第209話 桃京への移動と防警軍総本部
翌日、ハーネイトは伯爵らよりも先に起きると朝食を済ませ、身綺麗にしつつ身支度をしていた。
それも10分ほどで終わらせると料理長やフロントスタッフらなどに挨拶をし、ある待ち合わせ場所にハーネイトは向かっていた。
それは春花駅の地下であった。実はブラッドホワイトデー事件の少し後に、地下新幹線という福岡から青森まで繋がっている、地下鉄の超高速版の様な交通手段が誕生した。
これは線路を弾力性などに富んだ素材でできた円筒状の囲いで保護することで、地震などにとても強く線路内への立ち入りなどに関するタイプのトラブルを極力なくすことに成功した交通機関である。
空力学的にも車体には独自の設計が光り、時速400㎞以上は軽く走行可能な、高速かつ乗り心地の良い移動手段として多くの人が利用しているという。
元々12年前からこの地下新幹線計画は各地で進んでいたが、例の事件で線路上にある電線なども数多く吸血鬼により破壊され交通がマヒしていた。それを防ぐために、別の計画と合わせ完成にこぎつけたという経緯がある。
そんな地下新幹線の走る、春花駅の地下ホームは少し肌寒い。現在は平日の通勤時間帯を過ぎており、人気もいつもよりはそこまで多くないため、ハーネイトは物珍しそうに施設内を歩いて見回っていた。そんな中宗次郎も到着し合流したのであった。
「宗次郎さん、こちらの準備はできました」
「ああ、分かった。ポータルとやらでの移動は儂は無理だからな、今回は地下新幹線にて桃京に向かうぞ」
「了解しました。では行きましょう」
合流した後、到着した新幹線の指定席に座った2人は今後の打ち合わせと確認を行う。今回2人が桃京に出向く理由は、事件の捜査協力及び防警軍との顔合わせ、それに合わせ街内の調査を行うためである。
彼の手腕を高く評価した宗次郎は、幼馴染であるという防警軍の総司令官の要望もありこの異世界人を会わせて見ようと前々から考えていたのであった。
「しかしなぜ地下に、このような移動用設備を」
「君の言う血徒、あの時の吸血鬼は地上にあった電車の設備なども破壊しまくって交通網をずたずたにしたのだよ。それ以降、別の計画で掘られ放棄されていた穴も序に利用し地下に交通網も用意していたわけだ」
「そうですか、しかしよく作りましたね」
ハーネイトは、宗次郎から話を聞き故郷にない技術だとすごく感心しながら、地下を走る新幹線の中で、出発前に買った飲んだことのない飲み物を口に運びつつ、桃京に改めて足を踏み入れる興奮を静めつつ旅を楽しんでいたのであった。
ポータル設置の際に来た際はほとんど観光をする時間などなかったため、今度こそは色々見ていたいと彼は思い、乗り物酔いを気合で我慢して数時間の乗車の末、桃京駅の地下13番ホームに到着したのであった。
「到着したぞ、ハーネイト君」
「少し前に設置のために来ましたが、改めてこう見ると巨大都市であることが分かります」
桃京駅の地下ホームからエスカレーターで地上に上がると、春花とは遥かに違う建物の多さと大きさに驚かされ、ハーネイトはしばしその街並みを目に焼き付けていたのであった。
ポータル設置のために来たときは、各地での設置作業のスケジュールの関係で急いでいたため、まともに桃京全体の景色を見る時間などなかったという。
だからこそ、改めて今見えている光景をハーネイトは目に焼き付けていたのであった。
「ハーネイトの故郷に、このような都市はあったのか?」
「ええ、機士国や古代人の都市などは大体こんな感じですかね。でも雰囲気は全く違います。明るさの影に、不吉な気運。私も少しびりびり来ます」
確かに都市の規模は桁違いだ。発展度合いもかなりの物だとハーネイトは素直に称賛するも、どこからか吹き抜ける風が嫌に不穏な気を含んでいるのかが気になって落ち着かない様子を彼は見せていた。
宗次郎はそんな中、自身もブラッドホワイトデー事件で多くの負傷者を助けたり、逃げ遅れた人たちを助けに先陣切って車を動かしていたことを話す。
「あの事件は、今でも忘れられん。わしらも事態の対応に当たったものだが現場は凄惨な状況だった。周囲は血の海と化し、苦しみ横たわる被害者たちの姿と、吸血鬼の集団が街を我が物顔に歩き、まだ息のある生存者に噛みつき血をすすっていた。どんな武器も決定打にはならず、避難させるのが精いっぱいだった」
あの惨状だけは、もう2度と見たくない。無敵の吸血鬼の軍団が、無慈悲に多くの命を奪いそれを止められなかった。
どんな武器も、弾薬も、道具も、作戦もまるで効かず多くの勇敢な戦士が命を落とし、それが敵となって襲い掛かる。
それだけでなく、昨日まで何も異変がなかった人が、友人が、家族が突然吸血鬼と化し襲い掛かる。避難所に移動で来た人々の中からも異変を起こす者が現れパニックになり、疑心暗鬼にかられた人たちは正常な判断を下すことができなくなっていた。
普段ひょうきんな一面を見せる宗次郎も、流石に事件のことを思い出すと表情が暗くなる。無理もない、大体の人はそのような光景を前にして平然ではいられないだろう。その上で彼は、ハーネイトに対しある思いを話す。
