第238話 桃京解放戦 桃京駅防衛3
「すまない、全く」
「謝るならもっと自分を鍛えなよー。にしても、奴ら何を狙っているんだ?ウイルスの連中はともかくさー、自前で増やせる僕たちの仲間まで相当軍門下ってるしなー何だろうなー」
カラプラーヴォルスは、元から研究のために集まっていたウイルス界の住民はともかく、他の微生界からも血徒に合流しているものがあまりにも多いのがどうしても腑に落ちなかったようで、その理由が知りたかったのであった。
「あの……カラプラーさんはなぜ伯爵さんの下で働いているの?」
「ん……まあ特に理由はないんだけどさ、僕も血徒についてはいろんな意味で迷惑被っているし、世界のバランスが崩れて眠ることができなくなるのが嫌なだけさ。ふああ。君たちも強くなって、ハーネイトや伯爵を楽にしてやってね。2人とも、本来戦うのにはあまり向いていない性格だからさ」
星奈の質問に対し、彼は世界は平穏で安定しているからこそ良いのであって、争乱ばかりでは落ち着いて休めないからと淡々とした感じで理由を述べたのであった。
「そうなのだろうか、結構武人的なところもあると思うが……まあいい、精進せねばな」
「そういえば、エスメラルダさんとウッシュガローさんは?」
「俺たちはまだ大丈夫だ、だがまだ孤立しているのがいる。手伝ってくれ」
「勿論だ」
一方で孤立している隊員たちを救うため血鬼人を撃破するエスメラルダ、ウッシュガローであったが、想定以上の反撃になかなか足を前に進められず困っていた。
2人は実戦経験は豊富で、様々な場面に慣れているほうであるがそれでも、血徒相手には時折手を焼く場合がある。と言ってもこれは彼らの能力が低いわけではない。
むしろ強すぎて周りをすべて破壊しかねないため加減をどうしてもしないといけないからである。特に霊量子で物を動かしたり大嵐を呼ぶエスメラルダはもどかしい思いをしていた。
「ひぃいいいいい!く、来るな!」
「っ!隊員があんなところにも!」
「助けてくれぇええ!」
「今行くわ、待ってなさい!」
周囲を血の海で囲まれ、迂闊に動けない防警軍の隊員数名は、銃を構えながらも震えを抑えきれなかった。
どこから現れるか予測が付きづらい敵を相手に、まだ経験不足な隊員は相当動揺していた。銃器などは全く効かない相手だと彼ら自身理解しているが故、その怯えようは相当なものであった。
「つーかそこのおばさんは危ないから下がりなさい!」
「誰がおばさんよ!ってキャアアアッ!」
「ちっ、今助けるぞ」
防警軍の隊長、赤穗も部下を助けようと足を走らせたが、あっという間に血鬼人に囲まれてしまう。
だがウッシュガローは手にした長銃から、AM星産のウツバヤドリギの種の弾丸を敵に打ち込み、行動を完全無力化してから彼女のもとに駆け寄る。
「まだ立てるか?」
「ええ……何とかね。それと、ありがとうございます」
「フッ、言っとくけどあの化け物連中は俺たちじゃねえと倒せねえんだ。無茶すんじゃねえ」
赤穗はワイルドな雰囲気を漂わせるウッシュガローの顔を見て、少し顔を赤くながらお礼を言い、ガローの言葉に従い後方に下がったのであった。
「……何てことだ、またあの事件の再来かよっ!」
「どうやっても攻撃が効かなかったのに、貴女達はなぜ……っ」
「あれを倒せるのは限られているのよ、身の程を知りなさい。さあ、駅の入り口まで戻るわよ」
「待つんだ君たち、まだ、何かいるぞ」
「えっ?」
カラプラーヴォルスが異様な反応をとらえた。それに対し注意を促した矢先、桃京駅の中央広場に、いきなり現れたのは植物獣と呼ばれる、地球には存在しない生物種であった。
