第215話 ハーネイトVS血徒・ワイルヴァッハ
伯爵の言い放った言葉に対し、ひどく狼狽する男は平静さを失いつつあった。
そう、この若い男性こと阿美蔵樹は、5年前のブラッドホワイトデー事件で血徒に属する、レプトスピラ・ワイルヴァッハと言うレプトスピラ系の微生界人に体を乗っ取られ、適合体として血徒の計画のため活動し勢力拡大の手助けをしていたのであった。
既に肉体は本来の彼の物ではなく、血徒に生かされているようなものである。
「俺はサルモネラ・エンテリカ伯爵だ。お前らと同じ微生界人だぜ!」
「何だと?や、やはりな。ふ、ふはははは!」
「追い詰めたのに、なぜ笑うのだ」
「虚栄を張るのも大概にしときな、裏切り者」
倉庫の壁際に追い詰められた阿美蔵……ではなくワイルヴァッハは不気味に高笑い、嘲笑う。
それは追い詰められているようには全く見えない言動で、裏に何か隠しているなとハーネイト達は感じ警戒する。
「既に、お前らは手遅れなんだよぉ!既に桃京を始めとした各都市でよぉ、魔薬を摂取した奴らが結構いるんだぜ。少し計画を早めなければならないが、あのお方のために!星の到来も近い、今動かずして、どうするのだ!」
ワイルヴァッハは自らが行ってきたことを盛大に明かして、既に儀式は最終段階に入っていると狂気に満ちた笑いとセットでそう告げてきたのであった。
以前魔薬に関して、魔界復興同盟の一部がそれを売っていたが、それも血徒による仕業であったということになる。
事実魔界復興同盟は血徒の操り人形であったというのが以前の事件の捜査結果だからこそ、ワイルヴァッハの言う儀式とは、長年かけて密かに進んでいる物であるとハーネイトは理解した。
「なっ……!やはり恐れていたことが。伯爵、そいつだけでも捕まえるんだ!」
「覚悟しやがれ!」
「既に、貴様らの運命に匙は投げられたってなぁ!!!血徒があらゆる世界の全てを支配し、神を倒すのだぁ!」
そう言うとワイルヴァッハは、手に力を集め何やら詠唱を行う。すると次の瞬間、倉庫の床から何体もの、肉体が血にまみれ、口や鼻、目などから血を垂れ流している人らしき者が不気味に召喚されたのであった。
それとほぼ同時に、騒ぎを聞きつけ駆け付けた宇田方と防警軍の隊員数名がハーネイトたちのいる倉庫内に足を踏み入れるが、その目に映る光景に全員が足を止め絶句していた。
「これは、血屍人!」
「いかん、包囲されておる」
「せいぜいそこで戯れてるんだな!あばよぉ!」
血屍人の出現に気を取られている間に、ワイルヴァッハは瞬時に姿を消したのであった。
すぐに追跡しようとするも、血を体の表面から垂れ流しつつ、抜けた分の血を補おうと血を求めてさまよう異形の存在が行く手を阻む。
「ちっ、追わなきゃならんが」
「まずはこれらを倒さないと」
「ハーネイトよ、元はこれも人間なのだろう?」
「宇田方さん、ここまで肉体が侵蝕されていては手の施しようがありません。死人は、私でも治せません。残念ですが、倒すしかないです」
「……分かった。その腕前を見せてもらうぞハーネイト」
宇田方は、ハーネイトの指示に従い隊員を倉庫の外に退避させようとする。周囲に他に人がいないか確認したハーネイトは、素早くCデパイサーに何かを入力した。それはCPFであった。
「CPF・氷架水結!」
装填が完了したハーネイトは、Cデパイサーをつけている左腕を突き出す。するとそこから凍てつく波動が放たれ、それを浴びた血屍人はたちまち氷漬けになり十字架に拘束されたのであった。
「何と、地面が氷に?」
「下がっていてくださいよ!」
「そこの男共、こっちにこい!」
ハーネイトの使う技に驚く宇田方は、脚が思わずすくむ。その時、ハーネイトたちの背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
