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デリク
おまえは船を降りた
なにもない土地に
砂と風だけが
待ち受ける土地に
デリク
おまえはずだ袋を背負い
振り返ることなく歩く
砂塵の荒野を
ただまっすぐに歩く――
トルパットが弾く軽快なギターの音に乗せて、エルの澄んだ歌声が宴座の賑わいの中に流れる。それに続く手拍子と合唱の声。
デリクの胸には
夢がある
デリクの腰には
銃がある
胸に夢を
腰に銃を
胸に夢を
腰に銃を――
初期の開拓植民者が作ったとされるこの『デリクの歌』は、新大陸で広く歌われる歌である。旧大陸から船で新大陸に降り立った植民者デリクは、成功者になる夢と、それを叶える銃を持って荒野へと乗り出していく。そしてこの“胸に夢を、腰に銃を”とは、今も変わらない新大陸の植民者達の姿であった。
胸に夢を
腰に銃を――
「不思議な歌……。勇ましいけれど悲しい響きがある……」
艦橋から落ちる照明から少し離れた甲板の端。そこで膝を抱いて座るマリアは、車座になって賑やかに歌うエル達を見やりながらそう呟いた。
「悲しいから勇ましいのさ」
その呟きを拾うように声が返ってきた。マリアが顔を上げると、酒瓶を傾けながらこちらを見下ろす鍔広帽にマントの男――ディックの姿があった。少し身を固くしたマリアの様子に構うことなく、ディックは許可も求めずに彼女の横に腰を下ろした。
「新大陸ってのは、旧大陸のあぶれ者どもが流れてくるところだ。犯罪者に亡命者、被差別民に貧乏人、野心家に冒険屋……理由はそれぞれだろうが、どいつもこいつも枠の固まった旧大陸じゃ、生きていけなくなった奴らだってことは同じだ。そしてそいつらはみんなここで『デリク』になるのさ――」
そこでディックは一息つくように酒をあおる。
「姫様もな」
その言葉にマリアが複雑な表情を浮かべる。
「……あなたもですか?」
「ヒヒヒ、そういうこった」
笑うディックにむかいマリアは静かに首を横に振った。
「……私は違います。胸に夢も、腰に銃もない」
マリアが視線をディックから外す。その見る先は月明かりの蒼く照らす荒野の索漠とした夜だった。ディックが問う。
「ほう。じゃあ、なにしにここへ来た?」
「それは……」
口を開きかけたところで、マリアはその目的が口外できないものであったことに気付き、キッとディックの顔を睨みつけた。
「ちっ、いいタイミングだと思ったんだがな。まあ口の堅いことはいいことだ。長生きできるぜ、お姫様」
ディックがやれやれと肩をすくめながら適当なことを言う。それを無性に腹立たしく感じたマリアは、強い口調で言い返した。
「それが私の生きてきた理由です」
「ほう。そいつが親父さんの言いつけかい?」
マリアの目がパッと大きくなり、そして一気に険しくなる。その表情の変化を楽しむようにディックが笑った。
「ヒヒヒ、怖い顔するなや。そのぐらい想像つくだろう? 今の姫様に命令を与えられる奴なんて、あんたの親父のハラルド殿下ぐらいしかいないだろうが」
言われれば道理である。マリアは小さく自分の唇の内側を噛んだ。ディックのペースに捕まると、自分の調子が狂わされる。そのことに悔しさが浮かんだのだ。
「だとして、どうというのです?」
「どうもしねぇよ。いまさらそれで俺の仕事が変わるかい?」
問い返すマリアの言葉をディックはさらりとかわし、酒を一口飲んでからニヤリと笑った。
「ただそうなると、『デリク』の夢は姫様の親父さんの胸の中で、姫様はその腰にぶら下がった銃だと思っただけさ」
マリアの身体が瞬間に強張る。息が詰まった。その自分の身体の反応に、マリアはその言葉が自分の中で事実として存在することを思い知った。ゆっくりと胸をなでる。マリアは詰まった息を取り戻すように長く息を吐き、そして絞るような声で言った。
「……いやらしい人」
「いやらしさに関しては右に並ぶ者がいないと評判でねぇ。これでもちったぁ名の知れた方だ」
悪びれた様子もなく酒を飲みながらそう答えるディックに、マリアはため息を返すしかなかった。
「……なら、やはり私は『デリク』ではないということです」
マリアは抱えた膝に顔を乗せ、賑わいの続く甲板の中央の方を見やった。歌は終わり、今度は曲に合わせて皆で踊り始めたようだった。ギターの音に混じって手拍子に食器や床を叩く音が聞こえ、そのリズムに合わせて何人かが車座の中心で踊っている。
「彼女や、彼女の父親のことを『デリク』と呼ぶんでしょう」
「ん?」
踊る人達の中心にエルがいた。彼女は金色のポニーテールを揺らしながら、跳ねるように踊っていた。まわりで踊る男達の手をかわるがわりに取ってはくるくると回り、しなやかに背中を反らしては、情熱的に腰を振っている。
マリアは楽しげに踊るエルの姿を見つめる。
「彼女の父親は鉱山主になるのが夢だった。そして彼女はその父親が遺したものを守ることを夢にして、銃を持って戦っている」
自分の言葉に滲む色にマリアの胸がきしりと痛む。活力そのものような生き生きとしたエルの姿は、マリアにとって憧れであった。そしてその姿を見る度に、それが決して自分の手には入らないものであることを思い知らされる。目を伏せたマリアの瞳が長い睫毛に翳った。そこに皮肉めいたディックの声。
「鉱山主とは大層な夢だったな。途中でおっちんだってことかい」
そう笑うディックにマリアが非難の目をむける。
「身に過ぎた大望は自分を滅ぼすもんだ。お姫様の親父さんもそうだろう?」
ディックは臆することなくそう言って、マリアの視線を受け返す。怒るよりも呆れの方が上回ったマリアは、ディックから目を逸らして、彼女の父親の最後についてエルから聞いた話をした。確かにそれはディックの皮肉の肯定であった。
「ほう。鉱脈探しの最中に入った谷で崖崩れに遭って死んだねぇ。まあ、よくある話だな」
鼻で笑うようなディックの言葉に、マリアは無意味と知りつつも非難のまなざしをむける。
「しかし、崖崩れで死んだ鉱脈探しのメラルダねぇ……。どこかで聞いた覚えが……」
するとそこでディックが考え込むような表情を見せていた。マリアがその様子をうかがっていると、不意にディックの目が丸く開いた。
「あ」
「え?」
思わず漏れ出てしまったようなディックの小さな声に、マリアが聞き返す。ディックは酒が冷めたように先ほどまでの皮肉めいた表情を消すと、酒瓶を一口傾けて、ぽつりとこぼすように返事をした。
「いや、少し面倒なことを思い出しただけだ。気にするな」
マリアがその様子を怪訝な表情で見ていると、不意に横から誰かが抱きついてきた。
「きゃっ!」
「やっほう、マーリアちゃーん! たのしくやってりゅー!?」
マリアが振り返ると、そこには赤く上気したエルの顔があった。




