第34話 霊騎士ヴァストローと気運汚染
時刻は夜8時を迎え。ハーネイトは新拠点の近くで宗次郎からの依頼のため張り込みを行っていた。それと同時に、Cデパイサーを通じ伯爵たちに連絡を取る。
伯爵が響たちと合流し街内を探索中であることを確認すると、静かに標的を目で確認、しばらく様子を観察していたのであった。
場所はホテル近くの資材置き場。慎重に彼は目標に接近するため敷地内部へ足を踏み入れる。
「さて、ここが新たな拠点となるホテルか。資料内の写真通り、立派な作りをしている。交通の便や立地上、確かに便利そうな拠点ではあるな。ん?……あれは、報告に上がっている奴で間違いない」
すると前方に、例のターゲットらしきものがうろついているのをハーネイトは肉眼で確認する。
「魂食獣だな。しかも中級以上だ!」
目標との距離は距離はおよそ60m。物陰に静かに隠れていた彼を、その鹿型の魂食獣が見つけすぐさま臨戦態勢に入る。
「これ以上隠れても無意味だな。どうした、怖気づいたのか」
「………っ!」
獣は無言で睨むと、角を突き出しながら猛スピードで襲い掛かってきた。敷地内に置いてある資材を吹き飛ばすほどの勢いで彼めがけて突き殺そうとしてくる。
「なかなか速いな、だが!」
しかしハーネイトは至って冷静で、余裕のある表情を見せた。そして彼は瞳を閉じると、静かに一言を発した。
「翻ろ、紅蓮葬送!」
するとハーネイトは速やかに首元から紅蓮のマントを風にたなびかせながら作り出し、角が突き刺さる少し前であっという間に魂食獣の胴体をそれで捕らえる。
「どうだ、身動きできないだろ」
「……グルウウ!」
「まだやる気か、一撃で終わらせてあげよう。創金剣術・剣葬!」
鹿の魂食獣は捕縛されながらも藻掻き抵抗する。そこでハーネイトは瞬時に創金術で四方八方に剣を数十本召喚し、一気に鹿の胴体目掛けて放ちずたずたに貫いた。
その魂食獣は、断末魔と共に霊量子が傷口からあふれ出て、徐々に光となって消滅しその光を取り込み、彼は使ったエネルギーを回復する。
「とりあえず撃破した……っ、異界化か」
すると次の瞬間、いきなり視界が変わりあの異界空間が彼の周囲に展開された。どうも鹿自体が罠だったらしく、倒した際に仕掛けが発生する代物であった。
「異界化ねえ、洒落にならんことを!」
これも向こうの技術なのか、そういえば霊界を訪れた際に同様の現象を引き起こす存在がいると聞いたのを思い出したハーネイトは冷静になった。
もし安定化して異界化できる方法があるならいくらでも世界と世界の隔たり、境界を弱くして転移物が予測外のところから出現したり、世界融合が起きやすくなるだろうと懸念していた。
その世界融合により、ひずみが生じ世界柱という存在に影響が出れば誰も抗えない災厄が待っているという。
「貴様か、我の縄張りに入った愚か者は」
すると突然彼の目の前に、巨大な4つ首の怪鳥が出現した。背丈はハーネイトの2倍ほどあり、ギラギラとした殺意に満ちた8つの目線が全て彼の方を向く。
「そもそも、ここは誰の縄張りにもなってはいけない領域なのだが」
「そんなことは知るか!この中に彷徨う人間たちも、お前もこの場で食らう!今起きている現象、利用する、ウケケケケケッ!!!」
怪鳥は人語で話しながらそれぞれの頭でくちばし攻撃を仕掛ける。それを後方瞬間移動で彼はかわし、再度戦闘態勢に入る。
「人語を話せるということは上級クラスの魔獣だな、ここで叩く!」
「うしゃあああああ!」
「甘いな、紅蓮葬送・紅蓮乱舞!」
怒涛のくちばし突き連打も、ハーネイトの紅蓮葬送には意味をなさず逆に大きく吹き飛ばす。
「どうした?その嘴も飾り?」
「き、貴様ぁああ!ゴファ、ぐぬぬ、お、お前は、誰……っ」
「な、いつの間に!気配を断って来ただと?」
ハーネイトは攻撃を防いでいる間に、死角から攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、必死にマントをついばんでいた怪鳥は背中から剣を突き立てられあっという間に消滅した。それと同時に、禍々しい気を纏った霊騎士が現れる。彼は静かにハーネイトを見つめながら自己紹介をした。
「我の名はヴァストロー。……まさかとは思ったが、こうも都合よく来てくれるとはな」
「貴様も、死霊騎士なのだろう?どういうことだ一体」
「……まずは軽く手合わせしてもらおうか」
するとヴァストローは武器を振るいかかってこいとハーネイトを挑発してきた。ハーネイトは向こうの意図に警戒しながらも、再度刀を手にして間合いを一気に詰める。
だがそれを待っていたかのようにヴァストローはカウンターで攻撃を受け止め、剣を大きく弧を描くように振るい彼を吹き飛ばす。
