第18話 氷結の世界
どれぐらい時間が経ったのだろうか、つい今しがた目覚めたようにも思えるし、もう随分と長いあいだこうしている気もする。どうやらここは病室らしいのだがどうして私がここにいるのかがわからない、私は何をしていたのだろう たしか私は鳥迫月夜だったはずだが、違ったような気もする。見たことのないパジャマを着ている、胸には黒い御守りが…
ガチャリ
「 ツク 気がついたのか 」
「 サヤさん 私 … 」
今にも泣き出しそうな顔をしたら小夜が部屋に入って来た。小夜のこんな顔を見たのは初めてだ。
「 サヤさん 私どうしてこんな所にいるんですか 」
「 編集室で倒れたんだよ 覚えてないか 」
そう言われれば最後の記憶が編集室だったように思う。
「 3週間前に倒れてずっと意識不明だったんだよ 」
「 えっ 3週間 」
「 そうだ ……
小夜が泣き出してしまった。
「 意識が戻ったて本当ですか 」
海乃が病室に飛び込んで来た。ようやく意識がくっきりし始めた、それから 倒れてからの経緯を聞いた。どうやらここはトリオイ製薬の医療研究施設らしい、救急車で病院に運び込まれた後 容態が落ち着いてここに移されたらしいのだ、説明するうちに小夜もいつもの頼もしい小夜に戻ってきた。
「 ところで私どこが悪いんですか 」
「 それがよくわからんのだよ 白血球の増加はあったのだがそれ以外特に異常は認められなかった ただ 」
「 ただ? 」
「 お前は今妊娠している 」
「 ホワッツ? アナタナニイッテルデスカ 」
「 だから妊娠中なんだよ 」
「 イヤイヤ そりゃこの前とんどもない暴露しちゃいましたけど あれ半年以上前の話だし1回きりだし生理も来てたし だからといって別に遊びとか興味本位とかそんなんじゃないんですよ なんというかあれですよ ほらあれ なんだっけ 虎穴に入ったはいいけど…
「 違うんだツク 3週間なんだ 今お前は妊娠3週目なんだよ 」
「 はて サッパリキッパリわかりません 」
「 まず現状から説明せねばなるまい お前が眠っている間に世界は大変な事になっている 」
「 世界がですか 」
「 あの日 北米大陸を津波が襲った 西岸都市はほぼ壊滅状態だ それを切っ掛けに経済パニックが引き起こり世界に飛び火した いわゆる世界恐慌だ 」
「 それと私の赤ちゃんがなにか 」
「 お前が倒れた同時刻に太平洋上で津波が発生している その時に受胎したんだ 」
「 えッとぉ 」
「 ツク 葛籠は本来ならどうなるはずだったか覚えているか 」
「 葛籠は敵国に送り届けられるはずでした 」
「 そうだ 葛籠はもうこの国には無い 送り届けられてしまったのだよ 津波と共に 契約は果たされた お前の受胎はそのなんらかの代償だと私は考えている つまりお前の中のものは人ではない 」
「 うぅぅん なんかわけわかんないですけど 身に覚えのない人の子より そもそも人じゃない方が納得出来てしまう自分が怖いです 」
「 すまん ツク 私のミスだ やはり葛籠は手離すべきではなかった 私達の手でどうにかすべきだったのだ 」
「 無理ですよ だって世界を恐怖だか恐慌だかに陥れちゃったんでしょ そんなの相手に出来るはずないじゃないですか 」
「 私の方が慰められるとは不甲斐ないな でもツクの意識が戻ってよかった これで打てる手も…
「 とりあえず産んでみましょう 」
「 ツクヨちゃん 何言っているのかな 」
「 未婚の母なのです 」
「 私も相手が得体が知れない以上 それが最良の選択のように思える ツクさえ無事なら後はどうでもいい ただ同時に他の道も諦めずに模索するぞ 」
「 りょ 了解ッす 」
「 ラジャー 」
それからなんやかや検査をして身体に問題がない事が確認できたので1度マンションに荷物を取りに戻りたいと言うとすんなりオッケーがでた。
「 なんか雰囲気違いません 私が寝てたのって3週間ですよねぇ 」
私が少し歩いてみたいと言ったので車を降りて小夜と歩いている、海乃は先にマンションに車を止めに行った。
「 言ったろう 大変な事になっていると 」
「 世界恐慌って言われても いまいちピンとこないんスよね 」
「 今 この国に外からの物資は殆んど入ってこない 輸出入が完全にストップしてる状態だ それぐらい世界経済はパニック状態なんだ 国内生産率が著しく低いこの国ではまさに命取りだ 輸入品に頼っていたつけがきた そんな事 分かりきってたのに今まで何もして来なかったのだからな 」
「 物が無いんですか 」
「 まだ3週間だ 実際には恐慌に陥ったのは2週間前くらいだ 無くは無いんだよ ただ持ってる奴は出さないしあったら買い占める デマが蔓延する 情報が操作される 面白がる奴らもいる 怒り出す奴らもいる 自殺する奴らもいる 国民がパニックに陥っているんだ 」
「 私が寝てる間にそんなことに 先の見通しは立ってるんですか 」
「 私もお前に掛かりっきりでよく知らないんだが 知り合いのジャーナリストからどうも政府がキナ臭いと聞かされている 」
「 政府が 」
「 ああ 近々なんかあるらしい これで終わりじゃない 」
「 うへェェ ところで…
「 すまんツク お前が外に出たがった理由は分かっている お前が倒れてから連絡を着けようとしたんだが 今 店は営業されていない しばらく閉店しますと張り紙がされている 私も足を運んだが2階の住居部分も無人だった 」
「 そうなんだ 相変わらずお気楽な人ですね 世界と私をおっぽり出して 」
ドン!
