第11話 胎動
目の前に在るものに対して理解がついていけない。
中心部には1mほどの朱色の箱が金色の布が掛けられた台の上に置かれている 箱の表面には金と黒の見たこともない模様が描かれていた、その箱を取り囲むように3対の真っ黒な鳥居のような物が三角形に配置されている 鳥居の高さは3mほどだろうか、さらにその周囲を五人の僧侶が取り囲む 正確には赤い豪華な法衣を纏う五体のミイラだ。
「 しかしこれはまいったな 」
カーキ色のつなぎ姿の小夜が腕を組んで吐き捨てると黒のつなぎの海乃がカメラの手を止める。ちなみにつなぎは百目奇譚取材班のユニホームらしい、まあ海乃が小夜の真似をしてるだけだとは思うのだが、私も誕生日に海乃から辛子色のつなぎをプレゼントされたが家で着てみただけである。
「 これって会長が坊さんごと閉じ込めたって事ですか 」
「 どうだろうな それなら大量殺人事件になってしまう 坊さんたちの状態を見る限り封じ込めるために自ら柱となったとみるべきか 」
僧侶のミイラは皆一様に中心に向かって祈るような形で朽ちている。五人もの人間が自らの命を犠牲にしてまで祈らねばならないことって一体何なのだろうか。
「 それよりこれ葛籠なんですか 私がイメージしてたのとかなり違うんですけど 」
「 そうだな 形状的には何方かと言えば玉手箱に近い感じがするな 」
そうなのだ まず最初に思ったのが浦島太郎の玉手箱を大きくしたものだった、子供の頃に絵本で観たものに似ている 紐でぐるっと巻かれ上部に結び目もある。
「 葛籠と呼んでいたからには植物で編まれた物なのだろう 表面を動物の皮が何かで加工してあるのかしれないな 」
小夜の話しを聞きながら私は無意識のうちに僧侶の脇を抜け葛篭に引き寄せられていた。
「 ツク それ以上葛籠に……
ガタッ ゴソッ … … 葛籠の中から音がした。
瞬間 小夜に掴まれ後ろに引かれる。
「 聴こえたか 」
「 ハイ 」
「 はい 」
「 まだ中に居るぞ 」
と その時何かが動いた。違う 外側だ。振り返ると50センチほど開いたシャッターの隙間から動く物がみえた。
『 あんたら そこで何やってるんだ 』
警察官だ。
「 海乃 ツク 預かっていた物は葛籠ではなく この建物に変更だ 見た目が異様だったから倉庫をかぶせた あとは昨日の内容でいく 」
「 了解です 」
「 わかりました 」
結局 警察署から解放されたのは次の日の明け方だった。
もし誰かに事情を説明しなければならなくなった場合の内容は事前に打ち合わせてあった。それは ”本当の事をはなす” だ、ただし祖父の話をそのまま話すと逆に信じてもらえるはずがない 下手をすると頭のおかしな集団と見なされてしまう。だから改変することにした、小夜の考えたストーリーは
”戦後 祖父のもとに遠縁のトリカリキヨジなる人物が訪ねて来て ある物を預かって欲しいと云う 彼の話す内容はあまりにも突拍子なくとてもではなく信じがたいもだったが彼があまりにも真剣だったので預かってやる事にした その後トリカリは現れる事なくそのまま祖父が所有する事になる 祖父が亡くなり遺産を整理する必要があり確認の為に以前からの知人で職場の上司である三刀と海乃に取材も兼ね同行してもらった”
このストーリーを聞いて 実はこちらが正解なのではと思えてしまう。かつてトリカリから聞かされた荒唐無稽な話は共に敗戦を体験した、まだ思春期だった祖父の中に強く刻まれる。晩年になりあたかも自分が体験した事のように思い込んだのだ。実際祖父に話を聞かされた時 過去に観た映画かドラマと記憶が混線しているのではと思ったがトリカリから直接聞いたのであればよりしっくりしてしまう。
「 なにをやっているんだ 三刀 」
身元引受けの為にやって来た車田がボックスワゴンの中で小夜に言う。
「 すまん が まさか死体が出るとは想定外すぎるだろう 何も聞かされてなかったのか 」
「 ああ 10年ほど前に倉庫の状態を確認にしに行っただけだ 中に入るのは禁じられていた 」
「 いつ出来た物なのかは分からないのか 」
「 わからん 土地はもともと鳥迫家のものだ 」
「 そこんとこ突っ込まれると厄介だな 」
「 どうしてッす 」
「 死体が無けりゃトリカリに葛籠だけ預かった事にしてどうにでも出来たが死体のせいで建物を預かった事にしてしまったからな トリカリの建物が鳥迫の土地にあるのは辻褄が合わないだろう 」
「 そっか 」
「 まあ当事者が誰も居ないんだから分かりませんでいいとは思うが 実際分からないのは事実だからな 問題は死体だよ 他殺ではないと思うが死亡時期が50年前とかだと面倒になるぞ 覚悟はしておいた方がいいぞ 車田 」
「 わかっている 」
「 それよりもやっぱり葛籠か 」
「 どうして警察が来た お前らしくもない 」
「 門の前では誰にも見られてないッスよ 」
「 門には内側から鍵をかけていた 警察が入って来ようと思ったら 乗り越えて鍵を破壊して門を開ける必要がある 私有地だぞ 令状もなくあり得ん 」
「 じゃあ警察がなにか関与してるって事ですか 」
「 いや 門を開けて警察を招き入れた何者かがいると私はみている しかも手際がよすぎる 」
「 ヤバい匂いプンプンじゃないッスか 目的はなんなんッス 」
「 わからんすぎて気味が悪いな 」
「 ところで葛籠はどうだった 」
「 居たよ 」
「 居ましたね 」
「 絶対中に居たッスよね 」
「 …… 」
「 あれ放置して大丈夫なんスか このままだとツクヨちゃんに鳥迫の末裔としてなんかあるんじゃないですか 」
「 じいさんの話だとあれと何らかの契約を取り交わしたのは神職の男だ 鳥迫の血に障りがあるようには思えんのだが 真月以外は長寿を全うしてるしな 警察が引き取ってくれて逆に厄介払いが出来たかもしれんぞ あれは私たちが開けてはいけない代物だ 」
「 で これからどうします 」
「 死体の方は私がどうにか処理する心配ない あとは三刀がどうにかしろ 」
「 じゃあツクはしばらく動くな ニコニコマートでバイトに勤しめ 私と海乃は葛籠の方を追ってみることにする 何かあったらすぐに連絡するんだぞ 」
「 ラジャー 」
( 都内某所 )
「 すんなりいったわね チョロイ チョロイ 」
「 このクニのグズ相手のくッだんねェ仕事だろ アクビがでるぜ で これからどうすんのよ 」
「 決まってるじゃない ブンどるのよ アタシたちはこの国からブンどっていい権利があるのよ 負けイヌどもからネ 」
「 そりゃいいや ワンワン 」
トリオイ陣営の話だとツクヨがまったく活躍どころか発言もしなくなるのをどうにかしなければ。