未払いセックスレス6
というわけで、僕は牧村の誘いに乗り、フードコートのうどん屋へとやってきた。
入り口で食券を買い、窓際の一番奥の席に陣取った。僕はわかめうどん、牧村は肉うどんを頼み、麺の硬さを聞かれたので、僕はいつも通り柔をお願いした。
うどんが来るまでの間、牧村が組んできたセルフの水に口をつける。彼は昨日と同じく肩をがっくりと落とし、時折申し訳なさそうにこちらの様子をちらちらと伺っている。
「まあまあ、そんなに警戒しないでくださいよ~。昨日みたいに机を叩いたり怒鳴ったりなんかしませんから~」
僕はわざとらしくおどけて見せた。
そうしないと、彼の警戒は解けないだろうし、僕としても、20も年上の男に申し訳なさそうにされるのは居心地が悪かった。ふと彼の左手が目に入る。薬指にはツヤを消したプラチナのシンプルなリングがはめられていた。
「僕ね、失礼だけど、今日の朝あなたの家の前で奥さんを見たんですよ」
「えっ?!」
「もちろん、出勤する牧村さんの姿も見てますよ。あれ?気がつかなかったかなあ?」
牧村は目を大きく見開き、こめかみに滲んだ汗をおしぼりでぬぐった。思った通りの反応に僕は気分が良くなり、踊るような心持ちで、おしぼりの袋を景気良くぽん、と鳴らして開ける。
「安心してください。あなたの奥さんに今回のことを話すようなことはしません。僕、こう見えて半端ない有言実行主義なんで」
「そ、そうですか……」
もちろん、牧村は僕の言葉など信用していない。牧村は先ほどと同じく前かがみの姿勢を崩さぬまま、口を一文字に結んでいるからだ。
「弱ったなあ。僕全然信用されてないや……うーん、どうしようか、どうすれば、牧村さんは僕を信じてくれる?」
抑揚のない声。牧村はさらに高く頑丈な威圧の壁を僕との間に挟み込んだ。僕を信用する気なんてさらさらないらしい。
そういうことなら、僕だって手の内を明かすほかない。
「仕方ないなあ。僕がなぜ、牧村さんを細かく観察しているか教えてあげるよ。それはわからないからですよ。なぜあなたが大金を払うしかない御風の店に10回も通ったのか。そして、御風がなぜそれを許したのか。兄の僕が知る限り、ああ見えて御風って利己主義なんですよ。たしかに優しいし、博愛主義っぽい側面もある。でも、自分に利害がない限り、静観を貫くような人間なんです。失礼な話、僕は、なんの利益ももたらさないあなたを御風が受け入れるはずがないんです。僕は御風ことならなんだって知りたい。僕はこんどこそきちんと御風を理解したい。なぜなら……」
そこまで言って、僕は口を噤む。僕としたことが余計なことまでしゃべりすぎてしまったようだ。
牧村が相槌を打ったちょうどいいタイミングで互いのブザーが鳴ったので、僕は話を切り上げることにした。
無言のままうどんを食べ終えたところで、牧村の昼休みが終わり、驚いたことに、牧村のほうから僕にお酒が飲めるか尋ねてきた。
「実は昼食のときにお話しようと思ったのですが、どうにも酒が入らないと調子がでないようで……もしお時間があれば、の話なのですが……」
僕はお酒には疎い。正直自分がお酒が飲めるタイプかどうかさえわからない。けど、彼からの誘いは願ってもないことだったので、二つ返事でOKを出し、彼の仕事が終わった17時半ごろにフードコートの入り口で落ち合う約束をして別れた。
僕は携帯電話を持っていないので、ATMコーナーの隣にあった公衆電話からシーサイドへ電話をかけた。すると電話に出たのは給仕の御風ではなくキッチンのハマーだった。
僕が牧村と飲みに行くことになったから帰りは遅くなる、と伝えると、ハマーは一瞬黙り込んだのち、迎えはいるか、と聞いてきた。なんで親みたいなこと言ってんだと呆れつつ、いらない、と答えておく。
さすがに二日連続でハマーの自由時間を奪う気にはなれなかった。