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「なんだってあたしが、芋の皮なんかむかなくちゃならないのよ!」
『ハウンドドッグ』艦内の調理場で、箱に山と積まれた芋を相手に、エル・メラルダは嘆きの叫びを上げた。
「辛抱ですよ、お嬢様。今は亡き旦那様も、芋の皮むきから始めて一家の主へとなったのですから」
その横でやはりナイフ片手に芋の皮をむきながら、そうエルをなだめたのはトルパットだった。移動中のホバーシップは大きく振動する。その振動する艦内の窮屈な調理場で、彼は広い肩を器用に動かしながら、手慣れた感じに次々と芋の皮をむいていく。つるつるとした芋が水を張ったタライにどんどんと溜まっていくそのさまに、エルはげんなりとしながらトルパットの顔を見た。
「その苦労話はあんたからも父さんから耳が芋になるくらい聞いたわよ。聞き過ぎて耳から芋の芽が出そうだわ。芋、芋、芋、一日中芋むいていた話を、芋、芋、芋、一日中聞かされたんだから、もう勘弁してよ、それ。だいたい父さんの鉱脈探しがうまくいってれば、娘のあたしがこんな苦労なんて……」
「その考えはいけません、お嬢様。たとえ旦那様が立派な鉱山主になっていたとしても、芋の皮むきこそ我々メラルダ一家の魂なのです。一に皮むき、二に皮むき、三四もむいて、五も皮むきなのです! そのような皮の残ったむき方ではまだ亡き旦那様のような立派な運び屋には……」
眼鏡のズレを直しながら真顔で語るトルパットの顔面に、エルはむきかけの芋を投げつけた。
「そんな魂いらんわっ、ボケェ!」
「ギャーギャー言ってねぇで、とっとと芋むけぇっ!」
調理場の奥から罵声が飛んだ。身体にエプロン、頭に三角巾を巻いた長髪の若い男が、おたまを片手に姿を現した。
「テメェらがこのニキ様のランドレッグをぶち壊してくれたから、こちとら操縦者から飯炊きに降格されて、百人前の飯を作らにゃなんねぇんだ! オレがわざわざ艦長のおめぇをこの仕事に選んでやった理由はわかってんだろな? もっと屈辱に震えながら、しめやかに芋をむきやがれっ!」
ニキと名乗った男が、こめかみに血管を浮き上がらせながら凄む。しかしエルはどこ吹く風といった顔で、ナイフ片手に芋の皮を再びむき始めながら答える。
「あんな飛び出し方して撃たれないと思うのはバカしかいないわよ。自業自得じゃない。ねぇ、トルパット」
「ですからお嬢様、バカをバカと呼ぶのは……」
「だ・ま・れぇぇぇいっ!」
激昂したニキが腰から銃を抜き――構える前に芋が飛んだ。
「なっ!?」
芋がニキの手から銃を弾く。取り落とした銃を拾おうと屈んだ瞬間、彼の喉元にナイフが突きつけられていた。
「芋以外に人の皮もむけるけど、試してみる?」
エルの脅しにくもぐった声を出しながら、ニキは両手を上げた。
「捕虜にナイフを持たせて仕事させるような奴がバカじゃないなんて、よく言えたもんよね」
降参したニキをトルパットが手際よく縛り上げる。着ていたエプロンで両手両足を一つに縛られ、三角巾で猿ぐつわを噛まされたニキは、唸りながら調理場の隅に転がされた。
「それで、どういたします。お嬢様?」
「とりあえずみんなを助け出して、それからこの艦に曳航されてる『カリグラ』を取り戻す。……それと彼女も助けないとね。受けた借りは必ず返すのがあたしの主義――……なに?」
そのとき艦内がガタンと大きく揺れた。ホバーシップが急に速度を緩めたのだ。何事かと二人は窓の外を覗く。
「……お嬢様、あれを」
「やだ……あの旗、帝国旗じゃない。……あれは、どう見てもこのクソ帽子の奴の艦を叩きに来たようには見えないわね」
トルパットの指差す先を見ると、そこには赤地に双頭の蛇を描いた旗を掲げる、三隻の軍用ホバーシップの姿があった。その砲塔はこちらとは違う方向をむいたまま微動だにしていない。
「……これはつまり、帝国が自国の公認運搬業者をわざわざ人を雇って襲わせた、ということになるのでしょうか?」
トルパットの分析に対して、エルは強く爪を噛んだ。
「……彼女、相当タチの悪い揉め事を抱えていたみたいね」
帝国のホバーシップに横付けするように艦はゆっくりと動いていく。
エルはニキが落とした銃を拾い上げると、その撃鉄を起こした。