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 船窓から差す光が木目の床を白く照らしている。椅子に座るマリアは、その長く落ちた黒髪を一本と揺らすことなく、ただじっとその光を見つめていた。

 そこはベージュの壁紙が貼られた落ち着いた色の部屋だった。部屋には天蓋付きの寝台に飾り彫りのされた椅子、金象嵌の施された黒木材の書き机に磨りガラスの照明など、一見して軍艦の備品としては文化的な調度類が揃えられている。ここは軍艦『ルクルス』の貴賓室であった。

 しかし、この部屋にはひとつ、賓客をもてなすには相応しくないことがあった。それはこの部屋の扉を塞ぐように、銃を腰に提げた女官が無言で立っていることだった。

 マリアはただ床を見つめる。光はわずかばかりの揺らぎもなく、丸い窓の形を白く床に映す。それを取り囲む影の色は一層に濃く、沈黙の部屋に(おり)のように沈んでいた。

 その沈黙に音が響いた。ノックの音。返事を待つ間もなく、続いて鍵の開けられる音がした。


「ナディーン、様子はどうだ?」


「変わりありません。黙秘を続けています」


 開いた扉から姿を現したのはアラン・スミスだった。ナディーンと呼ばれた女官が敬礼をして報告する。アランはうなずくと、こちらを一顧だにしないマリアの横顔を見た。

 その目はただ床に差す光を見つめ続けている。


「ご不自由、お掛けして申し訳ございません、マリア様」


 恭しく頭を下げるアランに、マリアは一瞥も与えずに答える。


「虜囚にかける遠慮などないでしょう、アラン・スミス」


 冷淡に告げられた言葉に軽く肩をすくめながら、アランはナディーンに目配せをして椅子を引き出させる。


「さればとて、無遠慮に振る舞えと仰る訳でもないでしょう?」


 椅子に座り足を組んだアランは、敵意はないと示すように両手を顔の高さに上げて、にこやかに微笑んだ。しかしマリアは変わらず無反応に床を見つめている。アランは下ろした手を膝の上で組み、小さく息を吐いた。


「そうした頑ななところはお父上にそっくりですね」


 マリアの目が動く。その瞳は険しくアランを見据えたが、彼は動じることもなく微笑み続ける。


「やはりお答え願いませんか? お父上があなたにお命じになられたことを」


 答えないマリア。アランは微笑みを絶やさない。


「あなたが一人、この新大陸を経由して王国への亡命を図る理由。心当たりはあるのですが、やはり確証が欲しいのですよ」


 二人の視線がぶつかり合う。無言で相手を睨むマリアの視線に、微笑みの下で相手を威圧するアランの視線。

 ここで視線を外したのはマリアの方が先だった。


「……知らないものを知っているとは言えないだけです」


 再び床を見つめて、マリアはつぶやくようにそう言った。アランは敢えて視線をマリアから外すと、椅子から立ち上がった。


「あなたのお父上は大変用心深いお方ですから、あなたにも知らせていないかも知れませんね――。あの方はそういう方だ」


 そう話しながらマリアの視線の先に回るようにアランが足を運ぶ。マリアは上目にアランを見据え、低い声で彼を問い質した。


「……あなたは父に取り立てられた恩義を仇で返そうというですか?」


 アランの目が一瞬丸くなった。そして「ふっ」と口元を弛めると、弾けるように笑い出した。


「――ははは! ご冗談をマリア様。ご家族のあなたなら、私よりももっとあの方をご存知のはずでしょう?」


 そこでアランは笑いを堪えて言った。


「彼の頭には野心と打算しかないということを――」


 マリアの瞳が微かに震えた。それを見たアランは小さく笑うと、彼女の肩に手を置いて、その耳元にささやいた。


「あなたもいつでも捨てられるコマでしょうに」


 追い詰められた子供がぐっと涙を堪えるように、マリアは唇を噛み締めた。

 そのときだった。突然の轟音とともに部屋がギシギシと揺れた。アランが顔を上げる。


「……もう、始めたのか? 思ったより少し早いな」


 それは砲声だった。立て続けに数発。そして艦体がゴゥンと低く揺れ、微振動をしながら動き始めた。アランが船窓から外を窺う。


「いきなり走航砲撃訓練か? 艦長め、聞いていた予定と違うぞ」


 船窓の外に砂ぼこりが舞っている。ホバーに吹き上げられた砂だ。砂ぼこりは横に流れ、その先の景色と一緒に動いている。艦は間違いなく走り出していた。

 それはこの(ふね)『ルクルス』の艦長からの提案だった。ディック・ビーンとエル・メラルダの一味を、艦砲射撃の標的として乗艦ごと消してしまえば、彼らの魂も我々の訓練の糧として浮かばれることでありましょう――と。

 その提案に許可を与えたアランは、しかしその自分の決断を激しく後悔した。


「しくじったな、愚図どもめ!」


 アランが船窓から見たものは、砂煙と弾幕を引きながら疾走するディック・ビーンの(ふね)『ハウンドドッグ』の姿だった。

 爆音とともに『ルクルス』の至近に着弾した砲弾が土煙を巻き上げる。

 そのとき部屋隅にある伝声管から、悲鳴混じりの声が響き渡った。


『――総員対艦砲戦用意! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!』

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