第 3話 独白
ちょっとせっかちに足早すぎて、文章が淡白になりすぎてしまっている感が ・・・ もうちょっと文章に肉付けしてボリュームを出して話を落ち着かせた方がよいのではないだろうかとも思うのですが。話も早く進めたいし悩みどころではありんす。
ここは東京都内の大病院の一室。トリオイ製薬の創業者にして現会長、鳥迫秀一の入院する病室である。
そしてもう一人 ベッド脇で彼の話に耳を傾けているのが私、秀一のただ一人の孫娘である鳥迫月夜なのだ。
酉狩清次?特級戦犯?何を言っているんだこの人は、祖父に手渡された古ぼけた写真は粗く、指摘された右上の人物は祖父の面影はなくはないが鮮明さに欠けたこの写真では到底判別はつかない。そもそも祖父の若い頃の容姿を私は知らないのだから。だいたい祖父が先の戦争になど参加してるはずが無いのだ。つい何年か前に戦後90年だかで次は節目の100年だと大騒ぎしていたはずだ。終戦時祖父は子供だったはず、じゃなきゃ計算が合わない。いくら切羽詰まった状況だったとしても子供店長ならいざ知らず子供少将はありえない。それに祖父は酉狩清次ではなく鳥迫秀一だ。病床の淵でなにかの妄想に囚われてでもいるのだろうか。
「 私は当時 ある特殊な任務に就いていた それはその時の写真だ 当時 我が国の戦況はほぼ絶望的と言っていい状況だった 本土決戦なんていくら吼えても戦う武器もなければ兵も居ないのだ 女子供ともども国民総がかりで竹槍を持って玉砕する未来しか見えなかった まさに神様にすがるしかなかった状況だ そして 本当にすがったのだ 」
神風が吹く かつての日本人は本当に信じていたのだろうか
「 中国地方の奥深い山のさらにその奥 人知れず遠い昔に忘れ去られた小さな祠 そこに座すものとある約束を取り交す それが私の任務だった ”敵国を討ち亡ぼす力となれ ” 私自身、半信半疑 いや信じてなぞいなかった ついに司令部も焼きが回った もうこの国もお終いだと思ったものだ しかし … しかしいたのだよ その場所に 小さな祠のその中に…確かにそれは居たんだよ
小さきけものだった 鼬か獺のようにも見えた 後ろ脚で立ち上がり こちらを見遣る眼には愛らしささえ感じられた 約束は同行していた神職に就く者が取り結んだ どういう約束が取り交されたのか詳しくは知らない ただ ”敵国を討ち亡ぼす力となれ” と
そのものを用意してあった朱色の下地に金色の意匠が施された葛籠に入れ急ぎ山をくだった 最初の目的地は広島だった 私の次の任務は葛籠を敵国に送り届けること そうせねば目的は果たせない 任は急を要する もう後がないのだ しかし 広島に到着する間際に一報が入る ”敵に察知されしおそれあり” 我等は踵を返して急遽九州の長崎に進路を変更する
が … 敵の新型兵器が炸裂した 広島の地に そして長崎に … 情報が漏れていた 勝てるわけがない 私達はずっと敵の手のひらの上で踊り狂っていただけだった 誰が何の為にこんな戦争を始めたのだろうか そんなことすら知らないのに勝てるはずなんてあるはずがない
それから間もなくして終戦を迎える 我が国は敗戦国となった なにも残らなかった 逝ってしまった者達の想いも 残った者達の誇りも なにも残らなかった すべてが無駄な物に成り下がった それが いまのこの国の生い立ちだ 」
祖父は冗談を言うような人ではない、では この話は一体何の話なんだろう。昔し読んだ小説だか映画だかと記憶が混線しているのだろうか。内容があまりにもブッ飛びすぎている。先の戦争での帝国軍最後の切り札が神風的な人知を超えた力で、それを敵国は阻止するために2発の原子爆弾を投下した。オカルト大戦争じゃないんだからいい加減にしてほしい。都市伝説ですらそんな話聞いたことがない。
