第17話 夢幻の底庭
この国の人間が嫌いだ 強い者には逆らわないくせに弱い者を虐める この国の男が嫌いだ 口だけだ 理屈ばかり捏ねる この国の女が嫌いだ 同じ髪同じ服同じ化粧同じ顔 この国の食いもんが嫌いだ 臭い ねちょねちょしてる この国の言葉が嫌いだ モニョモニョボソボソ 何を言ってるのかわからない
そして この国の男と笑い この国の女を抱き この国の食いもんを食って この国の言葉を喋り この国の人間と同じ姿をした俺が大嫌いだ。
祖父はスパイとしてこの国に来た、この国の妻を娶り子を作った そしてその子もまたスパイとなり祖父と同じ事を繰り返した。そして俺がいる くッだんねェ
任務は簡単なものだった。ある人物が所有する物を奪い取る。先の戦争に関わる重要な物だと聞かされた。実際、拍子抜けするほど簡単だった、本人が案内してくれたのだから 後はこの国の警察に押収させて上に任せるだけだった。いつもと変わり映えしないくだらない任務 … だったはずなのに
押収した品は本国へ移送された、その途中 移送していた艦隊が太平洋上で消息を絶つ その約6時間後に北米大陸西岸を巨大津波が呑み込んだ。
「 おい どうなってんだ リサ 」
「 がならないでよ トーマ セントラルは今機能してない 混乱してるのよ 情報が錯綜してここからじゃ把握仕切れない 西海岸の主要都市は壊滅状態よ 死者は万単位で増え続けている 」
「 横須賀は 」
「 うちと同じよ 」
「 移送艦隊も津波に呑まれたのか 」
「 わからない ただ艦隊が消えた場所と時間が津波発生と重なるわ 」
「 原因は 海底地震 海底火山 どっちだ 」
「 どちらでもないわ 波は東にだけ向かっている 」
「 なんだそりゃ じゃあマザーシップが核爆発でもしたって言うのか 」
「 核如きであそこまでの被害は出ないわ トーマ あなた気付いてないふりしてるわね あの箱は開けてはならなかったのよ 」
「 なに言ってんだ ありさ 」
「 あなたも見たでしょう あの異様な光景を 箱の中には何かがいた まさかアイツらがミイラと一緒にハムスターでも飼ってたとでも思っていたの 」
「 おまえ日本人の血が混ざり過ぎて頭おかしいのか 石黒ありさ 」
「 あんたも同じでしょ トーマス冬馬君 」
「 うッセェよ ぶッつぶすぞ 」
「 そうやってすぐムキになってデカい声を出して あんたまるで日本人みたいね 」
「 … 」
「 私も本気で信じてるわけじゃないわ でもね 引っかかるのよ どうしても 」
「 悪かった 正直俺も移送する前に命令に逆らってでも中に何がいるのか確認するべきだと感じてた でどうする 」
「 上が使えない以上 私達は自己判断で動くしかないわ この件を知っていたのは軍と政府でも極少数のはずよ しかも多くはマザーシップに乗っていた 」
「 じゃ とりあえず飼い主に直接お伺いしますか リサ様 」
「 そうしましょう トーマ君 」
林だろうか、それとも森だろうか、私は走っていた。ハァハァゼイゼイと呼吸を乱しながら ただ走っていた。
鳥が飛んだ ばさりと音を立てて、そうだ 私はあの鳥を追っていたのだった。あの鳥は何の鳥なのだろうか もしも前に店長が話してくれた九官鳥ならとても愉快だろうに そしたら私は言葉を教えてやるんだ、何を教えよう、どうせなら私が今まで喋ったことのない言葉にしよう、楽しいだろうなぁ、「 お母さん 」「 お父さん 」「 ママ 」「 パパ 」「 あれ買って 」「 犬飼いたい 」「 抱っこして 」「 ササハラさん 」「 ユウリさん 」「 ユウリ君 」「 ユウリ 」「 好きです 」「 好き 」「 愛してる 」「 一人はいやなんです 」「 一人じゃいやなんです 」「 一人にしないでください 」「 さみしいよ 」「 助けて 」「 ユウリ助けて 」… ちっとも楽しくなんかないじゃないか。嘘つき。
お喋りな九官鳥だったら舌を切ってやろう、そしたら葛籠を貰いに行けるんだ、小さな葛籠と大きな葛籠、どっちがいいかなぁ、いじわる婆さんは騙されたけど私はそうはいかないぞ、雀如きに誑かされてなるものか、小さな葛籠と見せかけて大きな葛籠に決まってる、もしもおばけが出て来ても対策は練ってある。私が葛籠に入ってしまえばいいんだ 脅かそうと思って出て来たおばけは私がいないのにビックリするだろ、これは愉快だ、私は葛籠の中に籠ってしまおう、暗い葛籠の中で膝を抱えて一人っきりで そしたら探しに来てくれるだろうか、あの人は 見つけだしてくれるのだろうか、あの日の夜のように泣いてる私を抱き寄せて抱きしめてくれるだろうか、どうして離れてしまったの せっかく抱きしめてくれたのに 離れなければよかったのに そんなこと無理に決まってるじゃない、だって私は鳥追いなのだから。
いけない 鳥は何処にいった、まてまてまて 見失ってなるものか。ばさり。見つけた、ダメだ、そっちに行っては その穴には毒がある。カナリアだったら死んでしまう。私は穴へと降りていく なんだ底があるじゃないか底なしだなんて嘘っぱちだ、焼け堕ちた社の残骸がまだぷすぷすと燻っている、その中で一匹の蛇がしゅるしゅるとのたうっていた、ごめんね 私の所為なのに 穴の底から見上げた丸く切り取られた空を何羽もの黒くて大きな鳥が過ぎっていく、見つけた。早く追いかけなければ、でも死にかけた蛇はどうしよう、踏み潰してしまおうか、そうだ 葛籠に隠してしまえ そしたら私が見捨てたことがバレずにすむじゃないか、あの人にも怒られない、だけど葛籠の中を見られたらどうしよう怒られてしまう、ならば葛籠を隠せばいい 6体の地蔵いや5人のミイラに見張らせよう そうしよう。
穴から這い出て鳥を追う、何日も、何週間も、何年も、何100年も、追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて … 気がつけば私は一匹の小さきけものになっていた。人々からは私は鳥殺しと呼ばれ畏れられていた。
東より私を追う者が在ると聞く、左手に恐ろしく長い刃物を持っているらしい、私はピンときた。あの人だ、葛籠を見つけて私を追って来たのだ。やっと会える、ようやく会える。
あの人を目の前に私は何と言うのだろう『 お前も蝋人形にしてやろうか 』これじゃダメだ、まったくダメだ、成長がなさ過ぎる。『 よくぞ参ったヒダリノサハラ 』なんか違うか。
そうだ最期なんだからこれでいいじゃないか
『 愛してる 』とただ一言
そして殺されよう
次くらいからアクション入れていければと思ってあります。ではでは