第35話 伯爵の最凶能力と禍々しいVの気運
ハーネイトがヴァストローと刃を交え、情報交換と協力関係を結んでいたその少し前、伯爵はというとハーネイトの指示に従い響たちと合流し、春花街内の調査を継続していた。
広い範囲を見て回るため、伯爵は空を飛ぶように指示を出すが当然高校生たちは当然戸惑う。普通空を飛ぶなんてことは人にはできないからである。
だがやり方を丁寧に教え、霊量子を推進力として使う術を教えることであっという間に高校生たちは霊量飛行術の方法を会得したのであった。
「まさか空を飛べる日が来るなんてねえ響」
「驚く話だよな彩音、だが悪くないな」
「霊量子って本当に何でもありなんだな、伯爵さんよ」
「そう言うだろうと思ったぜ、俺もだ。んでさんはいらねえ」
「でも伯爵はどうやって飛んでいるんだ?見る限り、霊量子だけじゃないっすよね」
「そもそも伯爵って、先生の傍にいるときも、街中を移動しているときもいつも浮遊しながら移動しているのだけど何で?」
響たちは伯爵の後ろについていく形で、足を中心に、体に霊量子を身にまとうことで自在に空を駆ける。
街並みの明かりがあふれるほどまぶしい夜の街の景色を一望しつつ、異変がないか彼らは神経をとがらせていた。
すると話をするほど余裕が出てきたのか、響と彩音、翼は伯爵を見ていた感想と謎について質問する。
「あー、お前ら俺がどんな存在か分かってないか?微生界人って種族だって言っただろ」
「あのね君たち、伯爵は無害な菌を放出してその勢いで飛んでるのよ」
「微生界、ってマジで微生物だったの?微生物の人間お化け???」
「てことは、今放出しているのが危険なあれなら……っ!」
伯爵は彩音に対しさん付けはいらないと言いながら呆れつつ、自分は人間ではない。人の形はしているが全く違うと説明する。
そこでリリーは仕方なく、響や彩音の質問に答えると高校生たちの表情が一気に青ざめる。また、響の質問に答えた矢先、伯爵は大笑いしてこう言う。
「みんな俺様のご飯だな、はははは」
「まじで笑えねえ。おっかなすぎるだろ!」
「だよな翼」
「本当に、伯爵さんは変わっていますよね。色々と」
響たちは、ハーネイトでさえ正直理解できるレベルを超えた存在であるが、この隣で飛んでいるどう見ても悪魔か吸血鬼の親戚にしか見えないこの男の方が、そんな怪物よりもけた違いに恐ろしいと全員同じことを思っていた。
「だけどよ、世界を守る気持ちは相棒に負けていねえよ」
「不思議な人?だな伯爵さんは」
「さんはいらねえ、伯爵でいいからよぉ」
「でも、伯爵ってなんでその、爵位呼びじゃないとだめなの?本名で呼ばれるの嫌とか?」
彩音は、いつもへらへらして元気にしている伯爵が、なぜ本当の名前であるサルモネラ・エンテリカ・ヴァルドラウンという名前を名乗らないのかその理由が知りたかった。
だが、それを本人に聞いた途端、伯爵の顔が俯く。その後彼は静かで重い言葉を放つ。
「……色々事情があるんだよ。名を知られると襲われやすくなるんでな」
「真名隠し、ですか?」
「まあそんなものだ。俺は色々訳ありなんでね、微世界人の中でもな」
「伯爵はね、自身の名前を嫌っているのよ」
「その話するんじゃねえよ……今でも、あの日のことは忘れられねえ」
伯爵は気丈に振舞い自身の名を明かすのは危ないからそう言わせているというも、それは半分嘘である。リリーはそれを分かっているのでぼそっと響たちに説明し、そうなった経緯について簡潔に話したのであった。
伯爵はまだ幼い頃に、敵の手により正気を失い暴れる父を止めるために武器を手に取り、倒した過去がある。その原因を作ったのが血徒であり、国は事実上崩壊し放浪する身となった彼はずっと血徒の行方を追っていたという。
「その、微生界の中にも色んな微生界人たちの住む場所があるんだね。故郷を守るために、伯爵は実の親を、倒さざるを得なかったなんて、悲しすぎるわ」
「思い出したくねえ話だよ、全く。色々記憶も飛んじまってるんだけどな、あの時の感覚だけは忘れられねえ」
伯爵は悲しげに、事件の時についてどうしても忘れられず、PTSDを負っていることを話す。
攻め込んできた敵の親玉が、自身の親であり育ての親である王の兄であること、何か強大な意思に支配され全てを壊しながら同胞を切り捨てていた光景、最後に、暴走を止めるため刃を交えとどめを刺したこと。