しかし、祖父は至極真剣だ。死を間近に控えた人間が語るその言葉を戯言と斬って捨てることは、ひどく不遜なことのように感じられた。だって祖父は罪だと言ったのだから。
「 私はどこをどうやって生き残ったのか まったく記憶がなかった
頭がはっきりしたのは終戦後しばらくたってからのことだ 私はどうにかしてかつての軍関係の人間と連絡をとることができ 彼の話では 私は占領軍から特級戦犯として足取りを追われているということだった 捕まれば命はないだろうと
ここまで生きてきて 戦争も終わったというのに死ななければならない意味がまったくわからなかった
だから生きることにした
鳥追というのは酉狩家の遠縁の分家筋にあたる古い家系だ 鳥追の家へ辿り着いたとき そこには少女が一人いた
名を鳥追月㮈と言った
酉狩の家は鎌倉時代から製薬を手掛ける家系と伝えられていたが 鳥追は広く薬の行商を行う家系であった その裏では公儀隠密活動を行なっていたとか朝廷側とも繋がるいわゆる2重スパイだったとか そういう胡散臭い話を聞いた事もある 実際 月㮈の話では政府から何らかの重要な任を請けていたらしい
私は ある程度の事情を月㮈には話し匿ってくれと頼んだ 月㮈は快く承諾してくれた
… 美しい少女だった。
暫くは鳥追の家で隠匿生活を送ったが やはり周りの見知った目がある このままここに留まるのは得策ではない 人混みに紛れた方がよいのではと判断し 月㮈にそのことを告げると ”付いて行く'' と言う
このままここに居ても誰も帰っては来ない ならばここには居たくないと
こうして2人して鳥追の家を後にする 目指すは復興に沸き立つ東京
戸籍は月㮈の帰って来ない従兄弟 鳥追秀一のものを使うことにした
東京に着いてからは 私は持ち前の薬学を活かし2人で薬の作り売りを始めた これが上手くいった トリオイ製薬の前身である
苗字の鳥追を鳥迫に改名した 戸籍の方が間違っていると主張したらすんなり通った 混乱した時代だったからな
無我夢中で働いた そうすることで敗戦という二文字が無かったことになると盲信していたのかもしれない 暫くして事業が軌道に乗り 私は月㮈を娶った
本当に…美しいひとだった
ここから先は月夜もだいたい知っているだろう 」
その後、トリオイ製薬は日本の発展と共に大企業へと成長してゆく。跡取りについては誰もが諦めて養子を取るようにすすめられていたそうだが、50代半ばでおもわぬ子宝に恵まれる。私の母 鳥迫真月の誕生である。祖母は本当に美しいく若々しい容姿をしていたらしく50代でも、どう見ても30代くらいにしか見えなかったそうだ。祖母は私が3歳の時に亡くなっているのだけれど、うっすらとだが優しい面影が記憶にある。母 真月はそれより先、私が1歳の時に父と共に交通事故で亡くなった。記憶の欠片も母と父のものはない。
しかし、祖父の話をどう捉えればよいのだろう。戦後の話は至極整合性がとれている。恐らく、祖母月㮈の生死不明の従兄弟の戸籍を使用したのは事実なのだろうが、問題は戦時中の部分だ。
かりに祖父の話がすべて事実であるとするならば、トチ狂った軍部の馬鹿げた任務に就き中国地方の山奥でイタチだかカワウソだかを捕まえて目的地に連行 そこがたまたま原爆投下予定地だったということだろう。あまりにも都合よく偶然が重なりすぎて祖父自身が変な妄執に絡め取られてしまい逃げ出すことが出来なくなってしまっているのではないだろうか。
「 …で、ここからが本題だ 」
ゾワリ 空気だ硬直する
「 … 件の葛籠はな 」
ダメ 聞いてはいけない
「 … 今でも私の手にあるのだよ 」
ほら やっぱり、おばけが出た
「… 月夜 おまえに託す 呪いを解いてくれ 」
鳥を追い、鳥を狩る、それが我ら鳥追いの一族。
今回のヒロインは月㮈ちゃんでした。