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「『アントニウス』沈黙! 敵カーゴタイプ、動いています!」
「ええい、主砲回せ! 黙らせろ!」
「敵ハウンドタイプ、回頭しています! このままでは挟み撃ちです!」
「くそっ! 面舵十五度斜行! カーゴの前に出せ! 右舷弾幕急げ、銃座発砲休めるなぁ!」
アランが『ルクルス』の艦橋に上がると、そこでは指示と報告が悲鳴のようなヒステリックな声で飛び交っていた。
艦橋中央の座席に座り、口に泡を飛ばしながら指示を出している艦長のもとに、アランはツカツカと歩み寄る。そして顔を上げた艦長にむかい、寸鉄刺す鋭い口調で問い詰めた。
「どうなっている! なぜランドレッグを迎撃に出さん!?」
その剣幕に艦長は身を縮こませ、額に冷たい汗をにじませながら答える。
「う、動かす予定になかったもので整備が整わず。今至急準備をさせておりますので……」
「予定で戦争ができるものか、愚か者め!」
「敵艦発砲ぉぉぉっ!」
アランの叱声を、見張りの絶叫が横から割り裂いた。身構える間もなく、空を裂く砲弾が『ルクルス』の艦上を飛び越え、反対の地面に爆煙を立ち上げる。
「近づけ過ぎだ! 寄せつけるな、撃ち返せ!」
艦長の頭を平手ではたいたアランは、業を煮やしたように自分で指示を出し始める。そこで再び見張りが叫び声を上げた。
「敵が小型ランドレッグを出しました! こちらにむかってきます!」
アランは艦橋の窓から身を乗り出し、土煙の中を凝視する。そしてそこに逆曲がりの駆動脚を動かして地面を疾駆する、六台の小型ランドレッグの姿を見た。
「バッタか!? 撃ち落とせ!」
アランが叫ぶ。しかしその指示に銃座が応える前に、敵の攻撃は始まっていた。
「は、発煙弾です!」
六台のバッタから次々とランチャーが放たれ、その煙の尾を引く弾道が『ルクルス』の視界を瞬く間に塞いでいく。見張り達が動揺する。
「て、敵は!?」
「なにも見えない!」
「あ、足元だ!」
爆音と艦体への衝撃。アランが煙の中に目を凝らすと、甲板へと駆け上がるバッタの影が浮かび消えた。すでに艦体に取り付かれてしまったようだった。
「ちっ!」
アランが舌打ちをして身を翻すのと、跳躍したバッタが煙を割って艦橋の眼前へと姿を現したのはほとんど同時だった。
「ハハハ! 俺を冥土に渡すには、ちぃとばかし渡し賃が足りなかったようですぜ、アランの旦那!」
鍔広帽に黒マントをなびかせたバッタの搭乗者――ディック・ビーンが、高笑いとともに艦橋になにかを投げ込んで煙幕の中へと消えていく。
床に転がったそれを見て、その場にいた誰もが顔を青ざめさせた。
手榴弾だ。
「た、退避ぃぃぃぃっー!」
艦長の絶叫に、艦橋の混乱は瞬間に沸騰する。
アランはその混乱が続く爆音に掻き消される前に、艦橋から出る階段を駆け降りた。
*****
「やったの!?」
エルが甲板に着地したディックに駆け寄ると、彼は盛大に舌打ちをし、吹き飛んだ『ルクルス』の艦橋を見上げた。
「艦橋はぶっ飛ばしたが、アランの野郎には逃げられた!」
「あの娘は?」
「中に入らにゃ、わからんだろうて!」
駆け出すディックのバッタにエルも続く。煙幕を裂いて走る先に船倉への物資搬送用と思しきエレベーターが見えた。エルがランチャーを構える。
「ぶち破るわよっ!」
エレベーターの底板を破るようにランチャーを撃ち込む。周囲の煙幕を吹き飛ばした爆風が落ち着くと、そこには艦内に降りられる大きな穴が空いていた。
「おーおー、派手に行くねぇ。今からそれじゃあ、嫁の貰い手が不安になるぜ」
「いちいちうるさいわよ、かっこ悪いおっさん!」
ディックの混ぜ返しを罵声で退けて、エルが艦内に突入する。
「かっこいいおにいさんだ、このアバズレ!」
エルに続いてディックも艦内に入る。そこは格納庫に続いていた。数台のランドレッグが置かれた格納庫内では、整備兵が爆発とそれに続く侵入者に右往左往していた。
「どっち!?」
「聞けばいいだろう!」
マシンガンで牽制の銃撃を浴びせるエルの横を飛び抜け、ディックは逃げ走る士官と思しき服装の男をバッタの上に掴み上げると拳銃を抜き、そのこめかみをかすめるように発砲した。
「捕まえたお姫様はどちらだい?」
「……き、貴賓室」
「場所は?」
「か、艦の後ろ……」
失禁した男の涙声での回答にディックは笑顔で返す。
「サンキュー、グッバイ」
男を放り捨てるのと同時に、ディックは急停止させたバッタから飛び降り、艦の後部へと続く通路へと走り出した。
「あっ、待ちなさいよ、おっさん!」
手榴弾をばら撒いてあたりを吹き飛ばしながら、エルもバッタから飛び降りて、ディックの消えた通路へと駆けていった。