所々血徒に汚染された痕跡があり、数本の頑丈な植物の蔦と、中央部に茎と獣の頭がある非常に獰猛な魔界の生物であり、苦しみながら周囲を蔦で薙ぎ払おうとしてきた。
「これは、どういう生物なんだ?」
「まずいかもなあ、これ血徒に完全に取りつかれた魔界の生物だ!」
「全員助かったのに、これじゃ……っ、ぐっ、傷が」
「何?どうしたんだ防警軍の隊長とやら」
ウッシュガローは後ずさりながら敵を観察していたが、よろめく赤穗に肩を貸し、状態を観察する。
それにエスメラルダも近寄り、彼女の脇腹に傷があることを確認した。血は止まっているものの、彼女は嫌な予感がしていた。
「うぁあ、何時怪我したのよ」
「貴様らがここに来る少し前だ。幸い傷は浅かったが」
「まさか、あの化け物たちにやられた?」
「……くっ、私としたことが」
エスメラルダの質問に赤穗はそう答えながら、痛みで顔をしかめていた。そんな彼女をエスメラルダは、傷口に手を当てて痛みをまず引かせようと霊量術を行使した。そんな中でも敵は触手を周囲に展開し、暴れながら広場に止めてあった車や樹木などを薙ぎ払っていく。
「まずいぞこいつはぁ、だが目の前の奴をどうにかせんといかん。時枝、星奈!お前ら確か後衛やれるんだろ?この女連れて駅の中に運べ!外の奴は俺たちで片ぁつける!まだ治療は間に合うはずだ」
「了解!」
「ええ、任せて!」
ウッシュガローは時枝と星奈に、一旦赤穗を連れて桃京駅の中に入れと指示し、2人はすぐに赤穗を連れて出入り口まで移動したのであった。
「これでひとまずか、だが!」
「ただの魔獣なら苦労しねえけど、こいつは違うな」
「別物とみて対処するしかないわ……さあ、捻じ曲げてあげるわよ、サイヴェンドクラッチ!」
これで後ろをあまり気にせず攻撃できるとウッシュガローは少しホッとするが、相手が相手なだけにどう手を打つか迷っていた。それはボガーとエスメラルダも同じであった。
元々魔獣自体が強敵な者が多い上、血徒感染した個体はさらに強化されるため同じ種でも属性耐性すら全く異なる場合もある。だからこそ選ぶ攻撃は慎重に、そう3人は考えていた。
「ヒギィイアアアア!!!」
「効いてはいるな、とにかく時間も稼ぐんだお前ら。能力者になるかもしれん、あの女性は」
ボガーがその場で指揮を執り、早速鬼封槍を投擲し刺さった場所から、いくつもの鬼霊の魔法陣が展開され弱体を狙う。それに合わせ他の2人も技を合わせる。
「分かってらあボガー!行くぜ、樹枝弾・ユグドラシル!」
「拘束がさらに入ったわね。さあ、一気に仕留める!」
「っ!暴れだしたな、一旦引け!」
「あと少しなのに!」
「落ち着け、しかし……」
「ちっ、見境なく暴れてやがる」
「だけど、このまま指を咥えて見ていてはだめよ」
「異界空間内なら思いっきり暴れられるんだが、ちっ」
ボガーたちは血徒化した魔獣の再生力に悩まされ、どうやって一撃で再生不能なダメージを与えられるかその場で考えていた。
その間に、星奈と時枝は具合が悪そうにしている赤穗の看病をしながら、周囲の安全を確認していた。
「余り状態は良くないな」
「あの時の私と同じ、感じね。彼女がどれだけ向き合い、前に進める力があるかがカギを握るわ」
うなされている彼女を見ながら、星奈は自分が能力を得た時のことを思い出しつつ、できるだけ肉親や最愛の人を悲劇的な形で失う人が少しでもいなくなればと思いつつ、祈りを捧げ無事に力を得ることができるようにと赤穗の手を握っていたのであった。
ハーネイトが作った薬により、血徒化は防げていたが、霊量子攻撃を受けた影響まではどうすることもできない。ひたすら星奈は、彼女を祈っていた。




