序章
重力、無くてはならない。
唯一、次元を超える事の出来る存在と言われる。
人の住む世界は、三次元。
四次元は、時間が入り乱れ 物の誕生から死を同時に現す、視覚で捉え切れない世界。
重力は、其れらも包括する。
三次元から別の三次元へ
螺旋の様に絡み(から)みあいながらも 平行して進む世界。
タイムリープ、タイムワープ
其れは時間が織り成す世界。
重力は、違った。
暴走により物の時間を切り取り違う次元へと持って行く。
意思、意識に関係無く。
そう、丸っ切り、奪い去る様に持って行ってしまう。
これは、持って行かれた者達の物語。
先ずは、始まりのその時へ
桜田楓は、PC画面を睨みながら キーを叩き続けていた。画面には、数字とアルファベットの羅列が 次々と表示され画面の上へと流れて消えて行き、その画面の隣の画面では、草原の草が風によって大きなうねりを持って なびく映像が映し出され紡がれて行く。
草木の高さ、枝振り等も ランダムに精緻な映像が 精製されて行く。
同僚や上司達は、とっくに帰宅しており フロアどころか 建物内には、彼以外、警備員しか残っては居なかった。
そう、彼なのである。名前で良く性別を間違えられ、体格をも勝手に想像されるが、名前とは裏腹に身長165cm、体重90kg越 の お腹の出た 決してスマートとは言えない ほぼ、丸体形の持主で 性別は、男である。
MMO-RPG、(マッシブリーマルチプレーヤーオンラインロールプレイングゲーム) 大規模同時多人数参加型オンラインゲームが、盛んに制作されていた頃、ゲーム内では、参加者も多く、賑わっていた。
やがて各ゲームメーカーは、二つの方向性を 持ち始める様になり、一つは、映像は、綺麗だが、マシンパワー(パソコンの処理能力)の必要な物、一つは、それ程、高額なマシンを 必要としないネットブラウザを 使用するタイプの物であった。
しかし、いずれも参加者の減少に歯止めを 掛ける事は、叶わなかった。
原因は、マンネリ化した仮想世界、システムとしての技術は、向上しているにも関わらず、内容は、どれをとっても似たり寄ったりで 数年前に制作されたゲームから進化は して無かった。
加えて 上位レベルプレーヤーに成ると難易度が上がり、集団戦闘のみとなり、単独制覇を目指すプレーヤーは、いなくなり、PVP(プレーヤー バーサス プレーヤー)を さかんに煽り、ファンタジーからかけ離れて行き、ストーリーも内容が取って付けた様な物に成り 希薄に成って行く。
所謂ストーリー性の欠除である。
ストーリーは、終わりが あるもの。
これら二つは、業界にとって大きなジレンマを 抱えさせていた。
更に参加者のモラルの低さが、後押ししていた。
ゲームに限らず インターネットとは、人が善意である事を 前提とした技術であった にも関わらず、顔を見せ無い秘匿性に隠れて高圧的且つ(かつ) 下賤な参加者が、後を絶たない現状。言葉やプレイによって個人攻撃された参加者は、ストレスが蓄積され、幻滅し、衰退を 促進させて行った。
正に 人の持つ業によって 人、自らの技術を 蔑めた。
桜田楓の勤める会社も例外では 無かった。
「あーぁ」
桜田楓は、椅子に座ったまま 後ろに仰け反り、両手を 上に伸ばして伸びを した。
「もっとこう、ないかなぁ。それに戦闘シーンなんて いっつも・・・どのゲームも、同じだし・・・」
言いながら、椅子から立ち上がり モソモソと帰り仕度を始めた。
二日前、ずっと考えていた案を 上司に話しをした、が、その意見は 即答で却下された。
その事を 思い出し、押す手に力が入ってしまい エレベーターの昇降ボタンを 思いっきり押し込んだ。
桜田は、感情を外に出す様なタイプではなかった。
それどころか、内気で 自ら 自分の考えを述べる事すら出来ない性格だった。
自分がした事に 気付いて無かった。
自分自身でその行動に少し戸惑いながらもエレベーターに乗り込み、肩を落とし 溜息をつく。
「何が、おまえは、いつから企画になったんだ。だ、企画で無かったら意見も出せ無いのか•••くっそ」
エレベーターの中で 下を向き 小さく呟きながら 肩から下げたバックバッグの肩紐を ぎゅっと握り締める。
やがてエレベーターが 一階で停止し、ドアが開く。
