第264話 動揺する救助された人たちと第2の拠点について
このままでは事態の対処が間に合わないと思いつつ彼はハーネイトたちの方を見ながら、この人たちの行動如何で結果が変わると考えていた。
「新たに作戦計画を立てないといけない。だが、どう人員を割り振りすればいい」
「やはり、新たに能力者になったあの人たちにも参加してもらうほかないわ。霊量子の力なしにあれを倒せないのは思い知らされたはずよ、みんな」
「もう一度、意思があるのか確かめてきます。戦闘には向かない人もいますし、そもそも関わることを恐れる人もいるでしょうし」
次の作戦には多くの人員が必要であり、彩音も響も、例の7人に対してチームに入ってもらったほうがいいと改めて強く強調するように提案を持ちかけた。
「学校どころではない話だね」
「ああ、こんな状態じゃまともに勉学に励めねえ」
「……私たち、本当にどうなっちゃうんだろう。また住めない場所が増えているなんて、なんで……?」
ハーネイトたちが話をしている間、別室でプロテメウスやエアハルトなど7名の現霊士候補がこの先のことについて話をしていた。中学生の楓也と切人は勉強とか受験とかどうするんだと話をし、コニカもそれに混ざりながら血徒による汚染の拡大に恐怖していると自身の心境を明かす。
「嘆きたい気持ちはすごくわかるがよお嬢さん。戦って取り戻すしかねえんだよ」
「悲しいが、それが現実。私はもともと軍人だ、民の生活と安全を脅かす存在は早急に倒すべきであると考えている。そのためならば私は戦う」
戦うという行為自体が怖いと感じるコニカに対し、背後から声をかけるジャックはそういうと、コーラを飲みながら話に加わり、故郷ロンドンで起きた血徒が犯人と思われる事件について話しながら、長年の付き合いである友人を3名それで失っていることを話した。
その話に反応した赤穗もまた、自身の体験談を述べながらも守るために今の職に就いていることを話す。
「こんな状態では店を開いていても閑古鳥だし、サポート面で何かできるなら協力したい」
「仲間に加われば、身の安全と高額の給与、見合った活躍に応じた出来高払いに各施設を自由に利用できる、とあの男の部下は言っていたな……」
「全く、この事態を楽観的に見ているようだのう。敵のボスを倒したわけではないのだぞ?……だが、いつまでも逃げているわけにはいかん」
そんな中エアハルト、ナブハップ、プロテメウスの3人は既にやる気満々な感じで話をしながら、敵である怪物たちに立ち向かうために修行し力を身に着けようと画策していた。
「あのう、お話をしているところすみませんが少々お時間を頂けませんか?」
「ハーネイト殿か。こちらは構わんが」
「皆さんも現場を見たとおり、この先ああいった怪物や怪異が出てきます。また、今回事件に巻き込まれながらも能力を得て難を逃れた貴方たちも今のままでは自分自身の力に苦しめられる可能性が大きいです」
ハーネイトは改めて、新たな能力者たちに対し自身の下に加わり、適切な治療と能力操作方法の習熟を行う必要性があることを説明する。
「だから、軍門に下れというのかブラザー」
「すぐに、答えを出さなくていいです。心の整理がついて、落ち着いてからでいいです。もし、関わりたくないというのでしたら申し出てください。その力を回収し、今回のことに関する記憶を消して元の生活に戻っていただくこともできます」
少しだけ不満そうにそう言うナブハップに対して、ハーネイトはいつになくどこか弱気な感じで、優しくそう述べると申し訳なさそうに、顔が少し俯かせていた。
「すぐにでは、なくていいのです。引くことも英断です。では、私も仕事があるので……」
とりあえず、大事なことは伝えた。あとは彼ら次第だと考えたハーネイトはその場を離れようとしたが、すぐに呼び止められる。
「待ちな兄弟、俺はあんたやアイツらと出会って、あの事件の手がかりを掴むことができたんだ。それについてはとても感謝してるぜ」
「俺は巻き込まれて、話を聞いたときに既に腹ぁ括ったぜ。俺は戦うのが好きなんでな、競技だろうが争いだろうが構わねえ。その代わり、報酬の面は期待できるんだろうな?」
「若者ばかりに任せてはおけぬ。わしも祖国で事件に巻き込まれた手前、落とし前をつけなければ帰ることができん」
「私は元々貴方たちの行動を監視する役を仰せつかっていましたが、亡き上司と共にあれを倒せる力を得た今、参加を断る理由はない。ご指導ご鞭撻のほど、よろしく頼みます」