「ぐっ、華奢な体のわりに一撃が重い!」
「只の剣士ではないですね、やりづらい相手だ」
ハーネイトとヴァストローはしばし、刃を交えながら話をした。ハーネイトの恐るべき鋭い太刀筋をヴァストローは受け流す形でかわし、互いの力量を肌で、剣で感じ理解する。
それから5分ほど攻守が交代する形で戦いは続きようやくそれは終わった。
「さあ、お前らは一体何を企んでいる!」
「私を彼奴らと同じにみるな。俺は密偵であり、まだ正気を保っているぞ」
「え、違うのか?纏っている気は、この前戦った騎士と変わらないのに」
ハーネイトの質問に、ヴァストローは自分の部隊が率いていた部下たちを洗脳じみた方法で離反させ失踪させた犯人を捜していることをハーネイトに伝えた。それは、まだはっきりと断定できないが魔界の住民によるものではないかという話をする。
「魔界、ですか。しかしその前に、ゼノンは自分たちの隊長たちも失踪していると。その中に貴方の名前が出ていたのですがどういうことなんですかねえ」
「おお、ゼノンに会ってきたか。それはよかった。……彼女らも欺いたのは、それも作戦の内なのでね。そうして行動を監視してきたからこそ先ほど魔界の住民がカギを握っていると見ているのだよ若人」
ヴァストローは、霊界の中では屈指の実力者であり離反したと見せかけ、独自に部下たちを洗脳し手駒にした犯人を捜していたという。
また、それに関しての経緯や推測される犯人像などについて、可能な限りハーネイトに情報提供したのであった。
事の発端は10年ほど前にさかのぼる。まだハーネイトが故郷で魔法探偵を営んでいたころ、霊界は本来の統治者であるヴィダールの神がおらず、代わりに様々な霊的生命体及び霊的感知能力のある人間が迷い込み戻れず暮らしていたという。
霊騎士はその人間たちの末裔及び神隠しなどにより連れてこられた人たちがその正体であるという。
そんな彼らの中には望まずこの世界に来たものも少なくなく、故郷に戻りたい人もかなり多かったという。その状況下で騎士団は内部に裏切り者がいるというある騎士の密告を受け、全員でその裏切り者を捜索していた。
それから時間が少し経ち、ついに見つけたがその騎士は別の世界につながる亀裂を作り出し逃走し、それを追撃した騎士団全員が何者かの精神洗脳攻撃を受けた。それにより洗脳された騎士たちは全員魔界に向かい、騎士団はほぼ瓦解状態となっていた。
ヴァストローも騎士団員から攻撃され傷を負い、恩師であるズィズナードが自身の代わりに命を落としたという。
残った騎士たちは霊界に戻るとすぐに離反した騎士の討伐に当たるようにと上から指示があり、わずか8人で失踪者の捜索をすることになったことを終始丁寧に説明していた。
「やはりか、ソロンと聞いた時点であれだと思ったが、おそらくソロン自身に配下の者がいるか、信者か何かがいるのだろう」
「……とにかく私の部下35名は全員重度の汚染状態だ。正気も失っているしな。犯人か、もしくはソロン自体を倒さなければ助けられん。帰りたいという気持ちの隙を突き、弱みを握り自分たちの都合のいいように動かしている。それが許せんのだ」
ヴァストローは悲しそうにそういい、自身が鍛え上げた部下たちがはた迷惑な存在となっていることにいら立ちを抑えきれずにいた。
本来霊騎士たちの仕事は霊界を守りながら各世界の肉体を失った魂たちを回収するものであり、それが出来ずにいる今世界にも影響を与え始めているという。
その上何者かに精神を支配され変わり果てた死霊騎士は、現在何者かの実質的な手足となり利用されている。それに彼は憤りを隠せなかった。裏で騎士たちを操るのは誰なのか、それについて今後も隠密に調査すると彼は言う。
「私たちが常日頃から異変がないか確認していれば、阻止できたかもしれない。申し訳ない」
「フッ、それをどうにかするのも女神代行だ」
「女神代行、だと?ほう、確かハーネイトと名乗っていたな貴様は」
ハーネイトの言葉を聞いた上でヴァストローは、彼にあるお願いをした。
「もし、部下を見つけたら遠慮なく倒せ」
「……!それは」
話を聞いて、自身が鍛え上げた部下たちを難なく倒せるほどに強い男。もしかすると使える、そう思い彼は期待も込めてそういったのであった。
「それと、私も貴様に積極的に協力したい。既にゼノンには自身がソロンの洗脳から免れたことは連絡した。教え子たちと合流できれば、調査報告を元に新たな装備を持ってこれる」
「貴方の持つ情報も、とても有益ですね。しかし、今回の霊騎士たちに関する事件と、異界化浸蝕現象に関しては関連があるのかないのか……。正直後者の方が危ないのですがね」
ハーネイトはここで一つ悩んでいた。死霊騎士たちの件も見過ごせない案件ではあるのだが、優先度に関しては異界化浸蝕現象の方が上ではないかと思っていた。
