第14話 坑道のカナリア
玖津和あきら 現玖津和家当主である。
「 長旅 疲れたでしょう 今日はもうゆっくりされて下さい 今夕食の用意をさせます 何もない所ですが海産物だけは東京には負けませんよ 」
なんなんだこの爽やか好青年は 歳は20代半ばで少し長めのパーマヘアはメンズ誌のモデルのようである。イケメン具合も海乃に負けず劣らずで ちゃらんぽらんさが滲み出ている海乃の方が何方かと言うと武が悪いだろう、はっきり言って苦手なタイプである。
魚介類メインの夕食は自慢するだけの事はありさすがに美味しかった。
「 明日 島を案内しますよ 」
「 いやいや お気遣いなく かってにやりますから 」
「 そういう訳にもいかないんですよ 」
「 またどうしてです 」
「 危ないんですよ 錆びついた島ですからね 整備が行き届いてなさ過ぎなんですよ 安全そうに見えて危険地帯がわんさかなんです 島民ならその辺分かっているから問題ないんですけど 外から来た人には分からないですからね 特に洞穴付近は設備も老朽化が著しくて この前もカメラマンが案内なしで近づいて行方不明になったばかりなんですよ 」
「 落っこちちゃったんですか 」
「 わからないです 」
「 死体は出ないのですか 」
「 捜せないんですよ 洞穴の中は有毒ガスが充満してますからね 防護しても危険です 足場も脆いですしね 落ちたら最期です 」
「 ガスは洞穴内部だけなんですか 」
「 いや 窪地なんかにも溜まってることがあります センサー無しでは無理ですね 昔は鳥籠を持たないと近づけなかったらしく家でも沢山カナリア飼ってたらしいですよ 」
「 なんで鳥籠持ってくんです 」
「 坑道のカナリアと言ってだな 昔は炭坑などでガス検知器がわりに敏感なカナリアを使用したんだよ 」
「 なるほど 」
「 とにかく案内なしでの行動は島の代表者としては許可出来ません 」
「 わかりました ではお言葉に甘えてお願いします ところで底なしというのは本当なんです 」
「 いやいや 底はあるでしょう ただ計測出来てないだけですよ 上から見たら真っ直ぐな縦穴に見えてもやはり内部は曲がりくねっているらしいですよ 大学の研究チームなんかも来たみたいですけど上手くいかなかったらしいです 」
「 地獄に通じる穴だとか 」
「 やっぱりオカルト雑誌としてはそこですよね でも単なる島の言い伝えですよ 」
「 昔 都から流刑になった陰陽道の家系というのは 」
「 それも言い伝えですね ただ伝えられているというのはやはり何かあったのでしょうが 」
「 戦時中 軍部はこの島で何をしようとしていたんです 地獄に通じる穴で何を 」
「 もはや100年近く前の話です それも言い伝えと言っていいんじゃないんですか 洞穴の有毒ガスで毒ガス兵器を造ってたなんて話も聞いた事があります もちろん違う話もね 」
その後 しばらくとりとめもない話をしてから 小夜と用意された客間に戻った。
「 あの男 どうも苦手だな 妙に落ち着き過ぎている 」
「 私もです 緊張してしまうタイプで私の個性が死んでしまいます 」
「 そうなのか てっきりイケメン指数にときめいているのかと思ったぞ 」
「 やめてくださいよ 爽やかな好青年なんて少女マンガだけで充分ですよ 」
「 ああいうタイプが以外に闇を抱えてたりするんだぞ 注意しろ 」
「 うへェェ こわい こわい 」
「 今日は久々のツクとお泊まりだな ガールズトークに華を咲かせるぞ 」
それから恐山一人キャンプファイヤーの話や河童を3キロに亘り追跡した話を聞かされるのであった。
翌朝 軽く朝食を済ませてから玖津和に島を案内してもらった。観光スポットや島の史跡などを見て回ったのだがさして時間もかからなかった。その後 我々はいよいよ島の中心より少し東側にある大洞穴に向かったのである。私はカメラを手に危険な場所に立ち入る事になるので 小夜に進められて持って来ておいた海乃にもらった辛子色のつなぎを着ることにした、最初は着慣れてないこともあり違和感があったが 慣れてみると少々無茶な姿勢や動きをしても衣服の乱れをまったく気にしなくてよく 特に腰回りの完全にフリーな解放感は新鮮で小夜が着た切り雀になるのも分からなくもない、もちろん下はすっポンポンではなくTシャツとスパッツを着用している。おトイレだけが心配だ。
「 こりゃすごいなぁ 」
それは奥深い森の中に唐突に現れた。正真正銘の大穴であった。
「 向こう岸までどの位あります 」
「 約120mです 」
「 大き過ぎて穴の縁にいるというより なんだか高い崖の上にいる感覚になりますね 」
「 ここだとわかりにくいんで下に降りてみましょうか 」
「 大丈夫なんですか 」
「 この時期 ガスはそんなに登って来てないんですよ 100m位は大丈夫です もちろん注意は必要ですが 」
そこから人の手によりロープやら鎖やらが張り巡らされた険しい道を下り崖の壁面に出た。穴を50m下から見上げるかたちだ、もちろん下にはぽっかりと黒い穴が口を開けている。穴の部分で森も切れているんで円形の空が見えていて大きな井戸の中にいるみたいな感じだ、壁面の至る所には足場が組まれていて古い物から最近造られた物まで大小様々見受けられる。その中でかなり大きな施設っぽい足場があり そこから穴の中央に向かって大きな鉄製のクレーンのような物が伸びている その先端には滑車が付いておりそこから一本の太い縄が真っ黒い穴の中へと続いている。
「 あそこへは行けないのですか 」
「 あれは戦時中に造られた物で老朽化が激しく近づけません 対面に同じ様な物があったのですが 3年前に崩落しました危険です 」
「 あのロープは何と繋がっついるんですか 」
「 わかりません かなり下まで続いているようです 縄の張り具合からかなり重い物を吊るしているようですが持ち上げる手段がありません 」
「 吊るしているのではなく 繋ぎ止めているのでは 」
「 さすがオカルト誌の記者さんだ 想像力が逞しい 何を繋ぎ止めていると思います 」
「 さぁ 」
ギィィィィィ!