それはサインとシャムロックであった。実はこの2人もハーネイトの後を追い地下新幹線で桃京を訪れていたのであった。
ハーネイトはよく巨体のシャムロックがあの新幹線に乗れたのか不思議に思うも、味方が来てくれたことに感謝する。
「サインか、その人たちの誘導を頼む」
ハーネイトの指示に従い、サインは瞬時に宇田方の傍に来ると抱きかかえ、倉庫の外に移動する。
「じゃあ遠慮なく、創金剣術・剣陣!」
「グキャアア!!」
「ヒギィイイイ!」
「むっ、今度は地面から剣……何なのだあの男は」
するとハーネイトは構えてから創金術を発動し、血屍人の集団に対し地面から無数の創金剣による串刺し攻撃を実行する。
倉庫から離れていきながらも、ハーネイトの放つ創金剣術を一瞬見た宇田方は、彼が繰り出したと思われる技について、自身は夢でも見ているのではないかと思いながら倉庫の外れに止めてあった車まで運んでもらうようにサインに指示を出した。
「もういないか……?いや、まだいるな!」
「な、なんてことだ。あんだけいたのをあっという間に……なっ!」
倉庫の2階部分にまだ逃げていなかった防警軍隊員がおり、血屍人2体に追い詰められていた。
「うぁああ!く、来るな!」
「逃げ遅れた人か、って!CPF・輝糸吊橋!」
隊員は慌てて通路のフェンスに寄りかかるも、老朽化しており崩壊し、地面に落下しそうになるがハーネイトは別のCPF・輝糸吊橋を発動し、地面に衝突寸前だった隊員を光の網で受け止め無事救助したのであった。
「た、助かった?」
「大丈夫ですか?」
「なんとか、な。ありがとう、命の恩人だな」
隊員は助けてくれたハーネイトに感謝をすると、すぐに立ち上がり倉庫を出て、他の隊員たちと合流しに走っていった。
「後は俺が仕留めるぜ。菌弾!」
その間に伯爵は、最後に残った血屍人に向けて菌を凝縮した弾丸を放ち、その肉体を穿つと傷口から分解し消滅させた。
「悪いが俺は後を追うぜ。また後でな」
「気をつけろよ伯爵」
「言われなくてもな」
伯爵は逃げたワイルヴァッハを追跡すると言い、すぐに倉庫を出て行ったのであった。彼と別れたハーネイトは、すぐに自身も倉庫の外れに向かい宇田方らと合流することができた。
サインとシャムロックもハーネイトの指示通り他の隊員の援護を行っていたことに感謝していた中、宇田方が彼に話しかける。
「すさまじいな、全く。話に聞いた通りの苛烈さと無慈悲な一撃だ」
「どうです?これであれを倒せるという証明になりましたか?」
「ああ、勿論だ。わし等はああいうのにも苦戦していたのでな。涼やかな顔で一蹴できるその力は頼もしすぎるぞ」
「そこにいる2人も私の部下で、あれを容易に倒す実力を持っております」
「何と、それは頼もしい」
宇田方はハーネイトが吸血鬼ゾンビ等と戦っている光景を見て正直震えが止まらなかった。しかし自分たちがどうしようと、傷1つつかず猛然と襲い掛かってくる手に負えなさすぎる化け物を、この男は相手に何もさせず消滅させた。
だからこそ宗次郎が強く推薦するわけだと納得したのであった。怪物には、それ以上の存在をぶつけるしかないのだろうか、そう思いつつも怪物どころかとても人のよさそうに見えるハーネイトに対し、彼は救世主か何かかと思っていたのであった。
その時、宇田方の携帯端末に電話がかかる。それに出た宇田方は、ひどく慌てて言葉がいまいち伝わらないオペレーターを、彼は一先ず落ち着かせてから何が起きているかを聞く。
「宇多方総司令!至急本部までお戻りください!」
「どうした皆方、何を狼狽えておる」
「福岡・兵庫・名古屋・北海道地域にて異常現象を確認、現在各地域に該当する隊員を支部より派遣しておりますが……状況は悪化しつつあります」
「分かった。儂も向かう。ハーネイト殿。そなたも共に本部まで来てくれぬか?」
ハーネイトは宇田方とオペレーターの会話の内容を全て聞いており、まずい事態が起きているとすぐに把握したのであった。