「取り敢えず、イライラするのは、良くないな・・・ストレスでまた、太るかも••• フゥーー、最近、又、太りだしたからなぁ」
独り言を呟き、歩き出す。
歩きながら鞄から財布を取り出し、中を確認すると拳を握り脇を締め小さく腕を 引いて
「おっし、駅前で牛丼のヤケ食いだ」
鞄に財布を放り込み 正面に向き直り、入口脇の警備員室に挨拶を済ませ、駅へと急ぎ足で歩いていった。
駅前で腹ごなしを済ませ、駅下を通り抜けて駅裏へ足をのばした。
路地を 二つ通り越すと看板も表札も無い古い赤レンガ造りの建物の前で 立ち止まる。
正面の鉄扉を 開け、その奥の分厚い木製のドアを奥に押す。
一歩踏み入れた瞬間、優しい歌声と共にピアノのメロディが 体中を 包み込む様に耳からじんわりと入り込み、引き摺られる様に奥へと歩いて行った。
細い入口の廊下を3m程進むと少し広い空間に出て、先程から、耳にしていた音楽が、鮮明に聞こえる様になった。店内は、一方の壁に色々な酒瓶の並んだ棚、手前に8人程が座れるカウンター、反対には、丸いテーブルが4っつと其々に 椅子が4っつずつ並んでいた。
カウンターを背にした反対側の壁には、大きなディスプレーが 掛かり、女性歌手が、歌う映像が流れている。ディスプレーの脇には、巨大な JBL4343、YAMAHA製1000M、マンタレーホーンと名器と言われるスピーカーが 左右に並ぶ オーディオフアン納得の音を 紡ぎ出している。
ここは、桜田のお気に入りのバーであった。
「いらっしゃい、桜田さん」
カウンターの中の男が 微笑みながら 目の前のカウンターの真ん中の席を 目で促す。
アイコンタクトで指示された椅子に 腰を下ろしながら
「こんばんは、いつものジンライムを•・•チョイ、ドライ気味で」
バーテンダーは、黙ってうなづき、グラスを 棚から取り出し、準備を始めた。
桜田は、バーテンダーの手の中で球体へと形を 変えて行く氷を 黙って見つめながら 脇に置いたタバコを 取り出し、ずんぐりした指先で 器用にくるくると回しながら口に咥えて火を点けると 大きく吸い込むとゆっくり長く吐き出す。
「どうぞ」
仕上がったグラスが、すっと差し出される。
「ありがとう」
短く返事を すると左手でグラスを 軽く掴み、右手 人差し指でライムを軽くグラスに押し付けると氷を指で弾く。グラスの中の氷は、弾かれてクルクルと回転しながら絞られたライムの汁を攪拌する。
桜田は、グラスの中でモヤになっていたライムの汁が、溶け込むのを 見つめた後、1/4程を 一気に口に含むと喉を 鳴らして胃へと送り込んだ。
その瞬間、突然、それは、起こった。
店の電灯が、激しく点滅を繰り返した。
IHクッカーが、火花を起こす。
ディスプレーが、電灯に合わせるかの様に明滅しながら 砂嵐を繰り返し映し出す。
スピーカーが、バリバリと鳴る。
耳鳴りがした。
空気が、巨大な波動を伝えて来た。
空気だけではない、地面が、壁、床、四方八方から押し寄せる。
桜田は、思わず、地震か、と 叫び、反射的にカウンターの足元に逃げ込もうと腰を上げた。
耳の側で、大きなシンバルを叩かれたような音響と共に、大きな横揺れ
「えっ、くっ •・•」
転ばない様にカウンターの端を掴んだその時、ディスプレイから火花の様な物が、桜田を襲った。
バーテンダーは、酒瓶を置いてある一番下とカウンターを掴み、横向きになり横揺れに耐えた。
「桜田さんっ」叫び声が、聞こえる。
桜田は、声のした方へ振り向きながら手を伸ばそうとするが、高速振動波の影響か、手が 痺れたようにカウンターから離れない。
バーテンダーは、桜田の姿を見て驚愕の表情と成っている。黄色い光を帯びて回りの空気と共に光っているのだ。
桜田の視界からは、世界が黄色く靄が掛かった様に映っている。
何かを叫ぼうと口が、動いているのを バーテンダーは、見るしか出来ない。細かい振動によりバーテンダーの手も離れないのだ。
時間にして1~2秒、桜田の体が、ザッザと言う音と共に消えた。
カウンターの上に飲みかけのグラスを 置いたまま
午後10時を回った時間だった。
草加亜希は、小手の中、汗ばむ手で握り直す。
小手の中、両手の親指を其々、内側に絞る様に締め直し、すぅーっと少し長く息を掃出しながら
「これが、学生最後の試合、次の一手が、人生最後の一振り・・・」
