第208話 発見が遅れた理由?
「全く、奇妙な連中ばかりだなあ」
「確かにそうですな。私の妹や教え子を亡き者にした原因が、あの五年前の事件とも関係あるとは」
「俺の村も、あんな奴等がいなければ……!」
今日も鍛錬だ、そう思い修練の部屋で鍛えている人もいる。田村も黒龍も、あんな奴らがいなければ幸せに暮らせていたはずなのにと悔しさが胸の中からこみあげてくるのを感じていた。
そんな中、修練の部屋を訪れたボガーは彼らの顔を見て気遣う様子で声をかけた。
「おうおう、辛気くさそうな顔してんなよな」
「ボガーノードか、何のようだ」
「まあ、鍛錬用器具が壊れてねえか確認しに来たんだが。それとよ、近いうちに桃京にお前らもいく必要があるらしい。何時でも動けるように準備しとけよ」
そう言うとボガーは黙々と仕事を続け、一通り機材の点検などを行い記録をつけてから部屋を後にした。するとスカーファも荷物を持って外に出ようとする。
「ん、先に私は出るぞ。英語塾の授業準備をせねばらなん」
「分かったスカーファ。んで田村さんと韋車さんは?」
「俺も戻らねばならんな」
「だな。何時でも車動かせるようにしとかねえと」
いつでも戦えるように、彼らを始めとした多くの人たちが準備に奔走していたのであった。
「ふむ、以前は生体工学、医学系もやっておったが、この血徒と呼ばれる存在は恐るべき感染力と影響力があるな」
そんな中ドガ博士は、すっかりホテル地下にある研究室に入り浸り、ハーネイトが持ってきた資料を片っ端から目を通しては実に楽しそうな様子でくつろいでいた。
やはり研究者魂が騒ぐのか、この男はハーネイトと意気投合し、遅くまで研究を共に行っているという。
異界の技術にも触れることができ、知的好奇心を刺激される今の環境は、彼にとっては楽しくてしょうがないようである。それは彼のにこやかな表情からも見て取れる。
「なーに読んでいるのですかドガ博士」
そんな中研究室のドアをノックして、間城と時枝が入ってきた。しかしドガ博士の意外な姿を見てわずかの間絶句した後、一つ間をおいてから間城はそう言う。
「間城、あまり邪魔するなよ」
「君は間城君だったね。なにか用かな」
「はい。その本はハーネイト先生らが持ち込んだ本ですね?」
「うむ。研究に協力する代わりに、異世界の情報を提供するといわれてな。他にも様々かつ、凄惨な事件が起きているが、それと異世界が関係あるかも気になるのだよ」
間城と時枝は、ドガ博士が手にしていた一冊の本がハーネイト先生の物であることにすぐ気づき、読んでいい物なのかと確認するも、許可を取っていると聞いた以上追及はできなかった。
今ドガ博士が注目しているのは血徒と血鬼人、血屍人の関係性についてであり、それは親と子という見方で表現できるという。血を与えることで対象は感染し、子として親の指示で動くという特性を逆に使えないかと彼は頭を動かし続けていた。
「私たちも、先生たちのことをもっと知らないといけないわ」
「そう、だな。でないとあの人たちに追いつくのは無理だろう。俺も読む」
自分たちも、もっと勉強しないとあれに勝てない。少しでも前に進むには、できるだけ勉強すべきだと思った二人もハーネイトの持ち込んだ書籍を手にしては真剣な表情でそれを読んでいたのであった。
幸い、自分たちが読める言語でほとんどの本が書かれていたため読むのは比較的容易だったが、難しい単語も少なくないため少しずつ彼らは読み解いていったのであった。
その頃、九龍と五丈厳はホテルから出て、帰宅の道中で話をしていた。
行きかう人々や街の景色は至っていつも通りなのに、その裏で起きている異変の恐ろしさを思うたび、2人の表情が曇る。道中で買ったシェイクを2人は飲みながら、これからの戦いについて話をしていた。
「なあ勝也、俺たちももちろん戦うよな?」
「当たり前だろ?それにな、俺はあの先公に借りを作っているようなもんだ」
「どういうことだ勝也?」
「毎月桁違いの金をあの先公は振り込んできやがる。おかげでよ、俺、だけじゃなく弟と妹の学費とかそういうのを気にせずに済むようになったんだが……」
ハーネイトは毎月、仲間になったメンバーに多額の報酬を与えている。その額は一か月あたり数百万はくだらない。
五丈厳は両親を亡くし、自分も含めた家族のためにバイトで稼いでいたのだが力を得た結果こうして多額の給料をもらっていることに複雑な心境ではあった。
「兄貴は本当にそういうところ豪快だよな。俺も学費の心配とかしなくてよくなったけどさ、その分責任重大なんだなって思うよ。親父も、お金もらって消防士として、責任感を強く持って働いていたんだと思うとなんかね……あれ、涙出てきちゃったぜ」
九龍も、父が精力的に消防士として働いていた頃を思い出し、何で最後の言葉が父にとって冷たく当たった物になったのか、父の苦労も知らずにそう吐き捨てた自分が嫌で涙が頬を伝って流れていた。
「全く、お前もあれだな。だけどよ、俺は今、楽しいと思えるぜ。最初こそ、気に食わないというか何で巻き込まれたんだと思ったがよ、年齢も国も違う奴らと出会えて、思う存分暴れまわることができるこの今が、たまらねえ。俺も、誰かのために役に立てるんだと思うとな」