大人たちは既に覚悟を決めていた。ナブハップを初めとし、ジャックもプロテメウスも、赤穗も過去に事件に巻き込まれた被害者であり、何としてでも解決に協力したいという気持ちが強い人たちであった。
ハーネイトは最初、これ以上多くの人を戦いに参加させることに罪悪感を強く感じていた。自分たちだけで蹴りをつけなければならない、だけど力を奪われ全盛期の力を出せない今がもどかしい。だからといって、事件の被害者である人たちにこれ以上辛い思いをさせていいのかと思うと強く出られなかったのであった。
「気合がすごく入っていますね。……分かりました。給与面や福利厚生面などの説明および、連絡および強化機器、Cデパイサーの講習会も含めた説明会を行います。時間の都合などで参加できないのでしたら後日でも」
「何時でも構いませんよ。そもそもこんな状況下では商売あがったりなのですから。村の件もありますし……ということで、よろしくお願いいたします」
「怖いは怖いのだけど、でも、家族の仇は、取りたい……!親戚のところにも戻りたく、ない。ハーネイトさん、よろしくお願いします」
「俺と切人は構わねえぜ。こうなったのも何かの縁だろうしな、そもそも奴らには恨みつらみ色々ある。だが、勉強する時間くらいは欲しいぜ」
「何勝手なことを、ったく。一応僕たちは学生なので、そこのところは配慮いただけますか?手伝いなどはしますから」
エアハルトは最初悩んでいたが、どちらにせよ故郷を壊した犯人に迫ることができることと、裏方でのサポートなどで活躍できる機会があるなら自分の力を役立てたい、そう思い参戦する。
その後、楓也と切人、コニカは順番にできるだけ作戦に参加したいという意思を示す。勿論彼らは響たちと同じ学生なので参加できるタイミングは限られるが、今後の作戦においては霊量子が満たされている異境界航行空間内で、長い時間動くことができる人材が一人でも多く必要なためハーネイトは今までよりも感謝の意を強く示し一礼したうえで、自身も全員の負担を極力抑えるために全力で当たることを宣言する。
「……分かりました。協力のほど、感謝いたします。皆さんのご希望に全力で応えていく所存ですので」
「おいおい、気になってたんだが、何であんたは妙に気が弱そうというか、申し訳なさそうな感じなんだ?」
ジャックは誰よりも早く、ハーネイトの挙動が怪しいことに気付き質問する。仮にも組織を率いるリーダーである彼が、やけに物腰丁寧すぎるというか、強気に出られないという点が引っ掛かっていたからである。
「それは……はい。私たちがもっと早くに気付き手を打っていれば、皆さんをこのような事件に巻き込まなかった、そう考えると……強く出ることなんてできないではないですか」
「でしたら、なおのこと毅然とした態度で、早期解決を目指すため組織の長として動いた方がみんなのためになるのではないですか?」
「そう、言われると……うむ」
エアハルトはジャックとハーネイトの会話に割り込み、個人的な考えを述べる。倒せる力を持つ人材を集めて、早く事件を終わらせることが結果的に犠牲者を少なくするという考えはハーネイトも前々から考えていたため、少し言葉が詰まる。
「1つ先に言っとくぜ大将さんよ。行動選択の結果に対して堂々としてねえ奴の下で働きたくはない。俺たちまでその命令に疑問を持ちすぎて正常に動けなくなるぜ」
「貴方が一体何者なのか、まだ分からないところは多いが気負いすぎる一面があるのではないかの?責任感の強さからくるそれは、あまり放置していていいものではない」
「ハーネイトさんが、ピシッと判断を下してくれるなら、私も、迷わず戦える、かなあ」
「……私も、まだまだ未熟、か。うまいこといかないな。人生とか、夢とか。では皆さん、私たちのチーム、組織に加入するということでいいのですね?」
「全員、それに異を唱えることはない。もう、話をして決めたことだ。フッ、久しぶりに血が騒ぐ」
全員の覚悟をしっかりと受け止めたハーネイトは、彼らの気持ちにこたえなければ彼らの決意を汚してしまうだろう、そう思い新たな能力者たちを編入することに決めたのであった。
「私は一旦京都の春花に戻ります。応援を連れてきたいのと、敵技術の分析やこちらが行っている研究を進めたいのが理由ですが」
「そうなのか、ならばわしらも同行したいのだがな」
