第168話 山の中での調査
「普段あれだけ勢いのある男がここまでとはな」
「付き合いは短いが、ここは素直に従っていた方がいいと思います、田村先生」
「そうだな音峰。こちらも教材の準備をせねばな。全く、こんなことになるとは思ってもなかった」
「それは俺もですよ」
田村は、ハーネイトの様子が以前と違うことに気づき、本当に厄介な相手なのだなと理解した。それを見た音峰も、昔の事件と関連性があるだろうと言いハーネイトの指示を聞くことをお勧めするという。
「……つまらん。私は戦いたくて仕方ないのだぞハーネイト」
「それが原因で、命を落としてもらうとこちらも迷惑なのでねスカーファさん?貴女の火力は並外れています。だからこそ決戦では前線で、大暴れしていただきたい。私は力を温存したいですから」
「その時まで待てか、フッ、仕方ないなお主は」
「そうだぜスカーファ。俺たちもまだ能力を完全には使いこなせていねえ。ハーネイトの大将、気を付けて行ってきてください」
そんな中、スカーファは珍しく不満を表情で明確に示す。
昔は冷血の武女と称される非情かつ冷酷な女性であったが、どうもハーネイトと出会ってから性格に変化が生じ、素直に態度には示せないけれどかなり懐いているというか、純粋に自身と互角に渡り合える存在に感謝しており、本来の彼女の一面をいつの間にか見せていた。
しかしハーネイトは、出番は絶対にあるから待っていてくれと彼女をなだめた。大分そういう接し方も板がついてきたハーネイトを見て、伯爵はすさまじくにやにやしてやり取りを見ていた。
「ああ、そうだな黒龍。では、後は各自指示通りに。伯爵は後のこと頼んだよ」
「オーライベイベーだぜ相棒」
こうして、ハーネイト、エヴィラ、韋車の3人は宗次郎の依頼をこなすために車に乗り込み、車を北の方に走らせていたのであった。
「しっかし、俺の同僚をやった奴はどいつなんだよ」
「宗次郎さんが言っていた、襲われた人は韋車さんの同僚さんでしたか」
「ああ、帰っているときに襲われたって言ってたぜ。幸い命に別状はないが……」
「これが終わったら、その人が入院している記念病院に行こう。それに京子さんにも連絡を入れておかないと」
話を聞いたハーネイトは、襲った獣らしき何かがもし血徒に感染しているとしたら、速めに治療しないと取り返しのつかないことになると思い、京子に対しメールを送信し、夜に病院に向かうことを伝えたのであった。
「もう、正直私も寝ていたいわ」
「それは俺もなんだけどなあ」
「そうよね、いっつもハーネイトは口癖でそう言うんだから」
「あまり、眠れて……ないよな。研究もほどほどにしないと体壊すぜ」
「面目ない、貴方たちから言われるとな。けれど、時間がない」
「そりゃ分かるけどなあ大将さん。っと、そろそろ現場近くにつくぜ。っ、びりびりしやがる。レイオダスも同じか?」
「グルルッ!!!」
20分ほどして、ハーネイトらは事件が起きた山のふもとに到着し、周囲を確認するとすぐに二人は車を降りる。
「じゃあ俺はここで待っているよ。レイオダスと共に警戒に当たるぜ」
「そこは任せたぞ。エヴィラ、協力お願い」
「いいわよ、さっきから嫌な感覚が肌にまとわりついているわ」
こうして、2人は森の中に足を踏み入れていくのであった。15分ほど森の奥に移動すると、ハーネイトは祈りを込めてからある技を起動したのであった。
それは、はたから見れば大体の人にとって悪夢以外の、何者でもない光景をもたらすものであった。
「無限の軍勢、第2の能力!黒甲虫大行進」
「うわわ!何呼んでるのよハーネイト!これ全部……」
「ゴキブリでございます、あとカブトムシとか……色々」
「きゃああああああ!数多すぎよ!そこら中全部蠢いて…ああ……最低っ!」
そう、ハーネイトが呼んだのは森の中にいるゴキブリを主とした黒い虫であった。
この中にはカブトムシ、クワガタなども入っておりその数軽く1000万匹。もはや周辺は黒い床と化しており、蠢いているそれはグロ注意な光景なのであった。
エヴィラもこれには驚きを隠せずに飛び上がり、ハーネイトに思わず抱きついてしまうが、恥ずかしくてすぐに腕を離したのであった。
「そこにいるのか、エヴィラ!場所が分かったぞ。ここから北に1.3キロの川沿いに目標がいる!」
「えぇ……わ、分かったわ。連れて行ってよ」
それからわずか1分で、ハーネイトはゴキブリたちから情報を収集し魔獣がいるらしい場所の特定に成功していた。
エヴィラは彼の技に関して本当になんなのマジでと思いつつ、この男の能力は自身の想像をいつも超えてくると感じて、いつもの余裕ある表情は完全に消え去っていたのであった。
そうしてすぐに教えてもらった場所に移動した二人は、川で水を飲んでいるそれを見つけたのであった。報告に上がっている通り、あれはこの世界の獣ではなかった。
「これは……魔獣か」
「少なくともこの世界にはいないあれね。見た目は熊に見えるが、小型で背中に角が生えている……うん、普通にこの世界の熊じゃないわね。魔獣よ」
「異界亀裂によるものか……ならば面倒だな」
「血徒はおそらく、その亀裂を使って感染した生物をあらゆる別世界に転移させ勢力を拡大しているのでしょう」
「何としてでも止めないとな、エヴィラ」
「ええ、その通りよハーネイト」
ハーネイトは仕事の間に市立図書館に足を運び、様々な本や図鑑を見て目を通していた。だからこそわかる。
目の前にいるその獣は異界の生物であり、エヴィラの鑑定の結果血徒に感染し、このままではスプレッダーとして周囲を汚染し始める状態であることを聞いたハーネイトは、すぐさま愛刀・藍染叢雲を鞘から静かに抜く。
「とりあえず狩るか」
「私がやるわ。あんたは研究のために温存しなさい。体調管理ドヘタヒーローさん?」
「言ってくれるなエヴィラ」
「フン、貴方が倒れたら、私はどうすればいいか分からないわ。だからこうするのよ!」
エヴィラはそう言い放つとすぐに微生転移の力で魔獣の背後に移動し、いつも手にしている傘の先端から血の剣を形成する。
「せめてもの情けよ、一撃で楽にしてあげるわ。血禍呪剣!」
「ギャオオオオオオゥ!!!!」
「フッ、哀れな生き物ね。さあ、貴方の血、吸わせてもらうわ」
「エヴィラ危ない!」
「っ!」
エヴィラは獲物を目にもとまらぬ速さで仕留めて、愉悦に浸りながら血を吸収しようとしたその時、ハーネイトの声で一歩引きさがる。それと同時に、何かが彼女の顔をかすめた。それは、別の感染した魔獣が放った血弾であった。