突如 鉄が軋む音がした。
ギィィィィィィィィィィ!
クレーンが悲鳴を上げている ロープはより一層引き千切れんばかりに張り詰めている 何か途轍もない力が下からかかっているようだ。
コォォォォォォォ!
穴の底から音がする。
「 まずいですね 風が来ます ガスが上がってくるかもしれません 離れましょう 」
「 今日は貴重な時間を私らに割いてもらって申し訳なかったです 」
「 いえいえ 日頃役立たずなぶん こんな事しか出来ないんですよ オカルトスポットでもなんでも島起こしに繋がるのであれば御の字です 取材の方は満足頂けましたか 」
「 ええ 想像以上でした しかし勿体無い ガスさえ無ければ日本有数の秘境として世界から人が集まるだろうに ツク 写真は大丈夫だろうな 」
「 まッかせてください 海さんの屍は既に踏み越えました 後はピューリッツァー賞を目指すだけです 」
「 ずいぶん安っぽい屍だな 私らは明日の昼の便で帰ります その前に島の方々のお話も伺いたいのですが 」
「 そちらは自由にされて下さい 渡船場の待合室を年寄り連中が寄り合い所がわりにしてますから面白い話が聞けるかもしれませんよ 」
「 それはいい ツク 一休みしたら行ってみよう 」
「 はい 」
その日の夜 私はなかなか寝付けづに客間に面した中庭に出ていた。
「 どうしました 寝付けませんか 」
「 あっ クツワさん 」
「 呼びにくいでしょう 下のあきらでいいですよ 」
「 あっ はい 」
「 明日 帰られるんですよね また寂しくなります 都会の方と話すのは楽しいですから 」
「 ここに来てから他のご家族の方とは会っていないのですが 」
「 代々当家に仕える人たちの他は私だけですよ 」
「 なんかごめんなさい 私 」
「 いやいや 気にしないで下さい 家族がいない訳じゃないですから 父が早くに亡くなって島の生活を嫌う母は妹を連れて島を出ていきました 私も連れて行こうとしたのですが玖津和家の跡取りとしてそれは許されなかったのです 私は祖父母に育てられました 今でも母と妹とは交流はあるんですよ 」
「 そうなんですか 私も祖父に育てられました 先日亡くなって独りっきりになっちゃいましたけど 」
「 すみません 何も知らなくて余計なことを 」
「 いえ 私にはサヤさんがいますから それよりアキラさんは偉いです 私なんて家から逃げちゃいましたよ 」
「 偉くなんかないですよ 逆に逃げちゃえるツクヨさんに嫉妬しますよ 私もこんなじゃなかったんです 中学校と高校は島には無いですから本土に通います 船で1時間程度ですからね 都会の人だと通学に1時間なんて短い方なんでしょう それでも私にとっては物凄い事だった だって島以外知らなかったんですからね 楽しかったです 島の人じゃない友達と話したり遊んだり 彼女も作りました 自分にも島以外の未来があるんだって胸が高鳴りっぱなしでしたよ 修学旅行で東京に行った時 モデル事務所にスカウトされてね本気で悩んだものです でも私には出来ませんでした 怖くなったんだと思います
私は自から鳥籠の中を選んだ ”坑道のカナリア” なんです
今日は山歩きで疲れたでしょう早く休まれて下さい 島の夜は身に沁みますよ なにせこの島には毒がありますからね 」
地味な回になってしまいました。次は少し話しが動くんで派手に出来たらよいのだけれど。ではでは