未払いセックスレス5
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翌日の10時。僕の姿はあのショッピングモールのベンチにあった。
昨日コピーしてもらった「わくわく水道配達屋」の向こう一ヶ月分のシフトを確認しながら、牧村の姿をカウンター奥にとらえる。
また踏み倒したりしたら遠慮なく会社のほうへ「乗り込ませて」もらうために、強引に教えてもらったものだった。今日牧村は早番なので、17時までの勤務になっていた。
じつのところ、僕は彼の姿を出勤前の自宅から追っている。
多分牧村は気づいていないだろうが、僕は、南区の一軒家から出る彼はもちろんのこと、それを見送る奥さんも、その15分後にランドセルを背負って出かけていく一人娘の姿も目撃している。
なんというか、小柄でこざっぱりとしたセミロングが似合う品の良い奥さんだった。
玄関の外にまで出て夫を見送る妻なんて今時珍しいだろうに。外野から垣間見える「牧村家」は文部省が推薦するような、幸せにつつまれた、教育に適した一般的な家庭だった。
人の趣味はわからないけれど、あんなにきれいな奥さんがいて、なぜ彼は外に女性を求めたのだろうか。
男のサガ、と言われてしまえば元も子もないけれど、どうにも彼が性処理だけのために御風の店に通ったとは思えなかったのだ。
シーサイドは市内から遠い。
天神や博多といった中心街からも高速を使って30分以上かかるし、電車やバスで来ようものなら、いろいろ乗り継いで一時間半は見ておいたほうがいい。ただ単に、性処理が目的なら、自慢じゃないけれど福岡という場所はそういう店には事欠かない。シーサイドよりはるかに安くて便利な店が揃っているのだ。
彼が御風の魅力にとりつかれた、のなら話はわかるけど。
けど、これは僕の勝手な勘だが、それではない、裏の理由があるような気がするのだ。その理由が知りたくて、僕は彼を観察することにしたのだ。
少年院でカウンセラーに言われたことがあるっけか。あなたには並外れた観察眼があるんだから、妹さんのことにばかり行使せずに、たまには他人に目を向けてもいいんじゃないでしょうか。結構たのしいですよ。なんて。今思えばとんでもない男だったが、僕は彼と週一回話すのが結構好きだったりした。
要は娯楽だ。牧村の観察をするのも、僕の気を満たすためにほかならない。
先ほどから牧村がちらちらと落ち着きなく僕のほうを見ている。まあ、昨日と違って僕は気配を隠したりしていないし、カウンターと向かい合うように置かれたこのベンチは意識しなくても目に入ってしまう。僕は暇つぶしにハマーから借りたipodでネクラの曲を聴きながら、横向きに投げ出した足を組み替える。昨日ハマーに注意された座り方だが、これが一番楽な体勢なので変えるつもりはない。
二時間ほど経った頃だろうか。
さすがに思うことがあったらしく、苦い顔をした牧村がすたすたとこちらへ寄ってきた。その頃になると僕は完全にベンチに横になり、肘をついて家でテレビでも見るようにして「わくわく水道屋さん」を観察していたから、さぞ不審だったのだろう。
「あのぅ……伊藤さん?」
牧村は口を蛸のように窄ませて僕を覗き込む。
「どうも牧村さん。僕のことは気にしなくていいですよ。いつもどおり仕事をしていただいて構いませんし」
僕は顔を上げることもイヤホンを外すこともせずに、片手をあげて答える。
「いや、そうじゃなくて……ちょっとウチの若い子があなたのこと気にしてて、ですね……言いにくいんですけど……あの、あなたの目的が私だというのは承知してるので……」
「?」
「つまり、お昼時なので、一緒にメシでもどうでしょうか、って誘いなんですけどね……」