五丈厳は九龍の肩に手を添えてから、自分の心境を打ち明けた。自分は本来ただ巻き込まれて、助けられただけだ。
だが力を得て、今こうして活躍している。その現状にまだ戸惑うところはあるという。それを聞いた九龍も同じだと笑顔を見せ、それぞれ帰宅の途についたのであった。
「ふう、次期研究を行う前に、一風呂行ってすっきりした」
「ハーネイト、どこに行ったかと思えば温泉だったか」
「すみませんね、すっきりしないとうまくやれそうになかったもので」
ハーネイトは研究室に直行するも、頭がもやもやしていたのでジュースを飲んでから温泉に入り、リフレッシュしてまた戻ってきたところであった。問題はそれをドガに言っていなかったため彼が心配していたことであった。
「まさかこんなことが知らない間に起きているなんて驚きですね」
「そうだな。君たちも知っているだろうが、ドイツやフランスなど、今のNEUを構成している国々も血徒の被害を被ったことは分かるかね?」
ドガは間城たちに対し、世界は今どのような状態か学んでいるかを確認し、元気よく彼女たちも答える。
「はい、授業でも習いました」
「今までの世界の枠組みが、あれ程に変わるとは当時の人たちは、いや俺たちも思ってはなかった」
時枝はそう発言し、なんでこんなことになってしまったのかと思いながらも、犯人は分かったのだから前向きに行こうと思い、それは間城たちも同感であった。
それからも話は続き、ある議題に移る。それは、なぜここまで正体を知るのが遅れたのかということであった。
「あの時も、結局検体はゲットできたがなぜ吸血鬼になったのか原因が分からなかったのだよ」
「えぇ……でも原因は微生物じゃ」
「今までの検査方法では見つからないのかもしれない。だからここまで対応が後手に回っている」
ドガも友達の研究者から吸血鬼となった人間のサンプルの研究結果について話を聞いていたが、その当時は特に特異的なものは見つからなかったと話す。
しかし血徒は元々微生界人であり、何かをすれば痕跡として微生物が残る。だから普通に検査でわかるのではと間城は疑問に思い口に出す。
だが、ハーネイトは以前自身も体験したことも踏まえ見つけづらい理由があるのではないかと意見を述べた。
そうこうしている間に伯爵も探索から戻り、椅子に座ると軽くため息をついてから話に加わる。
「ほう、何してんだと思いきや」
「伯爵殿か、これを読んでいた」
「ああ、こいつは相棒がまとめた資料だな」
伯爵はドガの手にしている本が、ハーネイトがまとめたものであるのに気づき、読んだ感想を求める。
「書いてあるのを読んだが、恐ろしいな全く」
「ああ、俺もそいつらのせいで辛い目にあったんでな」
「そうなのか……しかしなぜこうまで」
「それが分かれば苦労しないってよ。だが、今までの敵よりも陰湿で狡猾だ。にしてもどういうこと
だ?顕微鏡で原因となる微生物は見えるはずだけどよ」
「今までの結果では観測されておらんのだ」
「いや……そういうことか。恐らく力のあるものが見れば見えるかもしれん」
ドガは改めて、先ほど話していた話題について伯爵に説明する。そのやり取りを見ていたハーネイトは、直感で理由を見つけることができた。
「ああ、そういうことね!霊量子を使える人が見れば、血徒も霊量子の力を持つからそれで分かるのね」
「まだ仮説だがな。道理でなあ、なんでここまで阻止できなかったのかが分かった」
それは、地球において霊量子を扱える人が数えるほどもないのが理由ではないかという物であった。
いくら霊感が強くても、霊量子を実際に感知し操れるというのは話が別である。それに元々ハーネイトの故郷は、霊量子を操れる能力者がそこら中に割と居た為、正体を見破れる確率がまあまあ高いという事情もあった。
「まあ、見えたとしても人間というのは意外と愚かなところがある。以前流行った感染症も、収まるまでに数年を要した」
「あの肺炎を起こす風邪のことですか?」
「ああ、対応が一つ間違うだけでああなるのに、皆手遅れになって気づくのだ」
「んなもんじゃねえの?大切なものは、失って初めてわかる。今はよくわかるさ」
ドガはそんな中である感染症の話もし、対応が後手に回りすぎて想定以上の死者と経済的被害を出した出来事について話をした。
手遅れになって気づいてはとても間に合わない。自分たちの仕事は危険の芽をできる限り事前に積むことだ。ハーネイトも伯爵もそう考えを述べ、その上で間城たちにある言葉を送った。
「お前らも、大切なものがあるなら何が何でも、意地でも守り通せよ。後悔先に立たず、だからな?」
「そうだな、伯爵さん」
彼の放った言葉は、なぜかとても重みのあるものだと間城や時枝は特に感じた。ああ、この男は苦い経験をしてきたのだなと思い、後悔しないように動いて、ベストな結果を手に入れようと心に決めたのであった。
その後間城たちは自宅に帰り、一方でドガとハーネイト、更に黒龍や文治郎らも話し合いに参加して、様々な話をしながら親交を深めるべく交流していたのであった。




