第166話 狂暴化した野生生物の被害
「宗次郎さん、ええ、時間はあるので構いませんが、何か緊急の要件でも?」
「実はここ数日、狂暴化した野生生物に襲われけがをした住民が春花の郊外で5人もいてな。その犯人を捜して討伐してほしいのだ。うちの従業員も1人腕と足にけがをして入院中だ」
宗次郎曰く、ここから北に向かったある山のふもとで目が赤く光った、大きさは猪と小型の熊の中間くらいだが特徴がよく分からない生物による襲撃事件が発生しており、工場勤務から帰宅しようとしていた従業員を始め、付近の住民数名が腕や足、顔にけがをして入院しているという。
「それは、急がないと。しかし猟師とかいないのですかね。えーと場所と何系の生物かは他に分かりますか?」
「ここから北に5キロ向かった先に山があるが、そのふもとにいるという。熊ではないが、それ以下の何かに襲われたらしい。それとな、目が赤く光って殺意むき出しだったという証言が上がっておる。血徒の件がある以上、君に頼むのが最適解かと思っての」
ハーネイトは宗次郎に対し、現在分かっていることについて何かないかを質問する。それを一通り聞いたハーネイトと伯爵は、ため息をついてから顔を合わせて話をする。
「どう見てもあれな予感がするぜ相棒。猟師だと乗っ取られて逆に人間を狩る猟師になるでほんまに」
「うん……では宗次郎さん、後はお任せを」
「頼んだぞ。これ以上被害を出す前にな」
ハーネイトは依頼を快諾し、部屋を出る宗次郎を見送ってから、場所をもう一度地図で確認してから出る支度をする。愛刀を鞘から抜き刀身を確認していると事務所に韋車たちが入ってきた。
「よう、ハーネイト」
「韋車さん、それに渡野と音峰か」
「はい、例の事件、話に聞きましたか?」
「ああ、狂暴化した野生生物……本来私の能力で魔獣以外は意のままにできるのだが、それを無視している。となれば、犯人は見当つくでしょう」
ハーネイトの能力、無限の軍勢の力は単に生物との会話ができるだけでなく、別生物同士の仲介や仲裁なども行うことができ、ハーネイトのいるところ野生生物の害なしと称される所以でもある。
しかし彼も、魔獣相手、あるいは感染生物にはコミュニケーションを取ることができず、やむなしに撃退や討伐をしているという。恐らく、けがを負わせたそれは魔獣であり、しかも感染症状も出ている可能性を示唆したのであった。
それとこれは余談だが、魔獣の中でも半分人が混ざったような種族がおり、こちらの方は数名彼の部下として働いているという。
「もう目星がついてるんだな」
「はい、先日起きた事件と関わりがありそうです」
「確か、あの研究所と距離がそんなに離れてねえ」
「悪魔に付着していたあれが、他の生物に感染したと考えていいだろう」
先日の研究所の一件は、別の形で脅威をもたらしていた。例の亀裂から、感染し潜伏期状態である魔獣が飛び出し隠れているのではないかという話をしたハーネイトに対し韋車たちは目を丸くして彼に詰め寄る。
「悪魔……?それに感染だと?」
「えぇ……まさか何か病気が流行っているのハーネイト君?」
「坊主たちから話は聞いたぜ。その件と見ていいんだな?」
「はい、というか2人は先日のことは話していないな。いや、他にも……」
先日の研究所での事件にかかわった高校生たちと、ハーネイトの部下である者以外には血徒についての情報が深く伝わっていない。
それを思い出したハーネイトは、この際残りの人を集めて注意喚起すべきだと考えていた。歴戦の戦士であり、幾多の侵略者を打倒してきた彼でさえ警戒するその血徒と言う存在。
のちに大世界の存在をも揺るがす事態になるとはこの時誰も思うはずがなかったのであった。
「だったら、その人たちも集めて説明して、手伝ってもらうのはどうだ」
「それもそうかなあ。楽したいというか、力の温存をしておかないと」
「そうかいそうかい、じゃあ暇そうな奴探してくるぜ」
韋車は意気揚々と部屋を出て、修練の部屋にいる黒龍たちに声をかけ、会議室まで連れてきた。ハーネイトは全員に対し話をしようとしたが、その前にスカーファ達に遮られた。
「ハーネイトよ、お主は本当に人が悪いのう。なぜ先日の事件に私を連れて行かなかった」
「あくまであれは話を聞きに行っただけで……な」
「その、血徒っていうのはどういう存在なんだ。ここ3日、響たちの様子がおかしいしな」
「ああ、翼もどこか落ち着かない感じだぞ。部活にはきちんと参加しているがな」
「皆、様子おかしいネ」
スカーファが意地悪そうにハーネイトに詰め寄ると黒龍が、響たちの様子がおかしいことについて指摘する。それを聞いた田村と瞬麗もそうだと言葉を重ねる。
「……皆さん、大多数の人が数か月前に起きた行方不明事件の被害者ですが、その事件の裏に恐るべき黒幕が存在しているのではという話です」
「黒幕だと?どういうことなのだハーネイト」
「当初、私らは敵をソロンという強大な存在を蘇らせようとする、一部の魔界の住民によるものだとして見ていました。現に皆さんも魂食獣や死霊騎士などと戦ってきました。それもすべて魔界復興同盟の謀略によるものとして調査を進めていたのですが……」
ハーネイトはその場に集まった人たちに対し、今までの事件について調査報告と新たな事実について簡潔に説明していく。それは、正直彼にとっても結構受け入れがたい面のある事実であった。
「先日の霊科学研究所事件の際に、敵の幹部を尋問した結果分かったことですが……魔界復興同盟のトップ3及びその部下らがある存在に取り付かれていると言いますか、感染性の病気に冒されているのではないかという話が出ました。伯爵曰く、99%クロだということです」
「そうだ、この私がその時の当事者だ。おっと、名前はドガ・メルカッツェと言う」
ハーネイトは静かに、淡々と今起きている新たな事態について話を打ち明けた。それを聞いた全員の間に動揺が広がる。
その話について補足するため、別の離れたソファーに座り資料を片手にコーヒーを飲んでいたドガ博士も立ち上がり、話に加わりながら自己紹介を行う。
「昔ドイツで科学者か何かやっていただろ?新聞で見たことあるぜ」
「ああ、その通りだ。で君の名は」
「俺は韋車疾風という。今後ともよろしく頼むぜ」
「そうか、うむ。で……私からも質問したいのだがハーネイト」
「はい、なんでしょうか」
ドガのことについて新聞で知っていた韋車は驚きながらも自己紹介をし、共に力を合わせ戦うことを確認する。するとドガからある質問がハーネイトに飛んできた。




