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 帝国トリブヌス級ホバーシップ『ルクルス』の甲板でディックとマリアを待っていたのは、容貌に優れた背の高い男であった。年齢は三十前後か。血管が透けるような白い肌に高い鼻梁と形の良い顎、滑らかな光沢を持つ黒髪には気品と文化の香りが漂う。黒地に金糸の刺繍を多用した優雅な帝国礼服に身を包んだこの男は、十人ほどの部下を従えて『ルクルス』の艦上に二人が渡ってくるのを出迎えた。


「へへへ、アランの旦那が自ら出迎えとは、こりゃ光栄の極みですな」


 アランと呼ばれた男は、ディックのあいさつに制帽をわずかに持ち上げ、眼光だけをむけて答えた。


「しばらくぶりだな、ディック・ビーン。その軽口も相変わらずだな」


「それはもう。このディック・ビーン、口も仕事も常に変わらぬ品質でお届けいたしますよ」


 アランのその切れ長の目に映る眼光は、甘く造形されたその顔には不似合いなほど鋭く研がれていた。しかしディックはその視線をいなすように軽い言葉で笑い流す。アランが小さく鼻を鳴らした。


「それは健勝でなによりだ。今回の仕事の品質も良好であったようであるからな」


 そう言ってアランは、ディックの後ろに立つマリアに視線を送った。ディックは横に退き、マリアに前へ出るよう促す。だが彼女は動かず、アランの顔を睨むように強く見据えるだけだった。この視線に動じることなくアランは制帽を脱いで柔和に微笑み、一礼をする。


「ご無事で何よりです。――ナディーン。彼女をお連れしなさい」


 そして後ろに控えていた赤毛の女官にそう指示を出す。アランと同じく帝国礼服を身にまとったこの女官は、無駄のない動きでマリアの傍らに寄ると、さっと拳銃をその背中に突きつけて、歩くように促した。


「……非礼をお許しください」


「無用の気遣いです。抵抗もいたしませんし、許しを請われる立場でもありません」


 女官の請許(せいきょ)に毅然と返したマリアは、少しも表情を崩すことなく、しっかりとした足取りで『ルクルス』の艦内へと案内されるままに歩いて行った。


「いやー、たいしたお嬢さんだ。気品とでも言いますかね? やはり私らなんかとは生まれや育ちが違いますなー」


 その背中を見送りながら、ディックはアランの横に立った。制帽を被り直しながらアランの目が動く。


「何が言いたい?」


「アランの旦那が直々に迎えに来るようなお嬢さんだ。連れてくるのに苦労もひとしお。加えて特別な方とサービスも色々と付けましてねぇ……」


 ディックは帽子を持ち上げて、頭に巻いた包帯を指で叩きながら横目にアランの顔を見る。仕事の苦労をアピールしつつ、マリアの特別な価値とその対価をほのめかす言い回しに、アランは苦笑をこぼして数歩、甲板の端の方へと歩を進めた。


「気付いていたか、(さと)い奴め。それでそのサービスは有料だとでも言うのだろう?」


「さすが旦那。聡明なお方は話が早い」


「では、もう一件の依頼も確認しておこう。襲撃したホバーシップのクルーは全員殺害したかね?」


 誉めそやすディックに背をむけたままアランが続ける。それはその穏やかでない内容とは裏腹に、とても淡々とした事務的な聞き方であった。


「俺と旦那の仲でしょう。そのあたりはツーカーですぜ。旦那が安心できるよう、あの(ふね)のクルーも全員捕まえて運んできやしたぜ。伝聞より自分の目で直接始末を見る方が旦那も安心できますでしょう?」


 その冷淡さが当然のものであるがごとく、ディックは自身の(ふね)『ハウンドドッグ』の後方に、綱で繋いで曳航されているエル・メラルダの(ふね)『カリグラ』を手で指し示し、愛想笑いを交えながらそう答えた。


「なるほど。よくやってくれた。これで私もめでたく本国へ栄転できよう」


 アランが振り返る。氷雪のようであったその相貌が、雪解けを迎えたかのように柔らかく微笑んだ。


「ほーっ! それはそれは、すばらしいお話で。ということは、今回の報酬はたんまり弾んでもらえますかね?」


「もちろんだとも、ディック君。君にはだいぶんと世話になった」


 大袈裟に声を上げて手揉みをするディックに、アランは柔らかな笑顔で答えながら、礼服の懐に手を入れる。


「これが報酬だ。冥途への渡し賃にでも使うがいい」


 懐から取り出した拳銃をディックにむけて、アランはそう告げた。同時に彼の部下がディックに銃を突きつけて取り囲む。ディックは両手を上げた。


「こいつは何の冗談で?」


 いささかも表情を変えず、作り物のような心のない微笑みでアランが答える。


「君の数々の名誉ある活躍は、今後の私にとっては不名誉な過去となるのでね。立つ鳥は後を濁さないのが帝国紳士のたしなみだ。君には私の栄転の祝いに捧げる犠牲になってもらおう」


 そして手を上げる。それを合図に『ルクルス』の艦体が振動し、砲塔が軋みを上げて動き出した。同時に『ルクルス』の僚艦二隻の砲塔も動く。その砲身の先はすべてディックの(ふね)『ハウンドドッグ』にむいていた。

 その状況を確認したアランは、部下から拡声器を受け取る。


「――貴艦の乗組員に告ぐ! 貴艦の艦長はすでに降伏した。諸君等も速やかに投降せよ。抵抗あれば、我が艦隊の砲火によって、貴艦の撃滅を実行する!」


 ハウリングを起こすこともなく告げられた降伏勧告に、『ハウンドドッグ』の艦橋で人影が慌ただしく動いた。そこにアランの声。


()ぇーっ!」


 大気を震わす轟音とともに『ルクルス』の艦砲弾が、『ハウンドドッグ』の艦橋直上を飛び抜けた。

 艦砲の硝煙が落ち着く頃、ディックは天を仰いで長く息を吐いた。


「……あーあー、情けないねぇ、まったく」


 『ハウンドドッグ』の艦橋の上を見ると、そこにはブンブンと白旗を振るダック・ラックの姿があった。

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