第36話 次の作戦に必要な準備
「よう相棒、帰ってきたぜ」
「ただいま!」
「ああ、お帰り、2人とも」
ハーネイトと伯爵はそれから、互いに何があったのか報告し情報を共有することにした。
「そっちのほうはどうだったか相棒?」
「……現場で2体の敵性存在と交戦、そのあと霊騎士の1人、ヴァストローという男と出会って、情報を色々もらってきたよ」
ハーネイトは何があったかを詳細に話しつつ、ヴァストローからの手紙を伯爵に渡し見るように促す。
「ほう、これは使える資料だな」
「霊騎士たちは、何者かに操られている。しかも犯人は魔界と関係があるようだ」
「そこまでわかったか。しかし装置の件はよ、あれはどこ産なんだ?」
「フフフ、実は装置を鹵獲できたのだ!ここだと解析が無理だから、新拠点開設後にじっくり調べようね!」
「えらい上機嫌やな。おもちゃを手に入れた子供かいな」
霊騎士たちの捜査に関する進展に驚く伯爵だが、装置を手に入れてうれしそうにしているハーネイトを見て体の力が抜ける。
一見余裕と優雅な振る舞いで美しく、誠実に見えるこの探偵事務所所長だが、オフの時、または気心知れた仲間が近くにいるときは天然気質を見せることがある。
一方でハーネイトは、かつて戦争屋集団である「DG」と戦ったことをふと思い出し、最初は敵の拠点と規模について探るのに苦心したなと苦笑いして、一層対策の強化が必要だと全員に話した。そして伯爵は一番大事な情報を彼に教える。
「それとな相棒、異界亀裂の中で気運に汚染されている場所を見つけたぜ、ヴィダールの神柱級のそれだったから、ゼノンたちの言う通信の乱れもそれかもしれん」
「ヴァストローから同じ話を聞いた。そんな事態になっているとは……探索スケジュールの進展が相当遅れているのがまずい」
「先生、只今無事帰還しました」
「ただいま先生!」
互いに同じような情報を入手した以上、避けられない問題だと双方考え、その上で異界空間内の調査の遅れが響いていることを話す。すると事務所のドアをノックし響たちが入ってきた。
「お疲れ様です、今日はもう休んでください。明日でいいので一応レポート的なのを簡単でいいので出しておいてくださいね」
「了解です!」
「あの、もう伯爵から汚染されている場所の話は聞きましたか?」
「ああ、こちらでも情報を手に入れた。さあ、どう除染しようかな」
「だけど先生、伯爵ですら撤退命令を出した場所ですよ。俺たちは大丈夫なんですか?」
ハーネイトは高校生たちから聞いた話について、自分も情報を手に入れていると説明し作戦をどうするか考える。
だが響は伯爵の慌てようから、あの禍々しいあれを自分たちで取り除くのが不安であった。ミイラ取りがミイラとか洒落にならなさすぎる、そう思い本当に大丈夫なのかと確認するが、ハーネイトは対処法を教えると言い説明を始めた。
「彼は恐らく霊量創甲を展開していなかったからだろう。自身の体を強固な霊量子の鎧で纏えば神気による影響は防げる。まだそのシステム自体に問題があるため完全版はすぐに用意できないが、簡易的な防御装置は作れる」
この地球にくる以前から、ハーネイトが代表を務める組織と、さらに別の魔法結社が共同で開発している研究中の防護装置があるという。それを使えば人間もヴィダールの神気による影響を最小限に抑えきれるというのだが、問題は効率よく全身を守る量の霊量子を展開できるかというところで、まだ実用化には少し時間がかかるという。
だがすでに簡易的な装置ならすぐに手配できると説明する。そこでハーネイトは、響たちに対し可能な限り霊量子、CPを収集してきてもらう任務を言い渡す。
「材料集めか、了解しました」
「たくさん集めちゃおうね」
「了解っす、しかし抜かりないっすね兄貴」
「死にたくないから、こうして用意周到に準備して、それでも気を抜かずに生きて帰る、事前にできることはすべてやるさ」
「そうよね……では先生はこれからどうするのですか?」
「先に気運を回収し、波動を打ち消せるように装置を調整しておく」
ハーネイトは自分がその気運を回収し、対策アイテムを製作するからそれまでは各自亀裂内の調査、探索とCP回収、可能な限りでの情報収集をお願いすると響たちに指令を出した。
「了解しました、先生。ところで先生は、伯爵さんといて怖くないんですか?」
「どうした、何か見てしまったって顔だな。ああ……最初はそうだったよ」
響と彩音、翼は揃いも揃って伯爵の残虐で恐ろしい面を見て警戒していた。それに関してハーネイトの返答も最初はそうだったと返答したうえで、なぜ一緒にいるのかを答えた。
「だけどね、彼もまた自分の大切なものを守りたい戦士なのさ。そこは自分と変わらなかった。だからこうしてともに活動しているのさ」
「俺も相棒もな、ハーネイトの実の親に振り回されまくった人生送ってきたんでな。そういう意味でも馬が合うのさ」
自身も相棒も、陰謀や運命に振り回されてきた。だからこそ強い結束で結ばれている。伯爵は笑いながらそう話した。
「ある意味兄弟だな、ハハハハハ」
「もう……とにかく、私がいる限り伯爵は大丈夫だ。とても菌の王には見えないが、実力は確かだよ。何せ何度も戦ったからね」
「確かにな翼、あれは怖いぜ」
「俺もだぜ響。だが頼れるは頼れるよな」
そうしてしばし彼らは事務所で話をしてから、響たちは事務所を出て自宅に戻ろうとしていた。しかし彩音は事務所のあるビルの一階エントランスから彼らを見送る伯爵に声をかけた。その表情はどこか暗いものであった。
「伯爵さん」
「さんはいらねえぜ、んでどうした彩音、響たちに聞かれたくない何かあるのか?」
「……あなたの相棒こと、ハーネイト先生って故郷でどんな人だったのですか?」
「ああ、そうだなあ。……やることなすこと全て規格外な、とても優しくてモテる奴だった。魔法で人を助けるのを何よりも喜び、人柄についてはとても敵を作るような感じには見えない奴だ」
伯爵は終始楽しそうにそう話し、彼を気に入っている理由について彩音にそう話した。ハーネイトは本当に、伯爵から見ても心地よい存在であり、真面目さとノリの良さが塩梅取れた、優しくて誠実な人間の鏡のような奴だとべらぼうに褒める。
「そうですか……本当にすごいのですね」
「ん、どうした彩音。具合でも悪いのか?」
「え、いいえ……」
伯爵は彼女の様子を見て不審に思うが、それ以上は問い詰めず気をつけて帰れよと促し、彼女も挨拶をして事務所のビルを後にした。そうして暗くなった街中を歩きながら、考え事をしていた。
「そりゃ、先生は人気者だよね……何故なんだろ、彼のことが気になって仕方ないの。でも、先生は昔女性関係で何かあったみたい。彼の過去をもっと、知りたいな」
彩音は心のどこかで芽生えた感情に困惑していた。今まで響と共にいることが多かったが彼は自分のことをきちんと見ていないのではと彼女は思っており、それがどこか寂しかったのであった。
一方のハーネイトはどこか距離を取る一面があれど自分たちをしっかり見ている、そう感じていた。
彩音はハーネイトに対していつしか特に興味を持ち、色々聞き出そうと考えながら家のあるマンションまで静かに歩いて帰宅したのであった。




