第210話 防警軍総司令官・宇田方
「おいおい、それは私が解説するはずの部分だぞ宗次郎」
「いやいや、つい熱くなってなあ。実際このタワーの設計はわしも手伝ったではないか」
「まあそうだがなあ、っと、お主が例の男か」
「……貴方は一体?」
宗次郎と男は互いにそう言いあいつつ、久しぶりの再会を喜んでいた。ハーネイトは当然この男の素性を知らないため、警戒して一歩引きつつ話をする。
「ああ、自己紹介をせねばな。私は防警軍を統括する総司令官、宇田方厳三郎と申す」
「私はハーネイト。ハーネイト・スキャルバドゥ・フォルカロッセです。宜しくお願い致します」
「うむ、遠路はるばるこの桃京まで足を運んでくれて感謝する。さあ、施設を案内しよう」
ハーネイトは宗次郎と共に、宇田方という男の後をついて行くことにした。
この宇田方という年老いた男性は、元々ある企業の社長であったがBW事件の際に精力的に人命救助を行いつつ、敵の侵攻を食い止めるため当時存在していた自衛隊などに新技術を取り入れた装備などを渡し、影響力を強めていき、いつの間にか防衛組織の長となっていた経緯がある。
先導する宇田方はハーネイトに対し施設内部に関して説明を行う。それを聞いた彼は、この巨大なタワーがいかに堅牢に作られているかを理解していた。
「内部のつくりもかなり計算されて作られているようですね。非常に堅牢で、安定性の高い建築、いいものです」
「ええ、あの吸血鬼を相手にするには、いくら金をつぎ込んでも足りんと思うがな」
「ハーネイト君、か。5年前の事件で様々な施設が破壊されたのは知っておるだろう?」
「はい、宗次郎さんなどから頂いた資料はすべて目を通しておりますので、その件も把握しております」
そのあとエレベーターで25階にある大会議室に案内されたハーネイトと宗次郎は、椅子に座るように指示を受け宇田方と対面で話を始めるのであった。
「では、改めて話をしよう。いやな、宗次郎から話を聞いていたのだが……」
「宗次郎さん、一応私の情報を迂闊に外に出しては」
「それについては、こちらも謝罪しないといけないな。だが、それだけ私たちも必死なのだ。あれに対抗できる武器が碌になく、せいぜい一時的な足止め程度しかできなかったことが恐ろしいのだ。奴らの正体が分かったのは、君が来てくれた後なのだからな」
ハーネイトは宗次郎の行動について軽率な一面があると指摘するも、そこまでする理由がどこにあるのかと思っていた。
だが、宇田方の悔しそうな表情を見てその話を聞くと、対抗する手段がほとんどない相手という恐怖は、かつて初めてあれと戦った時に体験したものと同じものであり、何としてでも対抗したい、そのためなら何でもする。その思いについては同感していたのであった。
「そんなにですか。しかし、相手は微生物の化け物です。しかも日光や薬品などにもかなり耐性のある、本当に面倒な連中です」
「何?あの吸血鬼集団が微生物だと?感染症なのか?」
ハーネイトはその上で、まだ感染してすぐならば色々な治療法があることも教えたのだが、問題は宇田方らが吸血鬼の正体を感染症を起こす微生界人の一部であることを知らなかったため、机を乗り上げて彼の眼前に迫ってきた。
それにハーネイトは慌てながらもある存在について示唆する話をする。
「近い近い近い近い、あまり詰め寄られると怖いですって。はい、あれは全て、特定の感染症を引き起こす病原体によるものです。といっても、それを自在に操る存在がいるのですよ」
だが、宇田方はいまいち納得のいかない顔をしながら反論する。それは、今までの調査結果に基づくものであった。
「しかしなあ、研究者の報告ではそう言った病原体は見つからなかったと」
「……恐らくですが、そうなると一般人ではどんな装置を使っても目視での発見は無理かもしれませんね」
「何と、それで方法はあるのか?」
「ええと、もし私の考えていることが当たっていたならば、私と仲間の数名は看破できます。その内2名……いえ、11名は、5年前の事件を起こした犯人と同じ種族の生命体ですので直ぐに誰か突き止められます。犯人の組織名は、血徒です」
ハーネイトは自身でも見つけることはできるが、できれば伯爵やエヴィラの方が精度が高いのでそう言った人材もいることについて話をした。
女神ソラが直接デザインした存在同士だと感知レベルの差はあれど互いに感じ取れるという。ただ血徒は微生界人で、ハーネイトは最後の神造兵器人間なため、各世代間の種族的な違いから、これはあいつだと特定するのが困難な点がある。
顔を知らない、遠い遠い親戚を相手にしていると説明すると、宇田方は悩みながらも話の内容を大分理解していた。
