第247話 桃京防衛戦 NRBブリッジ1
桃京の沿岸部に存在する、2つの都市部をつなぐ、全長約800m、全幅最大約50mというその大きさと、緻密に計算され作られた荘厳かつ美しい姿から、多くの人が桃京を訪れる際に近くを寄る橋がある。
大規模整備及び修繕計画により、その輝きを取り戻し、耐久性を飛躍的に向上させたその橋は、ニューレインボーとも呼ばれる。その橋にも、血徒の脅威が確実に迫ってきていた。
「ついてなさすぎるな。乗っていたバスが事故に巻き込まれるとはよ」
「あ、あれを見ろ!何かが迫ってくるぞ!」
橋の壁に衝突した大型のバスがあった。他の車両もほぼ同様の状態であり、中には炎上しているものもあった。
その光景を見ながら、ある大柄の褐色肌の男性はぼやき、頭を掻きながら悠長に、どうやって逃げようか考えていた。一方で彼のやや後方にいた、スーツ姿の会社員は橋の対岸のほうを指さし、何かが迫ってきていることを訴える。
「なん、で……こんなところにもいるの!」
「どうした、お嬢ちゃん!」
その中で、顔を手で覆い泣いている少女がいた。地面に膝をつき、恐怖で体が動かないようで、ぼやきながら周囲を見渡していた先ほどの褐色肌の男性は、彼女に動けるかと確認するため声をかけた。
「あ、あなたは?」
「いいからこっちへ来るんだ。他にも人がいる」
このニューレインボービッグブリッジ (通称NRBブリッジ)には主塔に避難用のエレベーター及び避難場所が用意されていた。
これは、ブラッドホワイトデー事件と関係があり、少しでも迅速に逃げられるようにと再整備の時に増築されたものであった。そこに彼女を連れて行こうと男は手を握ると連れて行くのであった。
「畜生、あん時の化け物が、何でこんなところによ!」
「怖い、怖いよっ!」
「声を出すな、感づかれるぞ!」
男は、先ほど見た吸血鬼ゾンビの群れを見て、昔の思い出したくないことを思い出し、目をしかめながらも少女を守るため、必死に走り避難用のエレベーターまで走る。
この男の名前は、アンスウェル・エンリケ・ナブハップという。かつてはUSAA、つまりアメリカの陸軍で兵士として勤務していた。軍を辞めてからもトレーニングは欠かさず行い、肉体の維持に努めている。
年齢は33歳で、他のバンド仲間と演奏をしたり、ボクシングジムに通ったりするのが趣味な、誰とでも割と早く打ち解けられる陽気な男である。
彼は、ほかに逃げてきた同じバスの搭乗者を見ながらどうやってこの状況を切り抜けるか考えていた。時間はあまり残されていない。外につながるドアをわずかに開け、外の様子を彼はうかがっていた。
一方で、ハーネイトたちの命によりニューレインボービッグブリッジまで全力で駆けていた韋車たちは、ようやく現場に到着し、状況の深刻さを目の当たりにする。
「連絡を受けて駆け付けたが、こりゃすげえなあ」
「それどころの話ではないですよ韋車さん」
「わかってるって、こりゃどうやるか」
「おい、あんたら何やってんだ!」
橋に入り、中央部を目指すも辺り一面、事故を起こして大破した車が立ち往生しておりいまいち状況を把握しきれない。そこでオフィーリアは少し後ろから偵察用ドローンを飛ばし橋の上空から敵の総数把握を行う。
そんな中、橋の中央部に向かう韋車達を見たナブハップは、外に出ると彼らの行く手を阻むかのように立ちふさがり、危険だと強く訴える。
「気にするな、それよりも早く逃げるんだ」
「正気か?ちっ、他にも逃げ遅れている人が数名いるはずだ」
韋車はそんな彼の言葉に自分たちで片づけるからと言い、先に進もうとし、ナブハップはオーマイガーと言いながらも、何か知っていることがあるのかもしれないと感じ後方からついていくことにしたのであった。
「オーケー、全員助けるまでだ」
「おい、エレベーターの電源が入らないぞ!」
「嘘、でしょう……?どういうことなの」
「おっと、どうしたラパッチ!」
「ナブー、避難用のエレベーター壊れてるぜ」
ナブハップの背後から一人の男が走って迫り、緊迫した様子で彼に声をかけた。どうも彼の友達の様であり、避難用のエレベーターが動かないとナブハップに教えた。
