未払いセックスレス4
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「あのー、牧村さんはいますか?」
昨日と同じくスーツ姿の受付嬢に尋ねると、彼女もまた昨日と同じように訝しげな顔をして僕の顔を見た。
「いえ、本日牧村はお休みをいただいておりますが……」眉間にくっきりとした皺を刻みながらそんな事をいう。僕はふうん、と鼻を鳴らし、女性の前の椅子を引いて座った。
「じゃあ待たせてもらいますか」
「え?」
「シフト表見てないんだから本当かどうかわかんないじゃん。その間暇だから僕に営業でもしてみてよ」
僕は机に貼られたウォーターサーバーのプランメニューを指先でとんとん叩いた。彼女は隠す事もせずため息をつき、僕に向かい合うようにしてすとんを腰を下ろした。ちらりと時計を見る。営業に出た社員が戻ってくるの期待したようだが、首を振って僕を見る限り、彼らの帰社はまだ先のようだ。
かといって、一応「客」である僕を無下に扱うこともできない。
「一応ね、僕、レストラン勤務なの。妹が経営してるんだけど……君が頑張ってくれたら、契約してくれないこともないよ?」
「結構です」
「あれえ?なんでぇ?」
「ただの従業員であるあなたに営業をかけてもしょうがないですから」
ばっさりと切って捨てる言いように、僕は少しうろたえる。なるほど、僕が思うよりも度胸がある女性のようだ。彼女は上目づかいにメガネの奥からするどい眼差しをおくりつけている。
「あはは。そんなにはっきり言われたら困るなあ。まるで僕がここにいるの迷惑って言われてるみたい」
「そう言ったつもりですが、聞こえませんでしたか」
「なんだ。まどろっこしいのは嫌いなんだね」
「はい。ごめんなさい」
「謝ることなんかないのに。僕みたいなのが来て迷惑してるっていうのはわかるから」
「……なら、普通来ないですよ」
「いやぁ、僕もできるだけ人に嫌われないようにしたいんだけどね。そうはいかない事情があるんだ」
「だいたいのことは把握してますよ。昨日カフェで随分暴れたそうじゃないですか」
僕は一瞬言葉につまった。彼女はそれを見てニンマリと笑った。
「知り合いがそこでバイトしてるんです。それで、アンタのところの営業課長はへんな男にどやされてるよって、教えてもらって」
「なんだ。そこまで知ってるなら話は早いじゃん」
「そういうことです」
彼女は一度バックヤードに引っ込むと、つかつかと踵を鳴らしながら上機嫌に戻ってきた。僕の前にぺらりと一枚の紙を出してくる。エクセルで詳細に作られたそれには、牧村の月末までのシフトが明記されていた。たしかに今日は「休」となっている。
「コピーするならご自由に」
彼女はさも興味なく言い捨て、僕はからりと笑って紙を持って立ちあがった。