「あの吸血鬼ゾンビの軍団、血徒と呼ぶのだな。そうか、ならば紹介したい人たちがおる。少し席を離れるが、待っていてくれ。今連れてこよう」
宇多方は席を立ち部屋から出る。10分ほどして、宇田方は白衣を着た研究者、あるいは医者の様な人を2人連れてきたのであった。2人は宇田方の傍に来ると、それぞれ自己紹介を行い一礼する。
「紅花十音と申します。桃京総合病院からこの防警軍・医療大隊にて研究および治療を行っております」
「私は、御田村萬玄と申す。長年医者として活動してきたが、今はこうしてここで医療活動に携わっておる。5年前の事件にも対応に当たった」
やや小柄で、髪を後ろに束ねた目つきの鋭い女性医師は紅花十音、眼鏡をつけややぼさぼさした頭と無精ひげ、厳つい手が印象に残る50歳過ぎの男が御田村萬玄である。ハーネイトは紅花の方を見て、あることを思い出した。
「紅花……さんですか」
「はい、何か気になることでも」
「いえ、私の仲間に同じ苗字の人がいましてね、向こうで元気にしているかなと」
「え……その人って」
「紅花三十音という女性医師だが」
ハーネイトの話を聞き、写真を見た紅花は、行方知れずになった姉が生きているのではないかと思い驚愕する。
「まさか……姉さん」
「あぁ……薄々そうかなとは思ったんだが」
その後ハーネイトは三十音を助け、互いに支えあう存在であったことを告げると十音は呆れながらも姉の適応力の高さに辟易していた。
「そんなことが……ということは、貴方は姉の命の恩人、ということですね」
「成り行きだ。彼女には何かと世話になった。現代医学やこの地球について彼女からも多く学ぶことができたのでね。怖い人だが、いい人だ」
「そうでしたか……それで、あの。姉はここに帰ってくることはできますか?」
「できるだけやってみましょう。連絡はこちらでしておきます」
そうして約束したハーネイトだが、御田村と宇田方は早く話の続きをしたいようでそれとなくサインを送る。
「おほん、そろそろいいかな?」
「ああ、すみません」
「何でもお主は、あの化け物たちを容易に倒せると?」
「はい。あれは特殊な攻撃でないと意味をなさないのです」
宇田方は、一番聞きたかった吸血鬼に対して有効な攻撃法について質問する。それに対しハーネイトは、自分たちでしか倒せない理由を話した。
「そうか……。他の仲間たちから聞いたが、重火器を用いても倒れては蘇りと、まさにゾンビ映画を彷彿とさせる光景だったという」
「それでいて、そのゾンビたちはまだ生きている人たちに襲い掛かり、血を吸いながら周囲を血の海に……」
「未だに、作戦に参加した人たちの中にはトラウマになっている者も少なくないのだよ」
実際に現場での対応に当たったメンバーの中には、未だそれが尾を引いている人も少なくないという。それほどに、ブラッドホワイトデー事件は凄惨な事件であったことが分かる。
「私も、初めて戦った時は怖かったです。たまたま放った攻撃が有効打だったのが幸運でした」
「ゆ、有効打って、どんな攻撃なら、あれを倒せるのですか?」
「それは、霊量子という力を纏った武器、または霊量子エネルギーによる直接攻撃に限られます」
ハーネイトは、血徒に効果のある攻撃は非常に限られていることを説明したうえで、特殊な訓練や素質次第で倒す力を手に入れられなくはないと説明を行った。
彼らにいかに早く話を理解してもらうか考え、ハーネイトは攻撃に関する情報量不足という点について説明を行った。
霊量子という万能元素が最も高く、次いで原子、分子、元素といった順番で干渉力もとい情報量があると言い、霊的な存在を相手に物理攻撃が通用しないという点について例を出して説明したのであった。
「なるほど、霊感の異常に高い人が、ある条件を満たさないと基本的に身に着けられない力なのか」
「それを聞くと、本当に大丈夫なのか不安ですね」
宇田方を初めとした、その場にいたハーネイト以外の人たちは話に困惑しながらも、それでもチャンスはあるという希望も見出そうとしていた。
それほどに、5年前の事件は大きな爪痕を物理的被害以外でももたらしている。
「私らは、素質のある人たちを集めて教育指導し、経験を積ませています。現在京都の春花にその拠点を構えておりますが、私の直属の部下と合わせ全員、対抗できる強さを保持しております」
「宇田方よ、ハーネイト君はな、9年前に起きたいくつかの村で発生した怪事件すべての犯人を見つけ出し、その真の黒幕まで暴いたのだよ」
ハーネイトは改めて、自身が師となり素質のある人たちに対して、戦闘技術などの訓練を積ませていることを説明した。
更に宗次郎は、その彼らの実績についてカバンから資料を取り出すと、宇田方等に見せつつ説明したのであった。