目の前の対戦相手に火の様な眼差しをむけ、左足の親指で 床を掴んだり離したりしながら 体を 前後に揺らしてタイミングを 計っていた。
草加家の四姉妹の長女で、大学生である。
中学生の頃は、インターハイに出た事もあったが、それ以降、これと言った成績を••• 記録を残せていない。
試合が終わり、学校が 用意したマイクロバスで 帰学すると部員全員でのミーティングを終える。
学校の門を出たところで
「あ〜ぁ、負けちゃったよ〜、人生最後の試合に」
草加の横で 同じ部員の落合怜が、
「亜希ちゃん、頑張ったけど、残念だったねぇ」
「うん、あの人、激ヤバ、反則だよー、あそこで竹刀、下から掬われて鍔で受け、腕ごと跳ね上げられて上半身が開いた瞬間に 踏み込んで来て 胴って ••• あー、もおォー、ありえねー、あの早さ、現代版、つばめ返しじゃん」
さっきまでとは、裏腹に爽快な笑顔を 落合に返す。
いつもの事ながら 気持ちの切り替えの早さに落合は、唖然としながら
「結果、あの人 勝ち抜けて優勝してたねー」
「だねー、負けるわけだーー」
「・・・・・何か食べて帰る?」落合が、聞くと
「ごめーん、今日は直ぐに帰らないと」
「カレシ?かなーーー?」
片目を閉じて 人差し指を顔の横で左右に振りながら、下から亜希の顔を覗き込む。
「違う、違う、そんなのいないしー、今日、パパとママは、仲良くお出かけっ、弟の御飯を用意しないといけないんだよー」
「ほんっと、亜希のとこの両親、仲良いよね」
「だよねー、娘の前でも平気で手を繋いで歩くし、あっちでやれって言いたくなるよ」
二人は、ケラケラと笑いながら歩く。
「じゃ、また、来週ね〜」
「じゃね〜」
共に手を振りながら別れ、午後10時を 迎える。
成瀬時臣は、執務椅子に座り 書類に目を通していた。
政治駆け引きによる 水面下での基地誘致の合意。
ある国の南下政策による 武力行使。等、きりが無い世界情勢のドタバタ。
其れ等に釣られるマスコミや野党による検討違いのバッシング。
何故 わからないのかが、わからない。
最も急ぎ、決定しなければならない事。
海外では、同一国を 警戒する列強三国、その対象となる国により直接、間接的に被害にあっている国々の事、又、同国による世界規模での経済的詐欺行為の数々、所謂、偽物の流出や、インターネットでの搾取等、節操、節度が無い国との問題。
国内では、マスコミは、従来の気概を喪失し、資本主義に負けて一般大衆が 喜びそうなブームを作ろうとし、与党は、逃る理由を探しながら決定事項の発表時期を模索して時代、時期に遅れた対策となり、野党は、ブームの便乗を模索しながら与党の弱点を探る。両者共、其れ等を完遂する為なら 多少、嫌、大きく見方を変えて捻じ曲げも平気で行う内政。
成瀬は、思う。
《日本人程、愛国心の無い国民を抱えた国家が、世界中に在るのだろうか • • • 第2次世界大戦での敗北による無条件降伏、教育に至るすべて、いや、国民の将来さえも 捨てた国家 • • •、仕方の無い事か、・・・いっそ、政治家の給料を1/3にでもして、知識と知恵、狭義のある者だけで内閣を作っても良いんじゃ無いか• • •、おっと、其れも右に行き過ぎなのか》
「フゥーー」
溜息とも取れる長い息を 吐き出し、執務机に手に持った書類の束を 放り出すと脇机の上の鞄を取り、立ち上がると部屋を出て行った。
成瀬は、階段へと歩を進める。
成瀬の日課と言って良い行動であった。
階段の登りは、筋力を鍛えるのに有効では、あるが、膝、腰を痛める可能性のある下り階段は、ゆっくりと降りる事により バランス感覚を養う上で、非常に優れた運動である事を 昔、聞き、信じている。それ以来、日課となった。最近では、1階分だけでは、あるのだが、、、。
成瀬は、バランスこそが、最も人生を豊かにしてくれる物と信じていた。
階段を下り始めた。
中ほどの踊り場から一段、下がった時に午後10時は、やって来た。
日本時間、午後10時
その異変は、日本に限らず 世界中、地球上のすべての地域で ランダムに発生した。
地球を取り巻く無数の監視衛星は、地球内部からランダム地域に発する光の軌跡をそのレンズに写し取っていた。
その日、数にして 数千単位の人間が、地上から消えた。
人は、これを グラビティインパクトと呼んだ。