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荒野の太陽を背に負って、黒塗りのホバーシップ『ハウンドドッグ』の艦橋の上に人影が現れた。風にマントをたなびかせ、はためく鍔広帽の下に白い包帯巻きの頭が見える。
「あーあー、マイクテストー、マイクテストォォオォー……!」
キィー……ンとハウリングを起こした拡声器に思わず耳を塞いだその人影――ディック・ビーンは、そそくさと拡声器の調整を行うと、眼下の甲板に並ぶ捕虜たちを見下ろした。
「あーあー……よし。――おう、テメーら! これから俺様がテメーらを尋問する! いいか、素直に俺様の訊くことに答えやがれ!」
「いちいち高いところからうるさいわね! そんなとこから叫ばなくても聞こえるわよ! バカなのアンタ!」
捕虜の一人が立ち上がり、ディックに罵声を浴びせかけた。明るい金色の髪をポニーテールでまとめた小柄な少女である。太い眉と大きな瞳に意志の強さを感じさせる。少女はディックを正面から睨み付ける。
「お、お嬢様、バカをバカと呼ぶのはお止めください」
少女の隣にいた眼鏡をかけた大柄の男性捕虜が制止に入るが、その勢いは止まらない。
「うるさいわよトルパット! バカをバカと呼んでなにが悪いの!」
「確かにわざわざあんなところから拡声器を使い、さらに丁寧にマイクテストまでするなどバカ以外のなにものでもありませんが、それに気付けばバカも意外と傷付いて、恥ずかし紛れにどう逆上するとも知れませんから……」
「バカバカうるせぇぞ、オマエら!」
騒ぎ出した二人にむかい、堪りかねたディックが拡声器で怒鳴り飛ばす。しかし少女は恐れげもなく、啖呵を切って言い返した。
「オマエじゃないわよ! あたしは帝国公認運搬業者のエル・メラルダ。アンタがぶっ壊してくれたホバーキャリアー『カリグラ』の艦長よ!」
「あぁ? メラルダ? どっかで聞いたな……」
片眉を上げたディックに、エル・メラルダは得意気に胸を張って応える。
「ふふん。アンタみたいな無法者風情にも知られるなんて、あたしも有名になったものね」
そんなエルの起伏なく張った胸を見て、ディックは哀れみの目を浮かべた。
「ない胸張ってがんばってるねぇ、お嬢ちゃん」
「うるさいわい! これから張るんじゃい!」
「まあ、ない胸はどうでもいいが、ともかくアンタが艦長さんかい。――おい、ダック・ラック!」
「へい、兄貴!」
哀れみの目を受けて飛び上がらんばかりに激昂するエルを無視し、ディックは片手を挙げて甲板のダック・ラックに呼びかける。マシンガンを掲げてそれに応えたダック・ラックは、エルの側へと歩み寄り、その身体に銃口を突き付けた。
「な、なにすんのよ!」
「お、お嬢様! だからバカをバカと呼んではダメだと……」
「バカバカしつけぇぞ、バカ! テメェからぬっ殺すぞ!」
ディックはエルにトルパットと呼ばれた捕虜を怒鳴り飛ばすと、一息ついてから落ち着いた口調で話し出した。
「……なあ、嬢ちゃんよ。ちょいと訊きてぇことがあるんだが、答えてくれちゃあもらえねぇか?」
「誰が!」
拒絶の姿勢を見せるエルの首もとに黒光りするマシンガンの銃口が押し付けられる。ディックはタバコに火を点けながらその様子を眺めた。
「まあまあ、そうはしゃぐなや嬢ちゃん。『積み荷』の話だ。アンタらがダグの港で積んだ『積み荷』がどこにあるか教えて欲しいんだ」
「積み荷なんてアンタらがぶっ壊してくれたあたしの船に全部載ってるじゃないの! 欲しいのがあるなら自分で探したらどうなの!?」
エルが首を振って『ハウンドドッグ』の後ろに停まっている、艦橋のないホバーシップに顎をむける。エルのホバーシップ『カリグラ』である。ディックはうなずきながら、紫煙を吐いた。
「ああ、それはそれでもらっといてやるが、今俺らが探しているのは『生きた積み荷』の方だ」
「……なんの話よ」
エルの表情が固くなった。ディックの口元がニヤリと動く。
「しらを切るねぇ、嬢ちゃん。……ダック!」
「へい、兄貴!」
「ちょ、ちょっと、なにすんのよ!」
ダック・ラックは他の部下とエルを押さえつけ、足に縄を結び付ける。その間に艦橋の側面に据え付けられたクレーンがギィギィと音を立てつつ甲板の方へと首をむけた。
「ちょ、待ちなさいよ、なにするつもりよ」
「あんま騒ぐと舌噛むぜ、嬢ちゃん」
縄がクレーンのフックに結び付けられる。ディックが片手を挙げた。
「きゃあ!」
「お嬢様!」
クレーンの綱が引かれ、捕虜たちから悲鳴が上がる。エルは瞬く間に空中で逆さ釣りになっていた。エルの視界が逆転し、血が頭に逆流していく。
「人間なんざ、逆さまで生きれるようには出来てねぇんだ。このままほっときゃ頭が血溜まりになってポックリよ。嬢ちゃんは若いんだ。死にたかないよなぁ? ほれ、早く教えな」
「し、知らない……」
血がじわじわと重りのように頭へと溜まっていく感覚に顔を歪めながら、エルはそれでも否定の言葉を返した。
「お、お嬢様……」
「黙って……なさい……トルパット……」
トルパットと呼ばれた捕虜が苦しげに顔を歪める。ざわざわと動揺が捕虜たちに広まっていく。
「客の秘密は守る。運び屋の矜持かい? 泣かせるねぇ」
「うる……さい。知らない……ものは……知らない」
エルは苦悶の顔でこの拷問に耐えながら、否定の言葉を繰り返した。この姿に捕虜たちが次々に「お嬢様を放せ!」「卑怯もの!」「女の子に拷問なんて血も涙もないのか!」などと声を上げる。
ディックは片眉を上げながらその光景を見下ろして、やれやれと肩をすくめた。
「さて、このまま嬢ちゃんが残念になるのを見守るのもいいが、俺はちと気が短くてね」
そう言って、おもむろに腰のホルダーに手を伸ばす。
「こいつで血溜まりになった嬢ちゃんの頭を弾けさせれば、なかなかいいシャワーになるぜ。こいつを浴びたいかっ!?」
空にむかい一発の銃声が響いた。
捕虜たちが一瞬で静まり返る。風になびく硝煙が消えると、銃口がゆっくりとエルにむけられた。
「おやめなさい!」
そのときだった。捕虜の中から鋭い声とともに立ち上がる人影があった。周囲の耳目が集中する中、その人物が深く頭に被った外套を脱ぐ。髪が溢れ、その耳を飾る耳環が陽光を反射してきらりと閃いた。
「……俺にこの銃を止めさせる術を知ってんのかい、お嬢さん?」
長い黒髪の女だった。髪も顔も着ている服も、煤に汚れたみすぼらしい姿の女だった。しかしその目だけは、凛とした強いまなざしでディックを鋭く見据えていた。それは決死の目であった。自らを失ってでも事を成し遂げようとする潔廉とした高貴な決意に満ちた目であった。
そして女が告げた。
「私が『積み荷』です。その銃を下ろしなさい」
ディックはタバコを吐き捨てると、女の要求通り、その銃口を下ろした。