第259話 血徒と微生界人の因縁
「攻撃が通るってことは、少なくとも普通の人間、ではないな?」
「この感覚、まさかとは思ったが。お前ら遠い同族か?」
「同じヴィディアルっていいたい?ならそうだ。ヴィダールとも呼ぶが、私は第4世代のヴィダール神造兵器だ」
ハーネイトはレプトスピラ症の微生界人2人とツヴェルクロナに対しそう答え、彼らを驚かせる。伯爵はそれに便乗し、血徒全員に対し怒号をぶつけるような形で質問をした。
「お前らいい加減にしろや、そもそもなぜ血徒に加わった!」
「私たちだって、もっと自由に安全に生きたいの。そのために、力が必要なんだから」
「あのお方の計画が成就すれば、誰もが伝承の存在、U=ONEになれるのだ」
「そもそも、先代の菌王が早々にあれの封印を解けば済んだ話なのだ」
すると返ってきた返答はこのようなものであり、伯爵は特にショックを隠し切れなかった。元々自分も既に亡き父であり王であるサルモネラ・エンテリカ5世の遺志を継ぐ者として、多くの世界を渡り歩きながら行方不明になった同胞を探しつつ新たな世界の構築を目指していた。
だが同胞の多くがある事件をもたらした存在の手下に加わっていること、更に敵の目的も自分の目指している物と変わらなかったことについて、どこで道を間違えたのかというのだ、そういった点に彼は衝撃を受けたのであった。
だが、昔の自分と今の自分は明確に違う。あの時の未熟な自分はもういない。新たな力を得て、多くの仲間と出会い死闘を潜り抜けた今の自分ならばその目的は絶対に達成できる。そういった自信が、彼の放つ言葉に強烈な意思をまとわせる。
「はあん、U=ONE、アルティメットワン。究極の一か。それなら俺とエヴィラは既にそうだぜ」
「何をでたらめなことを言う。サルモネラ家の落伍者が!」
「言ってくれるじゃねえか、ぶっ醸すぜぇ!伝説の存在に至った、今の俺の力。それを身をもって味わえやぁああ!」
自身が微生界において伝説、伝承の存在であると呼ばれるU=ONEであることを証明するため、伯爵は構えてから右手に眷属をまとわせ、さらに霊量子も混ぜ合わせてから前方に向けて強力無比な微生物を含む巨大竜巻砲を放った。
その一撃は、地下大部屋の壁をど派手にぶち抜き削り取り、その余波で射線近くにいた血徒らにもダメージを与える。
「くっ、なんて威力、なんだっ。かすってもいないのにこれほどにダメージを、負うとは」
「これは、想定外の事態だな」
伯爵の一撃の恐ろしさを物語るは、明らかに竜巻の影響範囲外にいたクロナやカル二コーラも体に複数の傷が走っていたことが証拠になる。
霊量士として、U=ONEになる前の彼ならばここまでの一撃を放つなどできはしなかった。彼の実力を肌で感じた血徒は、久しく恐怖という感情がよみがえりその場からしばらく動くことができなかった。
「何をしているのですか、双方一旦引いてもらえませんかね」
部屋の中に一人の男の声がそう響く。すると地上につながる階段口から、血徒、スフティスが現れる。騒ぎを聞きつけ駆け付けたようであり、疲弊している同胞の姿を見た彼は伯爵の方を向いて声をかけた。
「サルモネラ伯爵、といいますか。話はよく聞いております」
「貴様は、確かスフティスという割とルーキーな血徒17衆だな。エヴィラから話は聞いたぜ。死にに来たのか?」
既にエヴィラ及びルべオラから、血徒17衆ことウイルス系微生界人の主要メンバーについて聞かされていたため、正体を知っていると伯爵は言い放ち覚悟してもらおうといわんばかりに菌剣を向ける。
「とんでもない。早くお会いしたかったです。それよりもよくここを突き止めましたね。フフフ」
「んなこたぁ朝飯前だろ、俺もお前らもな。だが、これ以上生物の命を吸いつくし何をするんだぁ?黙ってみておけねえ」
「何故人間に肩入れするのですか貴方は。散々苦しめられてきたのでは?」
伯爵は怒り心頭でスフティスにそう問いかける。無理もない、伯爵もまた血徒によりひどい目にあわされた過去があるからである。しかしスフティスは、彼に対しそう質問する。