「研修というか、教育ってのを受けねえとあれなんだろ?」
「ああ……ど、どうしようか。しかし」
自身は一度戻ることを伝えるが、8名はついていきたいと意思を示す。だが移動の負担等を考慮しハーネイトは返答に困っていた。それに助け船を贈る形で宇田方がある提案を出す。
「ハーネイト殿よ、防警軍の管理する施設の中に、現在使用されていない地下施設及び洋館があるのだが、そこを第2の拠点にするというのはいかがかな?」
「できればそれを借りさせて頂けるとありがたいのですが、大丈夫なのですか?」
「勿論大丈夫だ。管理などをそちらで全部してくれるのならば、そちらの所有にしてもいいぞ」
桃京で拠点を用意してくれるという話に、ハーネイトは深く感謝してから早速手続きをしてほしいと宇田方に依頼する。
「では、お言葉に甘えてその施設群を使用させていただきます。ポータル移動はある程度鍛えないと不測の事態が起こる可能性もあります。8人の方はその第2拠点にて指導や講習などを行いましょう」
またも仕事が増えてしまうが、いつかはやる必要があっただけのことだと考えて話をまとめ、方針を定めたハーネイトは帰還する身支度を始めようとする。
「分かりました。準備ができた時にはよろしくお願いします」
「一旦自宅に戻りたいな。お前ら坊主もそうだろ?」
「そうだな、しかし一つ質問したいが」
「楓也、だったな。何か?」
「新たな施設ってのは寝泊りとかできる個室とかあるのか?」
少し目つきの悪い、クールな態度を貫く中学生の楓也はハーネイトと宇田方を見てそう質問する。それを聞いた宇田方は、部屋の中を動き回り何かを探し出してからある資料を手渡す。
「そういやこれを渡すのを忘れておった。これが提供できる施設の内部見取り図だ」
「地上地下に部屋がこれだけあるのか。ただ、個人的には更に地下の方を広げたいが」
「そうなると工事などで時間がかかるぞ」
「こちらにはある工法がありますのでお任せください」
「何か足りない資材でもあれば申し出てくれ。できるだけ早く手配しよう」
「分かりました宇田方さん」
ハーネイトは春花の拠点ことホテル・ザ・ハルバナと同じような拠点開拓をしたいといい、許可を取り付ける。少し呆れるも宇田方は事情を聴いて承諾したのであった。
「これくらいしか、できることがないのでな。現状は……だが、今は各自できることを全力で行うことが大切なのだ。この好機を、決して無駄にはせん」
「はい、血徒が何故目立つように活動し、多くの命を奪い勢力を拡大させているのかその理由にも迫りつつ、計画の妨害と被害を抑えることに重点を置いた活動をしていかないといけません。それと、あの時に本来伝えるべき内容があります。既に仲間となっている人たちは知っていることです」
ハーネイトは春花に帰る前に、宇田方も含めた部屋にいる人全員に、今までの捜査についての調査結果と、事件の黒幕について話をしたのであった。
「何だと?血徒が異世界の住民を操り、更に別の生命体を操ることで計画を進めていたというのか、それは真実なのか?」
「はい、敵の幹部の一人が情報を吐きました。地球以外の世界の住民も、血徒により重大な損害を負っているということが今回の事件の捜査上で判明しました」
「10年ほど前から発生していた、日本各地での怪事件の幾つか、特に集団昏睡事件や壊滅事件などの犯人と黒幕、全部つながっているとは驚きだ」
話を聞いた人たちは、全員しばらく黙って俯いていた。日本人である赤穗、楓也、切人は過去に起きた事件のことを思い出し、なぜ今まで犯人を特定できなかったのかが分からず戸惑い、ナブハップらもまた、同様の事件は確かに日本以外でも起きており多くの人が苦しんでいる事実を伝える。
「人間以外にも容易に感染し操れるのか、それは非常に脅威だ。その魔界とやらの住民ですら抗えないほどならば、人間以外の生物など更に危ないな」
「実際に血徒汚染の影響を受けている生物を発見しています。恐らく、汚染は地球全体で進んでいるとみていいでしょう」
医者であるプロテメウスは、自身がかつて対応に当たった患者の中に血徒汚染で苦しんだ末亡くなった人たちがいること、その時の状況を話してから改めて感染力の強さについて思ったことを口に出した。
ハーネイトは正直、ここまで地球が滅茶苦茶な状態になっていたことを知らなかったため、彼は彼で戸惑いを隠し切れずにいた。




