴だ、直感でそれとわかる。
「 ササハラさん そろそろ死んでもらえませんか 」
あきらが手にした自動小銃が火を吹いた。と同時に右鈴原が踏み込む。
引き伸ばされた時間の中では総てがスローモーションのように緩慢に見える、今の体でも銃弾を躱すことは辛うじて出来るだろう、が右鈴原の斬撃は受けるので精一杯だ、体勢を崩されれば次が来る。
あきらの放った銃弾がユウリを捉えた、崩れるユウリに右鈴原が垂直に振り下ろす。その刹那、左手一本ですくい上げるようにユウリの刀がヒュンと斜めに振り上がり、右鈴原の両腕が血を吹きながら跳ね上がった、ユウリは振り上げた左手に右手を添え八相に構え振り子のように振り下ろす。
「 ユキ お前の技 借りるぞ 」
斜め袈裟に斬り下ろされた右鈴原が後ろに吹き飛んだ。
と、その時、あきらの銃弾がユウリの首に命中した。ユウリは血を撒き散らしながら後退する。更にあきらは銃口をユウリに向けた。
「 静かすぎるわね みんな 撤退する準備をして 」
ユキが島の方を見つめながら言った。
「 ユキ君 正午まで時間はまだあるぞ 」
「 それはありさとトーマがいる状況で店長が想定した時間よ サヤさん あの2人が出て行った今 この状況はさすがにまずいわ 」
「 ユキ君は時間を止めて活動出来るのだろう なら 」
「 止めるだけならいくらでも出来るわ でも静止した時間の中で活動するのには限界があるの この状況下で無駄打ちはできないわ 」
「 わかった ユキ君に従う 」
「 班長 誰かがこちらに来ます 」
灯台の上から見張っていた海乃が声を上げる。
スコープで確認するとクニガミと玖津和あきらだった。
「 チッ 私がやるわ みんなは逃げて 」
「 待ってユキちゃん たぶん逃げられないわ 」
「 私もツクに同感だ でなければあの2人が来る意味がわからん 」
「 とりあえず話をしてみましょう 」
「 わかったわツクさん でもツクさんに危害を加えるようなら動くわよ 」
「 ありがとうユキちゃん 」
「 物分かりがよくて助かるわあ 」
灯台の前で私と小夜で話すことにした。海乃は上からの監視、ユキは中で臨戦体勢をとる。
「 結論から言う 島からは逃げられへん あと3人は帰ってはきいへん 」
「 お前の言葉を信じろと 」
「 それは自由や 」
「 で どうしろと 」
「 ウチらの用があるんわツクヨちゃんだけや 」
「 わかりました ここには戦力になるような人間はいません 彼らの安全を保障するなら従います 」
「 ツク こんな奴らの…
「 大丈夫ですサヤさん 私には約束があります 」
「 ウチらは別に犯罪組織やあらへん 国民を守る側や 君らのが国民を脅やかしとるっちゆうことわきまいや 」
「 お前が守りたいのは日本民族という種だけだろう クニガミ 」
「 それがこの国の為なんや ほな行こかツクヨちゃん 」
「 サヤさん 待っててください 」
「 わかった 待ってるからな 」
「 はい 」
道中、クニガミから少し離れてあきらが話しかけてきた。
「 ツクヨさん あの男は死にました 」
「 アキラさん 」
「 屋敷の下に大洞穴に繋がる小洞穴があります ササハラはあなたの小太刀と一緒に落ちました 」
「 あなたは 」
「 ツクヨさんにも見せたかった 血を吹きながら無様に堕ちてゆくさまを 」
「 … 」
「 あなたが悪いんですよ あの時 私に助けを求めていたら私は何でもしたのに 」
「 人のせいにしないでください 弱いのは自分自身のせいでしょう アキラさん 」
「 もういい お前も私の穴に捧げてやる 」
盛り土の上に首だけになった女がいる。
あれは誰だろう、それとも誰だったんだろう。思い出せない。一度てして勝つことの許されなかった強く美しい女のものだろうか、それとも焔を操る狂暴な龍の少女のものだろうか、それとも革命の旗を掲げる戦士のものだろうか、それとも燃え盛る社の前で泣きじゃくる女の子のものだろうか、それとも静止した時間の中に凍結した剣士のものだろうか、それとも……愛する女のものだろうか。
躰を探さなければ、そして脈打ち血の溢れる心臓を引き摺り出して食べてしまわなければ、そうしなければ一つになれない。そうしなければ何百年も生きられない、そうしなければ誰も助けられない。
手には長すぎる刃物がある、これなら女の首なぞ軽く削ぎ落とせるだろう、盛り土を沢山用意しなければ。
背に葛籠を背負った、たいそう美しい鳥追いの女がいると聞く、その女の首が欲しい、一番高い盛り土の上にその女の首をかざらねば、楽しみだ、どんな声で呼んでくれるのだろうか。
ユウリ ユウリ ユウリユウリユウリユウリユウリユウリユウリユウリ……
違う、盛り土の上の首は僕の首だ。例え首だけになろうとも、抜けない小太刀を届けなければ、美しい鳥殺しの女に。
月夜……
「 こらバカユウリ 動くでない こちょばいじゃろう 」
「 えッとォ 」
「 こらへんなとこ触るな それ以上エッちぃことしたら訴えるのじゃ 」
「 お前 ウワバミ姫か 」
「 だから動くな へんな声が出そうじゃろう 」
「 いやいや だってお前 」
「 仕方ないじゃろ 童の姿じゃと今のお前は癒しきれん 今日のワシは花も恥じらう乙女バージョンじゃ 」
「 ちょっと明かり点けてもいいか 」
「 なっ やめんか この変態 ここは穴の中じゃ 明かりは無い いいから黙って舐められておれ ユウリはワシを抱きしめてイイ子イイ子してればいいんじゃ 」
「 なんでここにいる 」
「 ありさに呼ばれた お前を助けれとな 」
「 そうか 」
「 こら 脚を絡みつけるでない 」
「 ありさか 」
「 本当にしょうがないやつじゃなユウリは 」
ウリンバラさんの扱いに困ってしまうのであります。本来はラスボス設定のはずがアキラちゃんの暴走でしっちゃかめっちゃかです。