「人間にも、面白い奴やいいやつはいる。大事なことを教えてくれたマイハニーもいるんでな」
「サルモネラ家としての責務を放棄して何をほざくかと思えば……おや、これは面白い。いえ、失礼な物言いをお許しください」
「ああ?どういうことだ手前」
スフティスの妙に鼻につくような質問に対し伯爵は、今の自分があるのはみんなのおかげであるといい、それは人間も含まれると静かに答える。
だが、実のところ彼も人間を始めとする生命体の多くを昔はよく思っていなかった。微生界人の立場からすれば、人間は特に脅威な存在であり、消毒殺菌、抗生物質の開発などは存在自体を苦しめるものであった。血徒に入った細菌系微生界人も、それを克服するために参加している者が多いという実情であった。
その中でもサルモネラ家とその近縁の一族はある存在の封印をずっと任されてきたといい、現家主である伯爵も含め、先代の王らに対し何故それを解放しないのかという不信感が蔓延していた。
複雑な経緯が他にあるとはいえ、もっと苦しいと訴える声に耳を貸していれば、血徒などに魅了され行方知れずになる同胞は少なかった。そう思うと伯爵は自分の選択を悔やまずにはいられなかった。
一方でスフティスは、サルモネラ家に対し吐き捨てるような形で罵倒しようとしたが、あることに気付く。確かに彼はあれのカギを持つものだが、どうも純粋なサルモネラ一族ではない存在だということである。
なぜ彼がカギを持っているかは不明だが、スフティス本人はこの点について何か思うところがあるのか謝罪し、深々と一礼したのであった。
「何でもないですよ。それと貴方たち、それ以上手の内を明かすのはどうですかねえ」
そうするとスフティスは今度は味方に対し苦言を述べる。新兵器の技術開発にも携わったスフティスは、不甲斐ない戦いをしていた味方に関して地味に辛らつな言葉を贈る。
「人間、じゃねえ奴にどうやって醸せと。んな奴がいるのは聞いていねえぞ」
「我らは、霊体相手には十全の力を発揮できぬ……痛いところを突かれた」
「そうでないと勝てないの。見ていたのでしょう?」
「はい、勿論ですとも。まあいいですが、ハーネイトと名乗るお方に問いたいことがあります。貴方ですね?容姿などを見るからに、ええ」
「ん、何だ。返答によっては即座に切る。悪いが血徒には恨みしかない。最愛の女を奪い俺からすべてを奪ったお前らを俺は……」
部下たちが相手が悪いと言うが、スフティスはそれも計算していると言い味方の怒りを買う。そんな中ハーネイトの方を向き、あることを聞きたいと言ったのだが彼の暗く恐ろしい目を見て思わずたじろぐ彼に対し、ハーネイトは血徒には容赦しない、全てを奪い狂わせた存在を倒すと漆黒の意思をぶつけたのであった。
「貴方が秘めるその力は、明らかに造物主のその物です。それほどの力がおありになりながら、何故全てを統べようとしないのです?」
「戦うのが、本当は嫌なんでな。だが、戦神の名を背負っている以上看板さげるわけにはいかない。それとお前らを一方的に倒せるってだけで担ぎ出されて、嫌なのに戦って……確かに優しく強き王にはなりたい、恩師の最期の言葉は片時も忘れたことはない」
それからハーネイトは、本当は風と自然を愛し人を助け続ける魔法使いになりたかったのに、血徒のせいで初恋の人も、迎え入れてくれた村も、大好きな自然も何もかも奪われ復讐者になったことが一番悲しく辛いこと、王になりたいのも、あくまで亡き恋人の遺言のためであり、本当は自分のような存在は居てはならないから寝ていたい、そう激情に駆られるのを押さえつつ話したのであった。
自分はヴィディアル、ヴィダールと呼ぶ存在により生み出された、世界を消滅させるほどの力を持つ兵器。どこまで行っても、その兵器である事実は変わらない。人の形をしているけど、究極の人でなし。
そう自覚している彼は、自分の出番がない未来を望んでいた。兵器が活躍するということは、誰かが不必要に傷つき命を失っている状況であるため、誰よりも平穏な平和を目指す彼らしい、どこか悲しさが込められた一言であった。