ハーネイトに出会う以前の記憶で覚えていることはほとんどないと彼は言う。だからこそ、リリーを救い、自分をも救ってくれたハーネイトを伯爵は何よりも大事にし悲しい顔にさせないために裏で努力しているという。
話をすべて聞いた高校生たちは、その後言葉が中々出なかった。自分たちも親や親族を事件で失った被害者であるが、この人ならざる存在も自分たちとは違えど辛い境遇を送ってきたのだと理解したのであった。
「いつか、全てを思い出せるといいんだが、難しいぜ」
「私たちもついているんですよ?」
「そうだぜ伯爵さんよ、俺たちも手伝えることがあったら、言ってくれよな」
「だーかーらーさ、さんはいらねえぜ、翼。へへっ、っと。おい、西の方に見えるか?」
「はい、あれも異界亀裂か?当たりだと嫌だな」
伯爵たちは目視で空中に発生していた亀裂を発見した。慎重に全員が近づくと、やはり一瞬で周囲の景色が異界空間である青い領域に変わり、全員異界空間に引きずり込まれたのであった。
「またかよ、マジでいらつくぜ。ちゃちゃっと原因を探し出して外に出ようぜ」
「下を見て!あれは魂食獣?」
「来やがったな!」
彼らは引きずり込まれるな否や魂食獣の奇襲を受ける。どうも見た目のデザインは蛙のようだがサイズが明らかに大きく、背中から目標を探知し伸びる触手を空に向けて数本放つ。
「蛙みてえな奴だ、っ!よけろお前ら」
「……!背中から触手が」
「かわしながら接近して!私が援護するから。大魔法40式・極点寒陣!まずは敵の足を止めること!」
少し突入タイミングをずらしたリリーが上空から援護し、カエルの足元をかちんこちんに凍らせた。その隙に響たちは周囲に着地し即座に構える。
「リリー、足元だけ止めてもあれだろ!」
「分かってるわよ、追式・天地霜剣!次に行動選択を削ぐこと!」
「だったら私も!弁天、音響波を!」
さらにリリーは詠唱を重ね、魂食獣の胴体を下から貫く氷柱で打ち上げ、そのあと空から巨大な氷柱を落とす天地霜剣を発動し反撃の手段を与えない。さらに追い打ちで彩音の具現霊・弁天の放つ音の衝撃が襲いかかる。
「げるううううううう!」
「悪いけど、とどめは貴方たちがやって!最後に大切なのは、とどめをきちっと刺すことよ!行きなさい!」
「言われなくても!」
「やってやるぜリリーさん!」
リリーの指示に従い、響と翼はそれぞれ具現霊を背霊し、強烈な連携攻撃で攻め立てた。
「言乃葉、新技披露だぜ!破閃斬!」
「合わせてくれロナウ!あれに一発きついのプレゼントするぜ、プロミネンスボレーーー!」
響の具現霊、言乃葉による空間を無数に切り裂く斬撃と、翼の具現霊ロナウによる火炎弾が直撃し、蛙型魂食獣は一気に体力をほぼ0にまで減らされる。
「俺の出る幕もないってところだが、ちっ、よけろっ!」
「伯爵!」
「え、嘘でしょ?ねえ、ど、どういうことなの?」
伯爵は冷静に観察するが、まだ抵抗する意思があることに気付き攻撃を読み、響によけるよう指示を出したが、次の瞬間彼は食べられてしまったのであった。
それを見た彩音たちは叫ぶも、リリーにいいものが見られると言われ指示通り少し様子を見守っていた。するとカエルは猛烈に苦しみだし、勢いよく仰向けににひっくり返った。
「俺様に盾突こうなど、未来栄光早いわ!俺は、U=ONEだぜ?全てを超越してんだよ!」
「げっ、食われたと思ったら、相手を食べやがった、だと?」
「クレイジー、だわ」
あっという間の出来事であり、伯爵が内側から魂食獣を食べ、腹を裂き外に出てきたのであった。
その光景を目の当たりにした響たちは揃って、この人とは思えぬ生命体の恐るべき能力に気押されていた。
「クハハハハハハハ!だから言っただろう、俺様こそ最強だとな」
「……もう伯爵さんだけですべて勝てるんじゃ」
「これもうどうやって伯爵と戦えば勝てるか分かんねえな」
「へっ、それがそうもいかねえのさ。俺は幽霊相手は本来苦手なんだよ。微生物だからなハハハ」
伯爵曰く霊量子というエネルギー、もとい万能元素は相当特殊な存在である。神気とも呼ばれるが、その所以はヴィダールという超エネルギー生命体を構成する物がそれであるからという。