2つの事象にどれだけ相関関係があるのかを精査すると、現在のところ現象を死霊騎士や魔獣などが利用しているということは分かっている。
だが現象を引き起こしているのがそれらというわけではないと彼は見立てている。先日見つけた異界化しているエリアで見つけた装置。壊してしまったがパーツの一部だけは回収でき、分析をしていたが明らかに金属などでできている実体のある物であり、ここまでの技術力を持つ集団は多くないと考えたゆえ、捜査の優先度について話をしたのであった。
「異界化浸蝕現象か。世界と世界の境界が弱まるとは見過ごせんな。っ、そう言えば思い出したぞ。調査している中で騎士たちが正気を失った場所にあったのと同様な、禍々しい気運で満ちた場所がかなり存在している。その汚染地域の中に、奇妙な何かが置いてあった」
ヴァストローは、ハーネイトの話の中で異界化浸蝕現象に関心を持ちその中で、あることを思い出し自身が調査中に見つけた物体について話す。
「それは、こちらが探している装置かもしれません。これですか?」
ハーネイトは手帳を取り出し、挟んでいる写真をヴァストローに見せた。
「似てはいるが、これより巨大だ。この写真のは子機で、自分が見たのが親機のように見える」
「そうですか、それと汚染された場所があるというのは」
「うむ、先ほどの話に戻るが私の教え子であり部下たちの大多数は、その汚染エリアで正気を失いそれを見計らうかのように何者かの精神攻撃を受け行方をくらませたのだ。くれぐれもその禍々しい気運には細心の注意を配ってくれ。装置との関連から、恐らくそれを守るために周囲に近寄れないようにしている可能性もあるからな」
ヴァストローは最後に、装置についての話と部下がおかしくなった時のことを話し、禍々しいその気運を取り除かないと大変なことになるだろうと話す。
「分かりました。情報提供ありがとうございます」
その後互いに握手し、自身も近いうちに仲間に入れてくれと一言言ってからその場から姿を消したのであった。
「さてと、強力な情報提供者はありがたいが、異界化を解除しないと……おっ、やったぞ!こいつだな」
ハーネイトは元の場所に戻るため周囲を見渡し何かを探す。すると何かを感じ、目を凝らして見るとそこには、この前壊した装置と同じそれが置いてあった。
「これを、こうすればいいのかな?おお、止まったぞ。さあ回収でもしようかね」
ハーネイトはすぐに装置をいじり、機能を停止させることに成功し急いでそれを回収し時限倉庫に収めた。すると異界化も解除され元の風景に戻ったのであった。
「これを調べれば、捜査が大きく進展するかもしれない。汚染を取り除くか、昔血徒と戦った時も緊急で戦闘システムを構築したっけな。Aミッション、か」
やっと装置の鹵獲に成功し、心の中で大はしゃぎするハーネイトだったがすぐに落ち着き、今度は霊騎士が操られて事件を起こしている件、異界化を起こす装置とその周辺を汚染する気運に関しての問題が立ちはだかると再整理した。
特に汚染の除去ということについては少し昔、ハーネイトとその仲間が血徒の支配する領域を浄化するために生み出された戦闘術式を活用できないかと考えていた。
「ヴァストロー……か、彼の協力も期待できるが、なぜ霊騎士を操って代わりに働かせているのだ?今度はそれが気になるが、ん。胸ポケットに……これは手紙?」
今日出会った、ヴァストローは頼りになる。各方面とのコネクションを強化し、伯爵や仮面騎士、高校生たちと連携しつつ情報網を更に強固なものにしていかないと考えていた。
それから一呼吸おいて、もう一度あたりを見回し、これ以上異変がないことを確かめると自身のワイシャツの胸ポケットに何かが入っており、それを手に取り確かめる。
それは一枚の折り畳んだ紙であり、その中には霊騎士の特徴や先ほどヴァストローが話した一連の失踪事件についての話が時系列で書かれていた。
「ふうむ、確かにゼノンたちも言っていたが、霊量子を回収する能力に秀でているという点は気になる。操る以上、目的をもって犯人は動かしているが……魔界ねえ。魔界に行って失踪とは面倒だな。計画的犯行と見ていいかもしれん」
恐らくこれは周到に計画された事件であり、一連の流れ全てがそうなるように仕向けられたようだと彼は考察した。
今後は騎士たちを操る存在を見つけだし捕らえることと異界化改変装置をの撃破及び異界空間内の汚染を除去し浄化する作戦を主軸にしていこうとし、作戦会議をどこかで開こうと彼は考えていた。
最後にもう一度周囲を確認し終えると一旦帰還し、情報をまとめてから次の依頼をこなそう、そう考え彼は事務所まで帰還したのであった。




