第99話 初音の里帰りと会場周辺調査
その頃、初音は久しぶりに実家に戻り彩音と再会した。彩音は急いで玄関まで走り、ドアを開けると元気な姉の顔を見て笑みがこぼれる。
「ああ!彩音ーーー!」
「初音お姉さん……!?」
「いつぶりかしら、大きくなったわねえ」
「姉さん、苦しいってもう」
初音はハグする力を強くし、彩音は少し苦しそうになりながらも、姉が元気でよかったとホッとしていた。
春花で起きていた事件を姉である初音も知っており、遠く離れた地から彼女は、常に妹の身を案じていたのであった。
両親はあの矢田神村事件の犠牲者となりもうこの世にはいない。彩音は、自分と姉だけで今まで生きてきたが生活面などで苦労することばかりであった。
親戚が用意した家で暮らしているのだがお金の面などで苦労してきた彩音にとっては、けた違いの給与を振り込んでくれるハーネイトに対し多大な感謝をしていた。
そのハーネイトと言う変わった男の話を最初聞いた初音は、大丈夫かなと思いつつ話を聞いているうちに自分も興味を抱くようになったのであった。
「何でここに来てるのねえさん」
「あら、今年も行われる春花フェスに、ついに招待されたのよ」
「そ、そうなのね……って、なんで左腕に!Cデパイサーじゃない。まさか先生のところに?」
「そうよ、貴方の命の恩人に会って、今起きていることを話したらある条件と引き換えにね。彩音、あのハーネイトという男、あらゆる手段を使って篭絡しなさい」
「え、でも……ハーネイトさん、昔色々酷い目に遭って、色恋事が、苦手だって」
「あ、あら?そうだったのね……。それなら、少しでも彼の傷を癒せるようにしないとね」
彩音は姉がCデパイサーをつけていることに驚いていた。そして顔を見て、笑っているように見えて全く無表情であることに恐怖を抱きつつも、彩音は少し弱い声で返事をするしかなかった。こうなったら姉は止まらない。それは昔から分かっていたことであったからである。
「まあ、ということで、しばらくここに滞在するわね」
「全くもう、先生も何考えているのかしら」
「彩音ちゃん!何話してるの?」
実は彩音は今日、文香と近いうちにあるテストに向け勉強会をしていた。声が聞こえ文香が2人のもとにきて話に割り込む。
「あっ、それなんでもらってるの?てか、貴女は?」
「そういう貴女も。てことは仲間?ウフフ。彩音の姉の初音よ。よろしくね?」
初音は文香をみて微笑みながら声をかける。彼女は年下で可愛い同姓が好きなため天糸にも抱き着いた。そうされながら少し困っていた文香は彩音にあることを言う。
「明日ホテルに行って兄貴、じゃなくて先生にあの時使っていたすごい魔法みたいなのを色々聞こうかなって」
「先生ならあと少しで例のフェスティバル会場に足を運ぶって。明日まで時間かかるかもしれないから様子窺った方がいいわね」
3人はその後も話をしながら、今春花で何が起きているのか、そしてハーネイトや伯爵との出会いについて話をしていたのであった。
翌朝、ハーネイトたちはフェスの会場に向かうため春花駅を訪れていたのだが、異世界人であるハーネイトにとってある問題が立ちはだかっていた。それは電車に乗るために必要な切符の購入であった。
「伯爵、あの、これどうすれば通れるのかな……?」
「ったく、そういやアクシミデロにはまともな電車が無かったな。というか相棒顔パスだし」
「あそこの機械でこのお金入れて、300円のボタンを押せば券が出るからそれをあの隙間に入れればいいわ。ほら、運賃表見てよ、あの公園まで行くのに必要な金額が書いてあるから」
「そういう仕組みか、ふむ、面白い」
「全く、そういうところはどうも世間知らず、か?」
「顔パスだったし、買い方も違うし……うん」
故郷と色々違う乗車システムに戸惑っていたハーネイトは伯爵に教えられ切符を買いフェスのある方向に行く電車に乗車した。リリーもきちんと購入して乗車したが、もちろん伯爵は体を気体に変え誰にも気づかれずに無賃乗車をしていた。
実際ハーネイトの故郷にも、彼にとっての異世界人である地球の人などが漂流し技術が伝わり、汽車などの交通手段もできてはいたのだが、ハーネイトは余りの知名度と功績から切符を一度も買わずに汽車に乗っていたのが今になってあだとなっていた。
というか正確に言うと彼は魔導師であり、各地に存在する転送石での移動が主だったため、そういう交通機関を使ってこなかったことと、乗り物酔いの酷さによるのが実は理由である。
「ということでフェス会場最寄りの駅に降りたわけだが……」
「中央部とうって変わって田舎っぽいわ」
「だがよ、感じるぜ」
「ああ、割とでかい亀裂もあるな」
3人は早速、異界亀裂を発見しそこまで向かい周囲を監視する。今のところ特に問題は起きてなさそうだが、一応座標をCデパイサーに登録してから、周囲の探索などを行っていたと言う。
翌日響たちは、学校の授業を終えてから以前ハーネイトが大和にカフェラテをおごってもらった喫茶店に集まり話をしていた。話題はもちろん、例の音楽フェスの件である。
「今年も来たな、春花音楽フェスティバル……!」
「ああ、勿論行くよな響」
「お前もだろ翼」
音楽が好きな響はとてもワクワクしていた。そして意外に翼も行く気満々であった。何でも最近ある若い男性アイドルグループが出した新曲にはまっているという。
「そりゃいかないとね」
「今年は侍バンドのあの人たちが来るって!
「ヴィジャニスも新たな曲引っ提げてくるって」
「俺は新アイドルユニットURINだな。彼女たちの歌声は神がかっている」
彩音と間城、時枝がそれぞれ今回演奏するバンド名やアイドルグループについて話を続ける。
このフェスは今から5年ほど前より毎年開催されており、多くの人が訪れるため彼らにとってとても楽しい時期であるといえる。あの凄惨な血海の事件の後、多くの人がこのフェスで音楽を聴き、希望を感じているという。
そうしてしばし話をしている中、街中のある建物の一室にて、只管歌や踊りの鍛錬に励む集団がいた。