「 アッ ワリィ ワリィ 」
小夜に背後から走ってきた男がぶつかった
「 お姉さん痛くなかった 」
小夜の表情が妙だ お腹のあたりに何かくっ付いている
「 動くな 息もするな これは警告だ 」
「 …… 」
「 判断力があって助かる 」
男が小夜のお腹から何かをスッと引き抜く 刃物だった。刃渡り15センチほどで見た事の無い形状をしたナイフと言うより串に近い細く歪曲した刃物だった。
「 サヤさん 」
「 警告を無視すれば内臓が傷んでいた 次の警告だ ついて来い 無視すれば1人死ぬ 」
「 ツク大丈夫だ とりあえず従うぞ 」
10分ほど歩き貨物コンテナ置き場に連れていかれた、小夜が心配だったが時折痛そうな顔はするが出血はほとんど無く普通に歩くことは出来た。私達を気にすることもなく前を歩く男は身長175位で黒の逆立った短髪 黒のジャージの上下に編み上げブーツという出で立ちの目つきの鋭い男だった、ハーフだろうか目の色が薄い。
「 初めまして 三刀小夜さんに鳥迫月夜ちゃんだっけ 」
男の横に女がいた。背は160前後で巻き毛のロング デニムの上下に編み上げブーツ 顔は小夜に負けず劣らずの野獣系美人だ。2人とも20代前半といったところか、並んで立つとタチの悪そうなカップルだ。
「 意識不明だって聞いて困ってたんだけど回復してくれて助かったわ 」
「 何の用だ 忙しいいんだが手短にたのむ 今日は荷物を取りに来ただけでこの子はまだ完全じゃないんだ 」
「 わかったわ じゃあ聞くけど あの箱は何 」
「 やはりそれか お前らが持っていったんだろう お前らの方が知ってるんじゃないのか 」
「 ふッざけんなよ 何100万人犠牲になったと思ッてんダ 」
「 本当に知らないのだよ 私らもあんな物押し付けられて困っていた お前らが引き取ってくれて厄介払いが出来て清々してたんだから 」
「 はぁぁぁぁぁ 」
「 トーマ 少し黙ってて たぶん嘘じゃない すんなりいきすぎておかしいと思ってたのよ それでも知ってることはあるでしょう あなた達には私達の国に来てもらうわ 私達は正義じゃないけど悪ではない 悪いようにはしないわ 」
「 いきなり刺しといてよく言うな 」
「 言ったでしょ 正義じゃないって 」
「 悪いがこっちも立て込んでる 知ってることは教えるが従えない 」
「 選択権なんて無いのよ トーマ連れて行くわよ 」
「 ワン 」
男が黒く冷たい塊を持っている 銃だ。人を殺す為に造られた武器は禍々しい存在感を主張する。
「 そんな醜い物 うちの可愛いアルバイト君に向けたらタダじゃおかないよ 」
背にしていたコンテナの上から声がした。
振り返り見上げると、そこには濃いカーキのフィールドジャケットに黒いカーゴパンツにハイカットスニーカーを履いた背中まで届くボサついた長髪の男がいた。
それはいつもの見慣れた店長だった。
彼はコンテナからストンと飛び降り向き合った私達の間に割って入って低く低く身構えた、左手を何か掴むように真横に差し出している。
ダメだあの男は本当にトリガーを引く
「 ユキ!」
カキン
そして時間か凍りついた。何が起きたかわからない すべてが停止している 音も 空気も なにもかもが 目の前のものすべてが青白く凍りついている
私自身も 呼吸も 心拍も すべてが停止した世界で私の思考だけが動き続ける。
パキッ パリパリ パリン 何かが弾け散る音がする。
ザリ ザリ 砕け散ったものを踏みしだく音がする。
音のない世界で氷結した世界を砕き散りながら何者かが近づいてくる。
停止した視界がとらえた。
それはセーラー服姿の美しい少女だった。手には2本の刀を携えている。彼女の周りで時間が結晶のように砕け散りプリズムのように光を発する。
彼女は停止した店長の横に跪き1本の刀の鞘を持ち差し出された左手に柄の部分をそっと添える。
そして彼女と目が合った
『 ツクさん見てるでしょう 』
ようやくバトル勃発です。