第165話 見えざる脅威と魔法探偵という存在
春花駅のペデストリアンデッキに、2人の男女がベンチに座って話をしている。そう、亜蘭と初音は今日のレッスンを終え、2人でここに来ては人の行き来を眺めつつ話をしていた。
「緊張しているか?初音」
「そりゃね、相手が相手だけに」
「まさか異界の者にとりつく危ない連中がいるとはな」
初音は彩音から聞いた話を思い出すたび、ある事件のことを思い出し震えが止まらなかった。
そう、初音は友達と上京していたため桃京にしばらく住んでいた。そこで彼女は、ブラッドホワイトデー事件に遭遇していた。
幸い自身は無事だったものの、現地で知り合った友達が一人、目の前で血徒の犠牲になったという。
彼女はそれ以降その事件のことが頭に焼き付いて離れなかったという。それの後に、彼女は共に上京した友達も失ったという。
「あの時と同じことが、起きるというの?いやだよ……もう、なんでこんなことに」
「それは、僕も同じだよ。僕の父も、友人をそれで亡くしてからおかしくなった感じがする」
「ここに集まった、殆どの人が同じ気持ちだろうがよ」
初音は、本当に今の自分があれを倒せるのか分からず困惑していた。その姿を見て、寄り添う亜蘭も自身の心境を打ち明ける。
すると2人の斜め前から声がする。それは五丈厳であった。バイト帰りで九龍ジムに寄ろうとしていたところ、2人を見て少し話を聞いていたという。
「五丈厳君か、どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもだ、ったくよぉ……本当の敵は何だんだ全く」
五丈厳は大体いつも機嫌が良くないが、ここ数日の彼は特にそれが酷かった。何かに焦っているようにしか見えず、その苛立ちは容易に空気を通じて分かる。それほどであった。
誰を倒せば終わるのか分からない、それに不安も抱いていた五丈厳に対し、ある男の声がどこからか語り掛けてきたのであった。
「フフフ、その正体に貴方たちはいち早く気付けるだけ、ましかもしれません」
「わっ!いつの間にいたのですかシャックス教官」
「出たなお昼寝変態アーチャー!」
「そんな名前で呼ばないでください。しかし、ここで焦っては元も子もありませんよ皆さん。血徒はが微生界人、つまり大世界を作りし者の手先の1種である以上非常に強力な存在です」
「そりゃ、わかってるけどよ、なんだか落ち着かねえんだ」
いつの間にかシャックスも3人の近くに現れており、彼らに微笑みながら語りかけてきた。
シャックスは、3人に対し焦りは不幸をもたらすと言うが、それでも五丈厳は自身の気持ちが落ち着かないと返す。
「血を利用し勢力を拡大する吸血鬼の集団、といえばシンプルでしょうが、その実態はまだすべて把握できていないほど強大かつ、とてつもない巨大組織となっているとあの伯爵は言っておられますがね」
「なんでそいつらが、他の奴らに取り付いてんだよ」
「さあ……ですが、ある話を聞いたことがあります。血徒の多くは、何か別の生命体に取り付いていないと長く現界していられないと。特にエヴィラやルべオラなどウイルス界系は顕著ですね」
シャックスは以前伯爵から、血徒についてある共通点があることを聞いていた。それは特にウイルス系の微生界人の特性と言うか呪いに限りなく近い物であった。
その上で、誰かの体を支配したうえで血で周囲を汚染し、眷属を増やし勢力を拡大する。それが敵の常とう手段であることを説明した。
「それと関係がありそうですね。……どんどんスケールが、大きくなっていくな」
「でも、やるしかないよね。妹だって頑張っているからね」
「……ジムに行った後は、修練の部屋に行って、スカーファや韋車と手合わせするか」
「皆さん、血徒も霊量子を纏えば恐れることはありません。ハーネイト様はそれを分かって、みんなのために使いやすい装備を考えているのです。それを理解してもらえると、こちらもありがたいです」
亜蘭は事態がどんどん複雑化していくことを危惧するが、初音はそれでもやるしかない。自分たちが率先してみんなを守らないとと思い、いつも努力している妹に私は負けていられないと言うと、ベンチから立ち上がる。五丈厳はトレーニングの時間をさらに増やすかと考え、只管鍛錬に挑むことしかできねえといいながら気合を入れていた。
シャックスはそんな彼らに対し、ハーネイトの研究が完成するまでは基礎能力の向上を中心にトレーニングをするといいとアドバイスし、各員それに従ったのであった。
「ふう、息抜きに宗次郎さんからの依頼を消化していきますか」
「息抜きは大切だよなぁ?おもろそうなやつあるか?」
夜になって、ハーネイトはひとまず休憩し、自分でコーヒーを淹れてから大量のミルクと砂糖をぶち込んで、少しづつそれを飲みながらソファーに横になり、大和が持ってきた宗次郎などからの依頼書について目を通していた。
基本的に彼の肩書は魔本探偵及び解決屋ではあるが、一般的な人探しや尾行追跡なども並行して引き受けていた。
では魔法探偵とは普通の探偵とはどう違うのかということになるが、ハーネイトの持つ魔法探偵という肩書は二つの意味を持っている。
一つは魔法や自然を用いた捜査方法で事件を解決に導くという探偵、もう一つは、魔法犯罪を取り締まり犯罪者を拘束及び処分するライセンスを持つ魔導師という意味であった。
魔法による悪質な犯罪、実験のために村人全てをいけにえに捧げようとするような危険な存在をを抑え込むため、彼は熱心に仕事に取り組み伝説の存在になったと言われる。
一部では死神なんてあだ名も彼にはついており、どれだけ恐れられていたのかは想像に難しくはない。彼の活躍で、魔法界は大きく変わったことは確実である。
「さあ、どうしたものか。レアメタルでも創金術で作ろうかな。しかし、このテレビ出演とは何だ?激辛料理の食レポ?んーー、八紋堀でも誘って勝負してみる?面白い依頼もいくつかあるな、うん」
「失礼するぞハーネイト君よ、すまんが今時間はあるか?」
てっとり早くお金を手に入れるなら、売れそうなものを売るに限る。ハーネイトはそう思いながら資料を目に通していたその時、ドアをノックしてからどこか慌てている宗次郎が部屋に入ってきたのであった。