「だからな、それをも楽に倒せるハーネイト、それに仲間たちの話を聞いてわしは、希望を託そうと思ったのじゃよ。重圧を負うことが苦手なのはわかっておる。娘の話や君の言動などからよくわかっているが……」
「ええ……過度に期待されても、私にも限界はあります。力はあれど、心の強さは人のそれですし、戦う時以外は……。ですが、事件の解決は探偵の仕事。その責務を背負った以上放棄はしませんし、全世界が滅亡してしまうので」
ハーネイト自身、体こそ無敵に近いのに精神はいまいち伴っておらず、不安に押しつぶされそうになる感覚などは人間の心とそこまで差異はなかった。
宗次郎はそれをすべて知ったうえで、自身らにもっと力があればと口に出し、ハーネイトもまた、仕事に対して引き受けた以上は責任を持ってやるのが仕事人だと言い、自身の矜持を述べる。
「……済まない、わしらにできることはあまりない。それでも、あのおぞましい化け物たちと戦ってくれるのか?」
「はい、それが私の仕事ですから」
「ああ、それならばあの男に会うべきじゃな。これから向かうのは防警軍。その総本部だ」
「防警軍……調べましたが、結構独特な運営体制を敷いていると」
ハーネイトは街並みを目で追いながら、宗次郎と防警軍に関して話をしていた。
既に様々な資料から成り立ち自体は把握していたものの、それ以前に存在していた組織とどう違うのかまではピンと来ていなかった。
「できた経緯は、すでに知っておるのじゃろ?あの時政府が有能だったらこんなことにはならなかった。だが奴らは全てを隠蔽し闇に葬り去ろうとした。以前からそういう傾向にはあったが、国民の怒りも既に限界点を越えていた」
「それは……そうですね。私もそれで滅んだ国はいくつか見てきました。個人的な考えですが、強いリーダーというのが皆を牽引する。其れもまた大切なことかなと思います。最も私の故郷は様々な脅威に襲われ、迅速な対応を求められる局面が多かったのもありますが」
「それについては環境によって求められるリーダー像は違うだろうなあ。だが、緊急時くらいは迅速かつ確実に民を助けるトップであってほしかったな」
宗次郎は、事件当時の政府に対し自身の思いを述べながら、なぜ世界がこんなにも変わってしまったのかと悲観していた。
「わしらも逃げ遅れた人たちの救助や負傷者の手当、防衛網の構築など企業の垣根を越えて力を合わせ、被害を5000人弱まで抑えたのだがなあ……」
「それは、すごいですね。あの脅威を相手にそこまで耐えたのが……」
「こちらにも犠牲者はかなり出てしまったがな。だが、その人たちの奮戦もあったからこそ日本はどうにかなった。中国とロシア、アメリカ、アフリカ、南米は軒並み立て直しがほぼ不可能、あるいはある程度元の生活を送れるまでに時間がかかったからな」
宗次郎自らも、会社を代表し率先して救助などに当たってきたゆえ、良くあの状況で被害を抑えたなと感じていた。
何よりも、他の国ではとても比べ物にならないほど変異したり亡くなったりした人の数が多かったという事実がある。
ハーネイトはなぜ日本はその当時、被害が軽微だったのかが逆に怪しいと思い、それも含め他の国での事件資料も集め奴らの目的をいち早く把握せねばと、拳に力を入れて握ったのであった。
「血徒……どれだけやれば気が済むのだ。私も、血徒に大切な人を殺されました。それだけでなく多くの人の命を奴らは奪ってきました。それが、自分たちの世界以外でも起きていたことに怒りと悲しみがこみ上げてきます」
「だからこそ、君たちは対抗する術を磨いてきたのか。……頼む、少しでも対抗できる存在を増やしてほしい。できる協力はいくらでもする」
「言われなくてもです、よ。故郷でも血徒に勝てる人は多くないですし、数はいた方がいいです。敵の総数、組織規模が共に不明というのが最大の理由ですが……ね」
宗次郎は不安になり、再度ハーネイトに協力要請を頼む。その答えは当然快諾であり、ハーネイトもまだ慣れないこの土地でのサポートなどを宗次郎に頼んだのであった。
それから10分ほどして、その少し前から異様に標高の高いタワーのような建物に見惚れていたハーネイトはそのふもとまで訪れたのであった。
「着いたぞ、ここが防警軍の総本部だ。君に会いたがっている人物がいるのでね」
「すごく、大きい建物ですね。見上げるのも一苦労しそうです。何だか首が痛くなりそうですねえ」
「大丈夫か?おほん、ここが、日本を防衛する最重要拠点なのだよ。各地の情報が詳細かつ迅速に入り、対応に当たれるようにとこういうタワーのような作りになっている。震度7にも十分耐え、非常に堅牢に作られている」
「はえ~それは指令拠点としては安心ですねえ」
「わしらもこれの設計に関わっておってな」
2人は防系軍の総司令部である、通称トリプレイトタワーの入り口にてしばらく話をしていた。
すると正面口の自動ドアが開きそこから現れた、銀髪で厳つい表情を見せる、黒いロングコートを纏い荘厳な見た目の杖をつきながら、老齢の男が静かに2人に対し声をかけたのであった。




