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 口火を切ったのは『ハウンドドッグ』の主砲だった。

 その砲弾の一発が約千五百ラム(一ラム=約一メートル)の距離を取って艦隊右端に展開していた、帝国ケントゥリオ級ホバーシップ『コルネリオ』のホバースカートに着弾した。

 ただの標的艦と思い込んでいた(ふね)からの突然の砲撃と被弾の衝撃により、完全に混乱状態に陥った『コルネリオ』は反撃の初動を逸し、そのまま突撃を掛けてくる『ハウンドドッグ』の攻撃の前に、なすすべもなく爆炎を上げて沈黙した。


「ヒュー! 上出来にもほどがあるねぇ」


 甲板指揮所の影から、双眼鏡でその様子を眺めていたディック・ビーンが口笛を吹く。それをたしなめるように隣にいたエル・メラルダが別の方向を指差して言った。


「あっちが動き出したわよ」


 僚艦『コルネリオ』が大破する様を見て、泡を喰ったように動き出したトリブヌス級『ルクルス』とケントゥリオ級『アントニウス』の二艦は、砲撃で弾幕を形成しながら『ハウンドドッグ』の射線を回避するように、その後方に回り込む形で展開し始めた。


「……本当に来たわね」


「ヒッヒッヒ、どうだい嬢ちゃん、俺の読みは? こと戦争に関しちゃあ、あいつら正規の軍隊より俺達無法者(ヴァルチャー)の方がよほどに場馴れしてるのさ」


 自慢げに笑うディックを、エルは煙たげに手で払う。

 『ルクルス』『アントニウス』二艦の進行方向にはエルの(ふね)『カリグラ』の姿があった。艦橋を失い、各所の装甲板に弾痕を刻んだこの艦は、彼らの目には完全に放棄されている艦のように見えた。

 だから『カリグラ』の砲塔が、横を通り過ぎようとした『アントニウス』の側舷に一斉にその砲口をむけたとき、『アントニウス』の乗組員達は一瞬、その状況を理解することができなかった。

 そして理解したときには、すべてが手遅れであった。


()ぇーっ!」


 『カリグラ(・・・・)の甲板指揮所(・・・・・・)にいたエルの号令一下、『カリグラ』の全銃座、全砲門から銃砲弾が『アントニウス』の横腹に雷雨のごとく叩きつけられた。


「エンジン始動!」


 爆炎を噴き上げる『アントニウス』の舷腹を横目に、エルが伝声管にむかって叫ぶと、「あいさ!」という小気味良い返事とともに、『カリグラ』の艦体がゴゥンと振動し始めた。エルの隣にいたディックがマントを翻し、階段へと走り出す。


「出るぜ、嬢ちゃん!」


「気安いわよ、おっさん! 出撃用意、前面ハッチ開け!」


 伝声管にむかい指示を飛ばすと、エルもそれに続いて階段を駆け降りる。

 ここまでの展開は完全にディックの作戦通りであった。それは敵の油断を最大限に利用する作戦だった。

 まず『ハウンドドッグ』による先制の奇襲攻撃で敵艦一隻に打撃を与え行動不能にする。狙い通りに敵艦『コルリウス』を沈黙させた『ハウンドドッグ』は、次に残りの二隻の後ろに回り込むように機動した。『ハウンドドッグ』の射撃を回避しようとする敵艦を『カリグラ』の付近へと追い込むためである。

 弾痕にあちこちがへこみ、艦橋もない『カリグラ』の外装は完全に損傷艦のそれであり、放棄されているように見えるのも無理からぬ姿であった。しかしエンジンは起動可能であり、その銃砲は健在だった。折れた舵桿(だかん)を鉄パイプで繋ぎ合わす等の即席の応急修理を施し、操舵能力も回復した『カリグラ』は、この時点で完全な戦力であった。

 ディック達はこの『カリグラ』に潜み、敵艦の接近を待ち伏せた。そして目論見通りに近づいてきた敵艦『アントニウス』を、奇襲攻撃により大破炎上させたのである。

 動き出した『カリグラ』が、炎上する『アントニウス』の噴き出す黒い爆煙を抜ける。すると、そのむこうにケントゥリオ級より一回り大きいホバーシップの影が見えた。

 残りの一隻。トリブヌス級『ルクルス』である。


「準備はいいか、てめぇら!」


「出るわよ! 全機エンジン起動!」


 ディックとエルが甲板指揮所の下の階段を降りると、そこは『カリグラ』の格納庫だった。そこに待機していたのは、武装を施された六台の小型歩行式移動機械(ランドレッグ)――バッタである。ディックがその一台に飛び乗ると、エルもそれに続いてバッタに飛び乗り、そのエンジンを起動させる。その後ろでさらに四台のバッタが起動し、次々と立ち上がる。

 そして正面のハッチが開かれていく。

 ゆっくりと上がるハッチの隙間から、風とともにホバーに吹き上げられた砂ぼこりが入り込んでくる。ディックは帽子の下の包帯をほどき捨てると、タバコをくわえてオイルライターで火を点けた。


「ヒヒヒ、それじゃあ派手に行くとしますか」


「その笑い方キモいわよ、おっさん」


 隣に並んだエルがむける冷たい視線を、ディックは吹かした煙と一緒に笑い飛ばす。


「フハハ、おにいさんみたいなかっこいいワルは下品に笑う方が上品なのさ、お嬢ちゃん」


「バッカじゃない?」


 しかしエルの視線は笑い飛ばされることなく冷たいままであった。その視線がディックの乗るバッタの荷台に移る。そこにはロープでくくられた両手で抱えるぐらいの大きさの木箱が積まれていた。


「ところで、その箱なんなの?」


「ああ、ただの返納品だ。気にすんな。それよかあんたも本気で行くのかい?」


 ディックの問いに顔を引き締めたエルは、後ろ髪のポニーテールを縛り直しながら言った。


「あの娘はあたしの客よ」


「フフン、運び屋(キャリアー)魂って奴かい? かっこいいじゃねぇか」


「当たり前じゃない。かっこつけのおっさんよりかは万倍かっこいいわ」


 揶揄を皮肉で返したエルは、物言いたげに口を開けようとするディックを遮るように、格納庫で立ち働く自分の部下達にむかって叫んだ。


「後は頼んだわよ!」


「ご武運を、お嬢様!」


 そして――ハッチが開いた。


「ちっ、出るぜ!」


 ディックの声と同時に『カリグラ』の主砲が火を噴く。その下を六台のバッタが砂塵吹き荒れる荒野へと飛び出していった。

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