一方で伯爵を含めた微生界人は総じて、細胞のない生命体を相手にすると途端に攻撃力がなくなるという。
特に他生物の細胞に依存するウイルス、リケッチア系の微生界人にとっては天敵も大天敵である。それ以外の微生界人でも霊量子の食べ方、つまり分解法が分からないため大苦戦どころかまず勝てないという。つまり、幽霊的、神霊的な存在が感染症にかかるかといえば、おのずと答えは分かってくる。
「まあ、普通ありえないっすよね。幽霊とか神様が感染症になるわけないわな」
「じゃあ何でさっきのは……?魂食獣も幽霊的なあれなんでしょ?ゼノンちゃんの鎧も溶かしていたじゃない」
翼は伯爵の話をすべて聞いてそう納得するも、彩音の質問に一同驚く。
「それはね、伯爵は霊量術を扱える微生界人だからよ。エネルギー体ですら、彼の前には獲物にすぎないわ」
「敵なしじゃないですかヤダーー!」
「敵としてぜーーーったいに、出くわしたくない奴NO.1決定だ。そうでないと、先生の相棒を名乗れないってことか。道は険しいな」
「攻略法求むと言いたいところだな。まあないだろうけど。てか本気出したら兄貴以外勝てねえだろこれ。味方でよかったぜははは」
リリーの説明を聞いた高校生3人の感想がこれである。確かに、事実上どうやって倒せばいいか分からない存在がそばにいるのはある意味怖い話である。
彼女曰く、霊量子を操れる修行を習得した響たちも、実力を上げていけば伯爵やハーネイト、またその同類相手にダメージが入ることを教えて場を落ち着かせる。
すると瀕死の魂食獣が、最後に舌を伸ばして襲ってきた。
「げっ、伯爵もとどめさしてないじゃないすか」
「面倒くさい、もう寝たい」
「彼に何を言っても無駄よ。ねえ伯爵?あなたの活躍しているところもっと見たいわ!」
「言うじゃねえかリリー、醸せ、死菌滅砲ーーー!」
リリーの一声で伯爵にスイッチが入る。ああ、この人、いやこの生命体は非常に単純というか単細胞な思考の持ち主なのだなと一同そう思い、彼の必殺技を見ていた。
彼は右腕に力を溜めかがみ、突き出す瞬間に眷属である微生物の奔流をありったけ瀕死の魂食獣に浴びせ、跡形もなく食らいつくしながら消滅させたのであった。
「一撃で、あの蛙が消えた……」
「敵に回してどう勝てばいいかわかんねえ、格が違いすぎる」
「これも、微生物の力だっていうのかよ、反則じゃねえか」
響も彩音も、そして翼も今見た光景に思わず唾を呑んだ。あれだけは絶対に受けたくない。そして、勝てるヴィジョンがまるで浮かばないという認識を共有していた。
「あーん?俺の能力をフルに使っているだけだろう」
「そうだけど、でも恐ろしいわ。……もう敵の反応もないみたいだし、帰還しましょう」
「待て……この先にただならぬ気配を感じるなおい、けったいな奴やでしかも」
伯爵はけだるそうにしていたが、この領域の奥に普段では感じない強大な気を感じたといい、空間の向こう側に進んでいった。彼らも後を追いかけると、しばらくして伯爵が動きを止めているのを確認して追いついたのであった。
「これはあかん!」
「大丈夫すか伯爵先生!」
「近寄るなお前ら、こいつぁヴィダールの気運だぜ!一旦引け!」
伯爵の怒号で響たちはその場から離れ来た道を戻っていった。そして少し遅れること伯爵が戻り合流したのであった。
「危なかったぜ、この俺様が……。明らかに、こいつぁ相棒の上司というか、神柱級の神気に、ああ、他にも魔界の気運、空気も混ざってやがる」
伯爵はひどく慌てているようで、他のメンバーが心配し声をかける。引く前に、確かに紫色の禍々しい何かが地面のあちらこちらに覆われているのを見た響たちだが、リリーは更にその中にあった装置に気付いていた。
「ねえ、あれはもしかして、神社の時に見た装置じゃない?」
「そうだ、けどなんか大きくないですか?」
「ゼノンの言っていた通信妨害の件の関係ありそうかな」
「かもな彩音。とりあえず事務所に戻るぞ!場合によっては全員総出であれを破壊せねばならん!あと掃除もな!Aミッション適用案件やろうなこれ」
そうして彼らはCデパイサーでハーネイトに連絡し帰還する旨を伝えたのち、別の異界化装置を見つけ機能停止させることでそこを起点に脱出し、その場を後にした。
しばらくして事務所に戻った伯爵は、既に依頼を終えていたハーネイトに声をかける。