「なんだと?そりゃどういうことだ」
「あの、何かありましたか?」
「ああ、あそこにある避難用の施設が壊れてやがるとな。あの中には30名ほどいるんだ。おい、周りの奴らにも出てきて、元来た道で橋から降りるようにと伝えてくれ」
そうしてナブハップは、急いでシェルターに向かい、中にいる人たちに対し別の避難方法でここから去るように命じた。するとぞろぞろとドアから人が出てきて、橋を下りようと走り出したのであった。
「全く、昔のことを思い出すな……あん時は密林の中だった。そして、今回は火の海の中……くっ」
逃げる人たちに目線を向けながらナブハップは、橋での光景を目に焼き付けながら、昔軍人として、ある作戦に参加していた時のことを思い出す。後悔ばかりの人生、なぜこうなったのか。世の中は理不尽だらけだと思いながら、彼は生きてきた。
それを見ていた少女は、ナブハップに声をかける。その悲痛な面持ちや声が、どうしても気になっていたのであった。
「おじさん、さっきは、ありがとう。あの……何を言ってるの?」
「っと、今のは、忘れてくれ。さあ、どう切り抜けるか……っ!」
「そこのお前ら、橋を走って降りるんだ!俺たちがあれを抑えている間に行け!」
ナブハップは、独り言を聞かれていたことに赤面し、自分も落ちたものだなと思っていた。すると韋車たちはまだ橋の上にいた人たちに対し、橋を下りるように指示を促した。だが、それに気づいた血鬼人らが速度を上げて迫ってきていた。
「気づきやがった!くそっ!CPF・戒炎だ!」
「ピギァアアア!ギャアアア、アアァ……」
韋車は迫りくる血鬼人に対してすかさず、Cデパイサーに入力してからCPFを発動する。
戒炎は、幾多の火炎柱を前方に発生後、それを一つに集約して爆発させる火炎属性の霊量子魔法である。数十体の敵を巻き込み、爆発するそれを見たナブハップは、思わず驚き尻もちをついてしまった。
「な、んだと?いきなり燃えやがったぞ」
いったい、どういうトリックをこの作業服を着た男は行ったのだろうか。点で推測がつかないナブハップは、どう見ても駆け付けた人たちはただ者ではなく、何者か知りたくてたまらなかった。
「そこのお二人さんは無事かい?」
「ああ、なんとかな。しかし橋の向こうからわいてきてやがる」
「なあに、全部倒せばいいんだな」
「何を言ってやがる、あれは銃も爆弾も効かねえんだぜ兄弟」
迫りくる血鬼人の群れに対し、すべてまとめて在庫一掃セールだぜと笑う韋車。それに指摘する形でナブハップは、昔軍隊で任務中に出くわし、自分以外の仲間をすべて殺したある存在について経験を交えた話をする。
「ほう、昔あれと出くわしたのかいあんたは。じゃあよく見てなよ!行くぜ、レイオダス!」
韋車は、へへっと不敵な笑みをナブハップに振り返りながら見せると、気合を入れてレイオダスに声をかけ、自身の背後に召喚する。それを、ナブハップは確かに見ていた。
「オゥジーザス!何だと!それはライオン、なのか?」
「なんだ、あんたも見えるのかい。じゃあ、俺たちの力目に焼き付けな!レイオダス、マグナエキゾーストバーン!」
韋車はそう言いながら前方に駆け出し、それに合わせレイオダスは高く飛翔してから、前足に炎を集め、地面に着地すると同時にそこを起点に炎を地面から噴出させ、迫りくる血鬼人の集団を一撃で焼き払った。
「そこ!CPF・六魔天閃!全く、先を突っ走りすぎです貴方は。さあ、この風に呑まれなさい!」
大破した車の陰から、韋車の喉元めがけてとびかかろうとした血鬼人に対し、韋車の後方から6色の光条がそれを穿ち浄化する。
亜里沙もまた、具現霊である碧緑孔雀と連携し、避難誘導も併せながら敵の接近を妨害していた。
「ふう、亜里沙のお嬢ちゃんナイスだぜ」
「全く、仕方のない方ですね」
「どんどん片づけるしか方法はなさそうね。そこ!」
「ひゅう、あの距離から一撃か」
亜里沙と碧緑孔雀の放つ攻撃は、幾つもの血鬼人が融合した大型の血鬼を一撃で撃破し、それを見た韋車とメッサーは口笛を軽くふいてから驚嘆する。だが、その破壊された血鬼は更に巨大化し、復活したのであった。




